大阪あすなろ山岳会 古倉 康雄 ビル エバンス同人 原 伸也
日時調査中僕らがいつも考えているのは,山で何か面白いことが出来ないかということ だ. ちょうど数年前に,山スキーの仲間の加藤氏が5月の連休にビニールボートで黒 部湖を横断しよう としたが,沈没しそうになり中止. 「今年こそは丈夫なゴムボートでやるぞ」との決意に賛同した変人の2人が同行 することとなり, そんな具合いで,今年の連休時にスキーとゴムボートを使った北アルプス横断計 画ができあがった. 古典的な黒部横断ルートはダムが出来てからは夏には登山客のために,船の定 期便があるがその時期以外に黒部湖を 渡るには,泳ぐかボート持参かということになる. 特殊な例として,うろ覚えながら昔の雑誌の写真で 厳冬期にどこかの大学のパーティーが凍結した湖をスキーで渡った記録をみたこ とがある. まだ誰もやったことの無いであろうと思われる積雪期黒部湖のゴムボートによる 横断をやるのは,計画の段階からすでに心の中は かなりエキサイティングだ. 他人が「なんて変な事をやるのだろう」と言っても,僕らにはとてつもなく答え られない面白さがあるのだ. ところが運命とは皮肉なもので,出発の3日前から発案者の加藤氏はウイルス 性の風邪でダウン. 直前になっても治らなく,購入してくれた新品のゴムボートを持って大阪から夜 行列車に乗りこむ. 5月2日 ボート等の共同装備を分けあい担ぐと,ひどく重く感じる.7時半出発. 扇沢の手前から,つい5週間前に滑った蓮華岳丸石沢(多分初滑降)が見える. 一箇所シュルンドが新雪で隠れてることも考えられるが, どうやら,雪の少ない今年でも連休前半までならば危険そうな箇所もなんとか下 れそうだ. 雪は200メートル程進んだ所から上部へつながり,シールを着けて登りはじめ た. 数本の堰堤を越すと,大沢小屋の周辺にテントが張ってある. 途中出会った地元の登山者に「今は針の木小屋でビール売ってますか?」 と尋ねてみると,「あいにく6月の慎太郎祭まで小屋は開かないよ」とのつれな い返答に登高スピードがガックリ落ちる. 細かい雪が降り始め,視界も悪くなって針の木岳本峰の姿は見えない. 最後の急登はスキーを脱ぎ,細引きで引き上げる. 針の木峠は南からの寒風が強くすぐに手がかじかんでしまう. 他の登山者は悪天のため本峰のアタックを諦めどんどんと下ってしまった. スキーをセットするのもつらく,靴紐もしっかり締め付けずに滑る. 2日前ぐらいに降った雪のせいで潜って滑りにくい.雪崩発生の一歩手前のよう な感じだ. 昨年の快適な雪の状況が頭にこびりついていたから少し嫌な気になる. 1950メートル地点から沢に水が流れ始め滑れなくなると,スキーはどうしよ うもない荷物となる 途中からまだ真新しい足跡があり.「こんなところをあるくのは釣り人かな?」 と,互いに首をかしげる. 足跡のおかげでスキーを背おっての歩行が少しは楽だ. 部分的に滑れる所もあるが,重荷もあるしスキーを着けたり外したりするのが面 倒なためやめる. 沢は広く,特に悪場はないがスキー板のテールが岩に何度もガツガツとあたるの が気がかりだ. 針の木谷のちょうど中間地点で,先を歩いていた足跡の主の2人に出会う. 焚火を囲んでするめを焼きながら,もうすでに一杯やっている. 珍しい墨入りのするめからビールだ酒だとどんどん勧められ,はじめて出会った だけでこんなに親切にして もらい恐縮してしまうが,根っから好きなためさんざんご馳走をいただいた. 参考までに会の名前は東京樗の会. 彼らは,途中に見えた険しい針の木岳西尾根を登るとのことだ. 重荷と長い行程に,些かくたびれてきた. 本当にこんな所を昔のあのなにも無い時代の人たちが厳冬期に歩いたのだろう か. 記録はなにも残されていないが,佐佐 成正の家来達の多分何十人かはこの谷の 中で消えてしまったことだろう. 小雨が降り始め,沢を大きく高巻くと簡素な避難小屋に5時到着. 我々が意図していた北アルプス横断の一番の難所の黒部湖が見える. 地図上よりも水位はかなり低いのは,今年の雪不足のためだろうか. 水汲みのついでに湖の状態を見に行くと,心配していた氷のかけらもなく波もお だやかだ. 5月3日 雨は収まっていたが小屋の辺りの風は強い. ボート本体の試運転もせずに,用具店からそのまま持ってきたままだから 説明書を頼りに組み立てる. ゴムボートに足で空気を送風する道具を使うとものの5分で完璧に膨らむ. 2気室で万がいち片方に穴があいてもだいじょうぶなようで一安心. ボートの下に敷く厚い底板は重くて持ってこなかったから,安定用にスキーを並 べた. 四人用のはずなのだが,本当に我々2人と荷物の重さをこのちっぽけなボートで 浮かべてくれるのか不安だ. 8時20分,古倉氏がボートに乗り,原は裸足になってボートをズルズルと岸か ら離れさせてから飛び乗る. 湖面にちゃんと浮かんだ時は,やったなと思ったが 僕達はゴムボートなんか漕いだ事もないし 岸からだいぶ離れても半信半疑の気持ちが続く. 対岸との中間地点まで進むと,湖の大きさがよくわかってくる. ボートの調子が余りに良いし,人が歩くぐらいのスピードがでる. たったの300メートル先の平の小屋近くの対岸までなんて,とてももったいな い気がし 「どうせなら黒部ダムの手前まで行ってしまおう」と得意な方向急転換を決め る. ザラ峠越えのクラシックルートは今後の課題とし,加藤氏へのおみやげにした. 力はほとんど入れてないのに,素手で漕ぐと擦れてすぐに手の平に豆ができるの で,手袋でカバーすると具合いが良くなる. 曇り空のなか春風は心地よく吹いてくれる. ちょうど南風が追風となってくれてありがたい. 余りの快適さに2人共鼻歌混じりでニコニコ. 「我は湖の子さすらあいのー」と歌いながらパドルを漕ぐ. いつか死んだらこの顔で飾ってもらおうと写真をパチパチ. 周囲の山々特に針の木岳から北の峰は眺望が素晴らしく圧倒される. はるか南の山はおたやかな白い雪山. こんなに快適なら釣り糸を垂らしながら漕ぐのも良かったなあとため息がもれ た. 湖面の中央にいるとボートの進み具合いがまるっきり遅く感じるし 緊急の脱出にも備え主に登山道の続く東側の岸辺を漕ぐ. このゴムボートの欠点は,進行性がなくすぐにクルクルと回ることだけだ. 一応四人用のはずだが,荷物のせいで2人ぐらいで適当と思えた. 黒部ダムの真前で大勢の観光客に手を振ろうかと思い付いたが,ダムの管理者に 何を言われるのかわからないから,静かにゴムボートをロッジくろよん手前の湖 岸に接岸させ 対岸への上陸を果たした. 走破距離約4キロ所用時間1時間半. 古倉氏の話では,今ごろの西岸の登山道を歩くととんでもない時間がかかるとの ことだ. ボート及びその付属品,重い酒や食料を安全そうな場所に隠し,スキーを背負い 再び登り始め,雪面が出始めると疎林の下に初めて見る巨大なダムが眼前に迫る 計画当初に対岸に見える大スバリ沢は地図では快適な滑降ができるんじゃあない かと考えていたが,事前の調査 では大滝がゴロゴロあるとの情報を親切な知人から入手.確かにその通りの景色 だ 1630メートル地点からシールをつけて歩くと ロープウェイの乗り場のくろべだいらからアナウンスが大きく聞こえる. 休みも取らずで急いで上がると,大勢のスキーヤーがワンサカと滑り降りて来 る. 登っているのは僕達だけだ. タンボ平周辺から上部の景色は,まるでヨーロッツパのスキー場のような雰囲 気. 東一の越の急な斜面を乗り越すとひどい強風のため古倉氏は帽子を飛ばしてしま った. アイスバーンに気を付けながR進むと,小さな不安定そうな雪庇をつけた尾根 にぶつかる. 普段だったら簡単に進めるのだろうが,なにしろホワイトアウト手前ぐらいの天 気 になるし,立ち止まってどうしようかなとのんきに考えこんでいると,突然 足元から雪が崩れそのまま100M流される. 巻き込まれている間はとにかくここからのがれようと手をバタバタしたりしても がくが,雪が止まるまでどうしようもなかった. 誘発雪崩は南アルプス仙丈ガ岳以来2度目だがこんなに大きいのは初めてだ. 上を見上げると確かに自分のシュプールの跡から下の雪がスッパリと落ちてい る. 帰宅後山仲間から悪運強しといわれた. 一の越山荘になま暖かい強風に吹かれながら身も心もヨレヨレになってたどり 着くと,相棒はスープを作って待っていてくれた. 室堂まで降りようと外に出るが,顔面を叩きつける強風で足が前に出ない. 最初の2歩で2人共いそいそと小屋にひきかえす. それじゃあどうしようか,小屋にとまるかそれとも頼りない夏用のテントで泊ま るのか 議論した結果,わざわざ運びあげたテントを惜しみ雄山谷側に少しくだった場所 に張る. 雪がテントの上に覆いかぶさり,おかげでその重みが布団の代わりになってくれ た 5月4日 小屋の休憩所を借用して朝飯を作っていると,2日前にも扇沢で出発前に出会 った名古屋のスキーの旧友と再会. 他の登山者は,昨日よりますます悪化するひどい吹雪のため出た連中もすぐに引 き返して来る. もろに足元からたたきつける風ではどうしようもない.女の子達は半べそ顔だ. 無理して室堂方面へ滑り込むことも考えたが,いつも行っている平坦なルートよ りまだ僕にとって未知な雄山谷をするほうが魅力的な気がする. この天気では,いくら時間待ちしたり祈ったり時間待ちしても無駄なようだし, 旧友とともに4人で雄山谷へと滑ることにした. 吹き上がる風とホワイトアウトで皆不安な感じのすべりだ. こんな時一番いやなのは,滑っていても移動していない感覚だ. あえて転べば滑っているのか分かるのだが,こんな時にそんな余裕なんかありは しない. 昨年の悪天の深雪も滑っている相棒を先頭に,慎重な下り. 互いに離れ離れにならないよう30M滑っては周囲の状況を確認し下る. アイスバーンと浅い新雪が交互に現れ,好みの場所を選ぶ. 右の幾つかの谷からのデブリの起伏でガクガクし滑りにくくなる. 左手に岩肌がちかずくと後は疎林の谷間をゆっくりと降りる. 先に滑っていたヘルメット部隊の3人を追越すと,スキー靴から登山靴にはきか えていた. 滑降高度差1330メートルのコースは天気さえよければ最高だろう. 旧友らと別れ,ゴムボート等を回収すると,また一段と荷物が重く感じる. もう一度重いゴムボートを担ぎながら針の木を越えてみようなんて気はしなくな る. ダムまで漕ぐ案もあったが,降雪のためやめた. 余っているウイスキーをやりながら黒部ダムに着くと大勢の観光客がゾロゾロと あるいている. まったく人影のなかった南の湖面に目をうつしながらバス停へと酔っぱらいなが ら歩いた. 連休中のわずか3日間のあまり良い天気でないなかを,なんとか自由に黒部周辺 を遊びまわれた事は 華々しくもなくたいした記録でもないが一生の我々の思い出となるであろう