HISTORY & STORY

9.01.1996

モンブラン

モンブラン
黒川晴介
Mt.Mont-balanc
 
 九月のはじめ、朝一番のバスに乗り、グーテ小屋へ向かった。
前回、グランドジョラスを登ってから天候が安定せず、すでに十日が経っていた。グーテ小
屋はまだたいへんな混雑で、その夜はマット二つに三人づつ寝なければならなかった。

 もうすっかり高度に慣れてもよい頃のなのに、なんとなく体調が冴えず、結局一睡もせずに
出発の時間になった。食欲もないが、美味しくないパンを無理に食べ、まずい紅茶をボールに
一杯飲む。独りだと準備も速く、一番最初に小屋をスタートした。

 二時間ほどでバロの避難小屋に着いた。風が吹きつけ、歩いていても寒くてしかたないの
で、中に入って休憩することにした。まだ外は真っ暗だ。小屋の中で数人が休んでいる。気分
が悪くなってきたので、膝を抱えたままずっと下を向いて休んでいると、いつの間にか眠って
しまった。気がつくと外はすっかり明るくなっており、気分も良くなっていた。

 一時は諦めて下山しようかと思ったほどだったのに、歩き始めると調子も良くなり、朝日に
照されながら頂上へと登っていった。

 頂上には何人かの人がいたので、写真を撮ってもらい、ゆっくり展望を楽しむ。スイス国境
の向こうへ白い山々が続いている。ここまで来ると周りの山々すべてが小さく見える。日が
昇った後でもまだ暖かくならず、ヤッケを二枚重ねているが、結構寒い。

 技術的には易しくても、この山で悪天候につかまれば、どんなに恐ろしいだろうと思う。モ
ンブランは歩いて登れるれる山だけれど、その高さゆえの寒さや空気の希薄さなど、決して簡
単な山ではないと思う。簡単だと思って今回はロープもアイスハンマーも持って来なかったので
、ザックは軽かった。けれど高度の影響や寒さなど、自分の精神的な弱さを思い知らされ、改め
て謙虚な心の大切さを考えさせられた。
 
 下山はモンブラン・ド・タキュールに寄っていく。メールドグラスに降り立った頃、すっか
り暖かくなり、一カ月あまりのシャモニーでの登山生活を思い出しながら、ミディのロープ
ウェイ駅までゆっくりと歩いていった。