HISTORY & STORY

6.26.1998

ダンデデュアンとグランドジョラス

ダンデデュアンとグランドジョラス
黒川晴介・糸尾汽車

 

1998-6/26-7/11
6-26
KLM便の出発がおくれアムステルダムでの乗り継ぎがまにあわず、フランクフルト経由でジュネーブ
についたのはもう夜中の10時。おまけに荷物がでてこない。先発の黒ちゃんが出口でまっていて
くれた。ここからタクシーでシャモニのロジェールキャンプ場に乗り付ける予定だったが、今夜は
ジュネーブのユースホステルに泊ることにする。近所のケバブ屋で前祝いする。黒ちゃんはベルト
とトリアントをすでに登りコレクションを増やしたという。

6-27
バスでシャモニ入。ガイド組合の3Fでカルテネージュという救助保険にはいり(4000円くらい)
、スネルスポーツで小型バイル、アイスハーケンなど買いたして、夕方キャンプ場にもどると荷物が
届く。登はん具、テントなど一式がはいっていたのでよかった。キャンプ場にはオートキャんパー
がたくさん。クライマーも多い。韓国グループがおおいようだ。日本人クライマーは3人。伊藤、
中川、矢木さんら。フランス人は毎晩テレビのサッカー試合で盛り上がっている。天気はいまいち
か。当地は夜の10時にようやく暗くなるという日の長さだ。
6-29
天気がよさそうなのでダンデデュアンに登ることにする。ミディのロープウエイをつかい、さらに
トレノ小屋までのびる大展望ゴンドラにのる。11時、駅から氷河にくだりいきなりダンデデュアン
むかう。4000メートルの高峰にそびえる岩塔だ。そういえば先年バレブランシェを滑りおりたとき
ガイドが、あれがダンデデュアンと説明したのを覚えている。アイゼンをつけミックスのガラ場をの
ぼり食堂といわれる岩塔の基部にたつ。駅から2時間くらい。岩場に雪はないがフラットソールをも
ってきていないので登山靴でのぼることになる。3級から5級の6ピッチ。朝早くとりついたパー
ティが3パーティ程前にいる。遅くきてちょうどよかったわけだ。女性のまじったパーティは時間
切れか途中でおりてくる。フラットソールをはいている人もいる。つるべで登り2時間ほどで手前
の岩塔ピークへ。4時過ぎ。マリア像のたつ数メートル高いとなりの耳へは、大きなギャップがあ
るので割愛。天気はまずまず。風が強い。
下山。ナイフリッッジのクライミングダウンは怖い。目がくらむ。
数回の懸垂下降にかかる。前のイギリス人の二人組が懸垂ロープをかしてくれるという。ぼくらは
8ミリ50メートル1本だけだからありがたく借りる。食堂まで一時間ほどでくだり、さらに危な
っかしいガラ場をくだりトレノ小屋へはいったのは7時すぎだった。高所の活動でつかれました。
ぼくは日本出発前に富士山頂でキャンプしたのが効いたのか高山病の気配はなし。
6-30
昨日は岩壁、今日は氷壁というわけで、小屋のとなり、ツールロンドの北壁をのぼる予定だったが
、天気がわるく次回もちこし。トレノ小屋ミディ間のロープウエイが動かず、結局イタリア側にお
りてクールマイユール経由モンブラントンネルでシャモニ帰着。
7-1.2.3
天気ぱっとせず。レンタカーでジュネーブに買いだしにいき帰路アネシーのドライブを楽しんだり
、ピラミッドの小屋からボゾン氷河におりアイスクライミングのトレーニングしたり、ガイヤンの
岩場にいったりしてすごす。
3日ほど天気がわるく、2日晴れるという周期のようだ。アルプスでは100パーセントの好転でない
と山にはのぼらないらしい。山に雲がかかっていればそこは雪や吹雪なのだから。そんな半端な日
は下でなんやかんややって過ごすのがよい。
7-4
朝からよい天気。モンブラン、ドリュなどが美しい。グランドジョラスのノーマルルートへ向かう
。10時のバスでクールマイユールへ。12時にプランプリシュの村からボナッティ小屋へあがる。き
れいなハイキングコースを3時間。標高差1200メートル。グランドジョラス小屋ともいわれる岩場
の小屋へ到着。小屋はあいていたが営業はしていない。黒ちゃんが予約電話しても出なかったわけ
だ。7時過ぎに就寝。3グループ10人ほどが同宿していて明日ジョラスを目指すという。
7-5
早い人は夜中の2時ころ出発していった。僕らは4時半出でいちばん遅い。2800メートルの小屋か
ら4200メートルまで標高差は1400メートル。ヘッドランプでのぼる。氷河をつめ、岩稜にとりつく
ころには明るくなっていた。天気はよい。黒ちゃんが高山病くさい。氷河上はロープをだすが、岩
ではソロでのぼる。朝いちで出かけた数人のイタリア人が戻ってくる。ルートがわからなかったら
しい。
ウインパー稜の1ピッチ目でビレイするが、そのあと、各自ソロでウインパーピークに直接つきあげる
ウインパー稜をのぼる。前回黒ちゃんがクロー稜をのぼっているから別ルートにしたかったから。クロ
ー峰とウインパー峰にコルに直接つきあげようとしていた二人組みフランス人は300メートルほど滑
落してしまった。ケガはないようだ。1時前にウインパーピーク着、4200メートルだから息がきれる。
黒ちゃんは調子が悪いようだ。主峰にトラバースしてクロー稜をくだろうとするがガスがでて
きてツバメ山稜を下ってしまう。眼下にメールドグラスが見えてきて、これはおかしい、というこ
とになり、登りかえす。目が眩む。
さらに下部でホワイトアウト状態になり1時間ほどウロウロする。数回クレバスに足を突っ込んだか
ら、氷河上ではアンザイレンはどうしても必要なことらしい。トラックを発見して無事小屋に戻る。
9時半。なんと17時間行動。水とパンを食べ、翌日6時まで眠る。
7-6
小屋からフィレの谷にくだりクールマイユール経由バスでシャモニ帰着。
7-7.8.9
天気さえず。赤い針峰のフレジェール側のクライミングルート、ランデックスを、矢木、中川グル
ープとのぼったりして過ごす。滝谷のような、チンネ左稜線のような、の感想あり。
韓国グループと酒盛りしたり、レンタカーでスイス経由セントバーナード峠越えアオスタ観光など
も。
7-10
早朝テント撤収。フィアットのプントでジュネーブへむかう。このレンタカーを正しく返却するた
めに国境と空港内を右往左往。まいりました。7月11日予定どおり帰国。
岩と雪の夢のような殿堂、シャモニ。ここのクライミングはやはりスケールが大きい。山全体と正面
から向かい合うという感じだ。山での総合的な力が必要とされる(とはいえ、ロープウエイなどが縦
横無尽でいきなり3、4000メートル近くに行けるのはすごい魅力だ)。岩稜や雪稜、そこそこのルー
トをソロで登り、クライミングダウンするのだから自信がないとできない、自信があってもこわい(
フリーはむずいがアルパインはやばい!)。
氷河歩きもたいへんだ。クレバスに足をつっこんでしまうのは日常茶飯事なのだから(前回黒ちゃん
が一ヵ月全部ソロで登ったのはさすが)クライミングは雪と岩の世界でやってこそ本物だ、とあらた
めて思った。小川山などのクライミングが子供だましに見えないこともない。フリークライミングと
いうのはクライミングのほんの一角なのだ、ということを思う。
 それにしても、アルプスの山といえば日本人はモンブラン登山ばかりの近ごろ、かつての盛り上がりを
思うと極端すぎる。日本のクライマーはアルプスを忘れてしまったのかもしれないね(というよりもかつ
ての先鋭クライミングがプツンしてから以降の市民クライマーはアルプスの楽しさをしらないのかも)。
アルプスには、夏だというのに!それこそロック&スノーのルートが無限にひろがっているのに。
 ヒマラヤは一ヵ月で一ルート、アルプスは一日一本、お手軽で快適、通えるエリアです。

6.21.1998

ヨセミテとスミス

初夏のヨセミテとスミス、ショート・ツアー
西海岸10日の旅
CATHEDRAL ROCK
 
メンバー:トミィ、ぴか、チュウ(この二人は切り離して呼ぶこと)
期間:1998/6/21から7/2

6/21成田発、同じ日の午前11時にはレンタカーでシスコのダウンタウンにい
た。
セーフウェイとREIで買い物をしてからマーセド経由でヨセミテを目指す。マリ
ポサ泊(マリポサ・ロッジ、快調な屋外のジャグジーバス付きで締めて$71)。
翌朝7:30にモーテルを出発。8:30にサニーサイド着、レジストレーション
をすます。入園料も$20にあがっていたが、キャンプ代も$1あがって$4(一
人一晩)だ。
テントを張ってから、GPエプロン西面へ出かける。強烈な日差しで、壁が鋼鉄の
ように輝いていた。5.7,5.6,5.6と3ピッチのTheGrack(★★
★)、さらに基部を辿ってCenterのHenlyDaly5.7,5.82P
(★★★)をルンルンで登った。
翌日、8時にサニーサイドを出て、ミドル・カテドラルのイーストバットレス(1
1p、5.10c★★★)に取り付く。ぴか、チュウがつるべで交代しトミィが終
始ミドルでフォローするスタイル。荷物はサブザック1つで、水3L、キャップラ
イト1、ウィンド・ブレーカーとスニーカー各自用、クリフバーを入れてあり、ラ
ストが背負って登るかときには、ロープで引き上げた。10cのポイントはボルト
に守られたマイクロエッジのフェースで、ぴかがリードしたがワンテン入った。
上部はピッチ間隔が判然としない。9Pか10P目のテラスからから上がガクッと
寝始めた。日は傾き時刻は6時。上へ抜けた場合、下降路で暗くなると思われたの
で下降することにした。同ルートに沿って50mロープ(ダブル)でフルレングス
の懸垂6回で取り付きに戻れた。サニーサイド21:00着。まだ明るくて助かる
。
翌、23日は寝坊する。午前中は、ツオラミグローブでセコイヤ見学。午後は、ビ
ジターセンターやアワニーで買い物。夕方、スワンスラブで5.9から10+の短
いクラックを登って遊んだ。
24日は最終日のクッキーに備えて、ショートで快適なルートをのんびり登ること
にした。まず、サニーサイド裏手のファイブオープンブックスで5.8,5.7,
5.93Pのコミットメント(★★)、3P目のルーフは豪快で、日本にあれば、
星三つはかたい。
次に、チャーチボールエリアで、ビッショップテラス(5.8、2P、★★★)、
チャーチボール・レイバック(5.8、★)を登った。
25日は最終日、ぴか念願のクッキーへ。気合い充分でアウターリミッツ1P目(
10b★★★)をオンサイト。チュウはキャッチー(10d、★★★)のRPを狙
ったが、上部で敗退。2フォールで抜けた昨年よりも悪い結果だ。
26日早朝サニーサイドを発ってバークレーに昼頃着。「Marmotto」で買
い物してから、サニーベイルの友達の家へ。
27日、朝一のフライトでポートランドへ。今度のレンタカーは小型でニッサン。
スミスへ向かう途中Mt.hoodに寄り道。2合目から上はまだ一面雪で日本人
のボーダーが大勢いた。
スミスには夕方5時頃着。ビバークエリアにレジストレーション(ただし、自己申
告)して、テントを張ってから、すぐ近くのピクニックエリアで食事をとる。キャ
ンプでは火を使ってはいけないことになっているからだ。
翌日9時にまず、モーニンググローリーWallへ。駐車場から5分下って川を渡
れば、延々と壁が続いている。モーニング・・・は比較的近い壁で、3つ星が固ま
っている。
まず、トミィが5.8のHop・On・Pop(★★★)、FiveGallon
Pockets(★★★)をオンサイト。特に後者は、「クラミング」誌でDon
’tMissとコメントされていたすばらしいルート。ぴかが、Gumby(10
b、★★★)、チュウはLightOnThePath(10a、★★★)をそれ
ぞれオンサイトした。
ランチを食べに一度車に戻って、日陰で昼寝。夕方4時頃から再び壁に向かう。
午後の部はクリスチャン・ブラザースで、ぴかが10b★★のDoubleTro
ubleを2テンで登
ったあと、チュウがIrreverence(10a、★★★)をオンサイト、ト
ミィがレベレーシ
ョンズ5.9★★★をやはりオンサイトした。
すぐ隣の、ダイヒードラルで、ぴかが有名なtoBoltor...やChain
Reactionに挟まれたWeddingDay(10、★★★)を2テンで抜
け、トミィがLichenIt(5.7、★★★)をオンサイト。
夜9時まで登ってもまだ充分明るいが、ものすごい日差しなので、脱水が怖い。ぬ
めりの影響するルートが多いのでこの時期はベストとはいえない。プロテクション
もボルトだからといって安易な気持ちで取り付くと大変。どのルートも1本目が遠
くて、その前で落ちるとただではすみそうもないし、しかもその手前ですでにルー
ト・グレードに近いムーブが出現することも珍しくない(スティック・クリップあ
り、ってトポに書いてあるし、使うひとも見ました)。
翌29日は、午前中しか登れないので、例外的にボルトルート星4つ(通常4つ星
はナチュプロのクラッシックにつけられている)のScreamingYello
wZonkers10bのある西面のメサベルデWallへ。
ぴかがこの有名ルートを一発で落とした後、チュウが隣の三星???10aを登り
、東面に戻って、トミィがBunnyFace(5.8、★★★)
をオンサイト、チュウがGumbyを登って(91年に登っている)、隣のZEB
RAダイレクト(11a、★★★)の遠い1本目にプリ・クリップしてぴかがリー
ド、おしくもワンフォールし、チュウはそこまでノーフォールでいったものの足先
にひどい痛みを感じて、ランナウトの3mを残してあきらめ、ここでおしまい。
Redmondのアランワッツおすすめ中華レストランでうまい(かな?)食事を
してから、この旅で初めての悪天、それにしても極端な悪天で、視界のないひどい
嵐のなかをSalemへ。6モーテル($48)から翌朝1時間でポートランド。
フライトは、シアトルで国際線に乗り換えて、翌7/2成田に着き、旅は終わった
。

参考までに、3人のクライミング・レベル。この1年で楽しんでいるグレードは次
の通りです。ゲレンデは小川、幕岩、城山、城ケ崎など(月平均2から4日)。ジ
ムはBigRock、Pump(週一目標)。

トミィ(30代前半、旅館業、主婦):5.8から10-まで
ぴか(30代、パタゴニア渋谷店長、山岳部出):10から11まで
チュウ(50、技術系、社員0の会社経営、山岳会出):10-から11-まで
   注:クラックルートは2から3ランク下です。

おしまい。

6.06.1998

YOSEMITEのマルチピッチ

YOSEMITEのマルチピッチクライミング
数ピッチのマルチでもなめてはイカン
 
go climb a rock!
 
1998.6.6-15
member
kurokawa
haneda osamu
ito kisya



6月6日
チケットの取り違いで、前日の便でサンフランシスコに入った羽やんと、無事空港で合流
。レンタカーを借りて、一日ドライブの練習をしていたとか。さっそくヨセミテ方面にむ
かう。バークレーのREIで買い物して、南へ。ソノラで観光してデイズインモテルに1
泊。

7日
シエラの空はどんよりとしている。12時、キャンプ4にチェックイン。第一区画にテント
を張ってラーメンをつくり、3時ころからエプロンへ。
5.6の三ツ星GRACK 3Pを三人でのぼる。曇り空だが濡れていないので快適だった。
8日
パッとしない天気だがときどき晴れ間がのぞく。クロちゃんとROYAL ARCHESのSERENITY CRA
CK AREA へ。SERENITY CRACK10dからson of yesterdayにつないでマルチピッチを楽しもう
という魂胆だったが、のんびり出発になってしまい、順番待ちもあって、登りだしたのが昼
過ぎ。1p目がピンスカーの悪い10aで、僕がリード、ギア不足でクライミングダウンして登り
返すなどして、2p目も10a、クロちゃんリードで、僕がフォローしたところで、10dを前に
今日はここまで。ということになったのだった。二人ともオンサイトで充実はしていました。
夜クマがでて隣の車のガラスがやぶられたりの事件あり。

9日 羽やんが、名門ヨセミテクライミングスクールに入るというのでその見学と取材。
スワンスラブでの講習会で、羽やんもクロちゃんもためになったとか。
ぼくはそのあたりのボルダーでクライミング。スペイン?の名クライマーがミッドナイトラ
イトニングを登るのを撮影した。
この日はたいへんよい天気でした。夜クマ出現するも撃退。
10日 もう一本トライと気合いが入っていましたがこの日はときどき小雨。レストの一日。

11日 今朝も冴えない天気。サンフランシスコへ戻る前にREED'S PINACLEを偵察、とでかける。
なんとか乾いているようなので準備してとりつく。とりつきまでのクラス3もわるく、
羽やんは取り付きで撮影。5.9のserenity crack directに黒ちゃんリードでとりつく。40m垂壁
に圧倒されるがワンテンでぬける。フォローのぼくはあらゆる汚い手段をつかってぬける。
テントをたたんでサンフランシスコへ。ミルブレアの香港楼でうまい食事をとりました。

12日 クろちゃんを空港まで送って、町にもどる。黒ちゃんは日本に一日いてシャモ
ニへ向かうとか。忙しいひとだ。ミュアウッズ公園を散歩したりしてミルブレアの王将で寿
司ざんまい。
13日 午後のUA機利用。14日、日曜日帰国、の予定がダブルブッキングで積み残され、
泣く泣くミルブレアに戻るはめになるとは予想外の展開。翌日ロザンジェルスに飛び
慰謝料300ドルの小切手を手にビジネスクラスで15日帰国。もうかったような損したような。
ヨセミテで今回みた動物。リス、クマ、アライグマ、コヨーテ、シカ。