5.18.2022

松山、今治再訪、来島海峡大島

四国の山旅4

メンバー 伊藤文博 記

5月11−13日 木金土曜日





5月11日 木曜日

道の駅みまをのんびりでて西予市へ。海岸線を走り小さな漁港などを撮影して須崎海岸を訪ねます。岬の観音様と展望が名物とのことですが、海岸に下る道は立入禁止になっていました。

大洲はバイパスして松山市内に入ります。城下県庁近くに坂の上の雲博物館があって寄ってみました。司馬遼太郎先生は四国につよい人でした。

安藤某氏設計のモダンな建物で、そういえば秋山兄弟も正岡子規も松山の人ですから県民の自慢博物館のようになっていました。とはいえ横須賀の戦艦三笠の迫力には及ばないかもしれません。

道後温泉は2度めでした。人数規制があったようですがすぐに入れました。建物全体が工事テントで覆われていて大修理が行われているようでした。

松山から海岸線を走り道の駅風早の郷ふわりにイン。ここは以前車泊したはずなのに記憶がうすいです。

須崎岬の手前の漁港

松山市内にはいります



坂の上の雲博物館のとなりのフランス風館萬翠荘


5月12日 金曜日

今治へ移動。

来島海峡を見下ろせるはずの大角海浜公園展望台まで行ってみましたが霧でなにもみえませんでした。


波止浜港桟橋でひとやすみ。一帯は造船ドックが集中するところで向かいに今治造船があって大きなコンテナ船を修理中のようです。ほかに檜垣造船というのもあって有名らしい。来島へわたるはしけ船もいました。


しまなみ海道の来島第一大橋が目前に見えるという来島海峡展望館にも行ってみました、橋を渡る車の音が聞こえるだけ、霧でなにも見えませんでした。


来島第一大橋をわたり大島に移動しました。しまなみ海道を俯瞰できる名所亀老山展望公園がありますが、この霧ではとあきらめて島の北側の村上海賊博物館を訪ねました。

海賊の本拠地だったという能島が目前で城跡も見えるようです。


再び今治市内にもどり今治城外観を撮影、天守のほか櫓や白壁があって写真写りのいい海城です。町外れにあるスーパー銭湯に寄りました。

高速道路に入り小松のハイウエイオアシス(石鎚道の駅と同じ。モンベルが入っている)で休憩。

村上海賊館から正面に能島

今治造船所。小舟は来島行乗り合い


翌朝、中山川渓谷など訪ねてから松山空港へ。走行距離は900kmほどでガソリンは50リッターも使わなかったようです。


帰り便はAirbusでした。松山を定時に出たのですが低空飛行で紀伊半島の南にでて伊豆半島をおおまわり(紀伊半島南での機長アナウンスで高度6000mとか)、房総半島に入りました。羽田の滑走路がすぐそこに見えるのですが、あんまり早く着くのはまずいのか埼玉県まで北上して東京都外周を反時計まわり、ようやく羽田におりました。けっきょく定刻に着きました。想像ですが時間調整なのかな。

四万十川のカヌー4km下り

四国の山旅3

メンバー 伊藤文博 記

5月11日 水曜日




9時にカヌー館に集合、といってもほかにカップル二人だけ。ガイドは田辺館長でした。

小雨がぱらつく天気ですがカヌー下りには問題ありません。

午前コースで、ひととおりのカヌー操作の練習のあと川を4kmくだりました。

小さな瀬もいくつかあってけっこうヒヤヒヤしました。

いままでカヌーやサップでも瀬を下ることはなかったので面白かったです。

ベテランガイドの案内で四万十川を楽しめました。

昼前に終了点に無事着岸して、バスでカヌー館にもどりました。



カヌー館

四万十の江川崎

川下りおもしろい


のんびりできます

                             

午後は宇和島方面へ移動しました。松丸駅とポッポ温泉は前回訪ねていましたが再訪しました。

伊達家宇和島城は初めてでした。天守閣に登りました。天守以外は石垣と郭のみで、被写体としてはさみしい。

港のきさいや市場で買い物してから道の駅みまに移動。畦地梅太郎と井関農機創業者の記念館が併設されていました。この村の出身だそうです。

宇和島城

右が維新のときの殿様。賢侯伊達なんとか、左が長生きした先代



足摺岬から篠山へ

四国の山旅2

メンバー 伊藤文博 記




5月10日 火曜日

土佐清水めじかの里道駅から足摺岬へは小一時間。四国最南端の景色と金剛福寺など見ました。

いったん四万十市にもどり、宿毛市に移動、坂本ダムの先から、これまたくねくねの林道を登って篠山登山口にに到着です。

広い駐車場があって、とくにアケボノツツジの季節は大にぎわいになるようですが今日はだれもいません。

登山口に杖がおいてあってそれを借りて10時40分スタート。1時間ほどのぼります。整備された階段があって途中はツバキ林と山ツツジ、廃寺のあとがあって古くからの信仰の道のようです。



asizuri misaki

あの雲のあたりが篠山(笹山)らしい

ダイハツのタント


廃寺のあと



尾根上にでると景色がひらけ、また石段があって山頂の篠山神社へ続いています。山頂には伊予と土佐の国境標石があり、頂なのに小池があるのが不思議です。

名物のアケボノツツジは連休の前が盛りだったようで今はひと花もなし、全山みごとな新緑です。三本杭の山が向かいに見えるようですがどれがどれだか。

山頂だというのにだれもいません。のんびりしてから下山しました。


篠山は標高1065m、日本300名山のひとつらしい。登山口からの標高差は300mほどで2時間半ほどのハイキングでした。けっきょくだれにも会わない静かな山歩きになりました。

山頂にある篠山神社

笹山とも書くらしい

新緑がきれい。遠くは霞んでいてなんだかわからない


くねくね林道を下り、四万十市に戻ります。お気に入りの中村温泉に寄ってから四万十川沿いに国道411号を遡ります。三桁国道でくねくね道なのに一車線区間が長くひやひやの酷道ドライブです。その昔鬼が住んだ土佐の秘境とはこのあたりなのか。拡幅工事がすすんでいて、一度は名物の沈下橋を走らせられました。橋桁のない狭い一車線橋は軽バンでもこわいようです。


やたらに長くて曲がりくねった四万十川ですが、カヌーの名所のひとつが江川崎用井にあります。ネットででたところで予約したのがここのカヌー館のツアーでした。明日のツアーが楽しみです。

近くには道の駅よって西土佐があります。


それはさておき。ドライブしているとお遍路さんが歩くのにときどき出会います。信仰なのか鍛錬なのか、おそれいます。お遍路さんも道の駅を便利にしているようです。リアルバックパッカーですね、

ドライブ中に恐れ入ることはほかにもあってそれは現代のトンネル力です。今は四国山脈のあちこちに道が通じています、また足摺岬など地の果てでも、素晴らしいトンネルや橋が供用されていて、現代の重機の力にはおそれいるほかありません。

伊予富士に登る

 四国の山旅1 

2022年5月8−9日 日、月曜日

メンバー 伊藤文博 記






連休開けのすいているときを選んで四国、そのうち愛媛県と高知県をまわりました。

300名山の伊予富士と篠山、あと行ってみたかった四万十のカヌー下りが主な目的です。

天気の悪い周期だったようで、一週間の写真をみてもパッとしない空模様がわかります。

とはいえ行動に支障はなく、あちこち空いていて、おおむね予定どおりでした。お気に入りのパノラマ写真も撮れました。

知らない土地を見るのはおもしろいです。


2022年5月8日 日曜日

羽田発7時15分のANA便787で松山へ。琵琶湖の上から瀬戸内海に入り好天の松山にランディング。この空港のフツーなのか直前で180度ターンして着陸するのがすごかった。一本滑走路なので風向きによってそうなるのでしょう。石鎚山側からは進入できないのではと想像します。

バジェットでレンタカーします。ダイハツのタントという軽バンです。

下道で西条へ。石鎚山がよく見えます。

国道のうどんや。遠い山は石鎚山かな

寒風山トンネル旧道から

アケボノツツジと寒風山 


小松のハイウエイオアシス(石鎚道の駅と同じ)のモンベルでコンロ用のガスカートリッジを仕入れました。

国道沿いでぶっかけうどんを食べてから山越えします。四国山脈(石槌連山)を寒風山トンネルで抜けて高知県にはいり、すぐ木の香温泉道の駅。谷間にあるきれいなところです。伊予富士とはいいますが土佐側から登るのがかんたんなようです。


5月9日 月曜日

伊予富士、標高1756mで石鎚連山の繋がりにあります。旧寒風山トンネル入口が登山口で標高1100m。木の香温泉からはモーレツなくねくね道を30分ほど走ります。

この山道の先は、UFOラインというスカイラインで石鎚連山の山腹をまくように走っています(この道から石鎚山に登るのがいちばんカンタンだと、下山後となりのキャンピングカーおじさんに聞きました)。

あたりにだれもいませんが6時20分にスタート。1時間もかからずに主脈の桑背峠にでます。朝日が当たっっていたはずですが稜線にでるとガスぽい。とはいえ寒風山がよく見えます。アケボノツツジの咲く尾根道をさらに1時間ほど、伊予富士は見えるようで見えないか。雨もポツリポツリとやってきました。名物の急登があって9時に山頂につきました。ここまでだれにも会わずでしたが反対側からガイド付きの団体登山がやってきて驚きました。おばさんの多いグループのようです。早めに来た道を戻ることにしました。

アケボノツツジ

伊予富士山頂


伊予富士山頂から


雨はさほどのことはなく雨具も不要でしたが濡れたクマザサのおかげでズボンと短靴はびしょ濡れになりました。帰りは1時間半ほどで10時20分終了。


明日は好天予報なのでつぎの篠山に登りたいところです、足摺岬にも行ってみたい、ということで、今日中に四国南端の町土佐清水まで移動することにしました。

途中、須崎道の駅に寄ってカツオのたたきをゲットしました。これは前回絶品と思った一品です。そのあと四万十市の中村温泉に寄りました(銭湯温泉で翌日も入ることになります)。四万十市といいますが、土佐中村のことで旧名のほうがあじわいぶかい気がします。

飛行機から

飛行機から2

石鎚山から


5.03.2022

月山のスキー登山

1日いい天気。人も少ない

2022年4月28日 金曜日

member ハネダオサム マツクラカズオ 伊藤フミヒロ記

右端奥が月山。朝からいい天気。こういう魅られる写真はプロのまつちあんの作品です

湯殿山をバックに稜線つたいに登ります


赤ピンが大井沢あたり

予報どおり好天の朝になりました。朝日山の家から月山がきれいに見えます。近所では満開のヤマザクラと月山を撮影するカメラマンがウロウロしています。

月山姥沢の駐車場までは1時間もかかりません。

車をおいて回数券1枚を買ってペアリフトにのります。リフトトップが1500m、月山山頂が1980mです。

のんびりしていたのでスタートは10時になりました。スキーや歩きの数人がてんでばらばらに山頂をめざしているようです。



今年はクレバスが多いらしい



ほとんどトラバースするように登って1時間ほどで姥ヶ岳ー月山の主稜線にでました。あとは夏道ルートを辿ります。旧鍛冶小屋下でスキーをデポして夏道をゆっくり登って12時半に山頂着。風もなく全方位の景色が見られます。


ランチのあと下山。デポ地点からはスキーで下ります。クレバスがあって四谷川沿いのルートは規制されているかもしれません。気持ちよく滑りくだったので、ゲレンデに戻るには高度を下げすぎています。

結局四谷川沿い、雪庇や巨大ブロックを見上げながら長いトラバースで旧姥沢小屋上部に回り込みました。これが普通のルートで夏道のとおりですが今の時期は一気に走りぬけたいところです。が、ストップ雪でスピードがでません。ひやひや。

駐車場に戻ったのは3時前。丸一日の好天でした。

姥沢に戻りました
                    

にしかわ道の駅に寄って温泉に入り、あとはかえるだけ。まつちあんが全ルート運転で、ほかはおしゃべりするくらい。ハネダ家でお茶をいただき夜おそく都内にはいりました。明日からゴールデンウイークなので出かける車が多いようです。

ここ数年スキー旅行で活躍しているプジョー車 右


まつちあん制作の月山スキービデオ

5.02.2022

庄内鶴岡の2日

 庄内鶴岡の2日

2022年4月26、27日 火曜日木曜日

member ハネダオサム マツクラカズオ 伊藤フミヒロ記

鶴岡加茂水族館


          



連休が始まる前に3日間山形へでかけました。

月山でスキーの予定でしたが、初日と2日目は山の天気が悪くスキーはできませんでした。

朝日山の家に2泊して、2日間は鶴岡に下ってあれこれ見学しましたのでその覚え。


4月26日 火曜日 

朝いちで出て白岡まちあん亭。プジョーにのりかえて那須ハネダ家へ。一台で福島、東北中央道に入って米沢経由寒河江、西川町へ。月山がよく見えますがもうすぐ雨になりそうな気配です。そのまま海に向かって鶴岡へ下ります。

漬物の里でおいしいそばをいただいてから月山北面にあるセデックオープンスタジオへ。数々の時代劇映画が撮影されたところです。藤沢周平作品などもここで撮られたようです。

2時間ほど映画村を見学してから、郊外のぼんぼ温泉湯に寄って、西川町大井沢の朝日山の家に入りました。

寒河江川の脇にあるロッジで知る人ぞ知る宿。釣りと山の客が多いようですが、今日はほかにだれもいません。

加茂水族館と朝日山の家。宿の前は寒河江川です


映画村、セデックスタジオ。上段はおしんの生家だ

4月27日 木曜日


宿の前が寒河江川じょうじょう橋で月山がよく見えるのですが、今朝は雲の中。回復が遅れているようなので、今日も午前中は鶴岡へいきましょう。

加茂水族館に行きました。日本海に面した立地でクラゲ水族館として有名です。そのあと県縦断駅伝の行列にまきこまれて町の中心鶴岡公園までは小一時間ノロノロドライブになりました。

公園は庄内酒井藩鶴岡城址のことで、あれこれ見どころがあるのですが、お堀のサクラと鴨居レイの作品展、藤沢周平記念館(休館でした)をみました。話は飛びますが、藤沢作品は愛読書です、映画でも北川けいこさん主演の「花のあと」はお気に入りです。

今日もランチは県道沿いのそばや、つむぎ、です。山形はおいしい。

昼過ぎに月山に戻ります。月山は雲の中、インターを降りてくねくね道で登山口駐車場に上がりましたが爆風が吹いていて車も人も見当たらないほど。なぜかリフトが動いているのが不思議です。地蔵沼に寄って写真を撮りました。脇にあったはずの月山荘はあとかたもなく(前回もそうだったか)、キャンプ場は雪が解ければ利用できるようです。

大井沢ゆったり湯に寄って、朝日山の家に戻りました。明日の好天に期待します。


朝日山の家は、槇有恒の書いた宿看板が目をひきます。

いつもピカピカなのが第一印象です。部屋は洋室で好みです。食事もおいしい。私の好みとは異なり朝晩とも皿数が多くて高級旅館の風。十数年まえ、月山のテレマークキャンプに仲間とやってきたとき、西川の蛙の子(道の駅となり)というそばやで紹介されて以来なんどか。宿とそばやは文字通り姉妹の関係らしい。奥さんに聞くといまも元気営業しているとのことでした。


おまけ


帰京後、この宿についてい若干の発見がありました。以下。


朝日山の家について


インスタで山の家の奥さんの息子さんらしいアカウントを見ました。

ポルシェのようなホンダやドーベルマンなどをもっていて発展的な起業家?のようす。

https://www.instagram.com/imperfect4_4/

あの宿は、以下の記事のようにもともと民宿だったらしい。

奥さんの旦那も山や釣りで知られた人だったらしいが10数年まえ若くしてなくなったらしい。そのときにわたしは初めて泊まったのかもしれません。

義父は有名人でラストマタギという本も書いている。ヤマケイからも別に、朝日連峰の狩人、がでているようです。そういえばそんな本ありました。

今度ラストマタギを読んでみようとおもいました。前述のお孫さんのインスタに熊谷榧さん描いたラストマタギのスケッチがありました。


以下はネットから拝借。知らない人のブログです。


志田忠儀(ただのり)さん

2016/07/07


先日、大井沢の志田忠儀(ただのり)さんが100歳でついにこの世を去られました。本当に立派な人生を全うなさった方でした。私は二十数年前に大井沢の民宿『朝日山の家』に宿泊したときに、初めてお会いしました。その時70代の後半だった志田さんは、もう民宿の経営は次男の忠昭さんに任せていましたが、良く朝日山の家を訪れていたようでした。その存在を知ったのは長男が新聞社の世論調査のアルバイトで大井沢を訪れて、志田さんの民宿に泊めていただき、とても親切にしていただいたので、いつか私も行きたいと願っていたのです。なかよしのOさんと一緒に月山に登る旅を計画して、宿は『朝日山の家』と決めていました。忠昭さんの奥さまの智恵子さんが義父母から教わったことを忠実に再現して、山の幸をふんだんに使った美味しい料理でもてなして下さいました。ほとんどの材料は山から採ってきた茸や生け簀で飼っているイワナ、畑で獲れた野菜や山菜で、季節はずれの物は上手に塩漬けされて保存していた物でした。味付けも薄味で、すべて義母のキヨエさんから教わったのだと言っていました。 この2冊の本は志田忠儀さんが70代の終わり頃に西沢信雄さんが忠儀さんの話を聞き書きした『朝日連峰の狩人』(山と渓谷社刊)と、2年前にお孫さんの薦めで今度はご自分の原稿を素に出版社の協力で、自著として出版された『ラスト・マタギ」(角川書店刊)です。大正5年に大井沢で生まれ、ずっと大井沢で暮らしてきた狩人の志田さんの人生が語られています。山形県の真ん中でもっとも山形県人らしい生き方をした志田さんの貴重な100年の生涯が語られています。一人でも多くに人に読んでもらいたい本です。私は何回も何回も読んでいます。


ラストマタギ・志田忠儀さん

西川町立大井沢自然博物館・自然と匠の伝承館

May 27, 2016  ·


ラストマタギ・志田忠儀さんが亡くなられたそうです。

御年100歳。ここ大井沢博物館にも忠儀さんが採取寄贈されたものが多数展示されております。忠儀さんが名づけた地名も多数地図に残っており、山のブナには忠儀さんが刻んだ道しるべなども見ることができます。体はご高齢の為衰えることはあっても最後まで頭ははっきりしており、今年の大井沢や朝日連峰の山や雪の状況を気にかけていらしたそうです。山のことでわからないことがあって地元の方々に聞いていってわからないと「忠儀さんならわかるはず」ということがたびたびあり電話で問い合わせて、的確に教えていただきました。大変お世話になりました。ご冥福をお祈りいたします。



朝日山の家:志田忠昭さん、逝く

2010.10.28


こんなに冷たく感じる雨の日でもけっして欠かさない、犬っ子達との朝散歩。


出がけ前に軽くメールチェックをしたら、

久しぶりに旧友からメールが入っていた。

内容は、朝日山の家の志田忠昭さんが亡くなられたとの事。


志田さんと出会ったのは、大江町と大井沢をつなぐ大頭森山の林道脇で、

当時はまだトンネルは無かったでした。おそらく・・・互いに26歳の時だったかと。


彼はジムニー(2スト)。私はYAMAHAのトレールバイク。

大頭森山頂上付近からは、大井沢の里を眼下にして朝日山系が一望できるが、

彼が車から降りてその風景を写真に撮っていた時に、

そこを通りかかった私がバイクをちょっと停めて、話しかけたのがキッカケだった。


大井沢に遊びに行った時にはちょこちょこ顔を出したり、

さらには家族して遊びに行ったり、クマのレバーの燻製や

ウサギのソーセージを喰わされたり、毛ばり釣りの話はもちろん、

狩りやマタギの話やオフロードバイクやスノモの話をしたり、

マスの燻製を商品化したい・・・・だとか、

主に、現在の「朝日山の家」というカタチに至る前の段階

(互いに青年期後半の時期)ではあったが、折に触れて何かと付き合いが出来た。


ここ10年程は特にお会いしていませんでしたが、

私にとっては、心に残る出会いをした友人のひとりでした。

(この場をお借りして、ご冥福をお祈り申し上げます。


野外スタジオをうろうろする3人組。奥の雪山は湯殿山でしょう

                             

月山駐車場は風つよい

地蔵沼から姥が岳月山



おまけ2
鶴が岡公園のあたりに和洋折衷の西洋風建築がいくつかあって不思議な感じがします。明治の文明開化時にみようみまねで作った西洋建築があったと聞いていたけれど、それとはこれか、という感じでした。
以下おもしろいです。

知らない人のブログ

まつちあんのブログからの借用写真