7.15.1996

グランドジョラス

CLIMBING IN CHAMONIX-MONTBLANC

グランドジョラス
黒川晴介
Grandes Jorasses
 
 グランドジョラスは日本人に馴染みの深い山だろう。その北壁はクライマーにとっ
てあまりにも有名だ。モンブラン山群の中でも山自体の大きさ、際立った聳えかた、
やはり一度は登ってみたい山だ。

 残念ながら僕には北壁をソロで登るほどの根性はない。比較的易しいルートはない
かと捜すと、イタリア側がまだ登りやすそうなので、南面から登ることにした。

 シャモニーからバスに乗り、モンブラントンネルを抜けると、四十五分ほどで反対
 側の村、クールマイヨールに着く。フェレ谷へ入り、一日目はボカラッテ小屋
(別名グランドジョラス小屋)まで一二〇〇メートルの登りだ。

 フェレの谷は広くひらけており、緑も美しく生え、個人的にはハイキングするなら
シャモニーより良いのでは、と思う。小屋の人もとても親切で、なにより食事が美味
しかった。

さて、小屋の人に「明日ジョラスに登りたいんだけど、独りでも大丈夫ですか?」と
訊くと、少し暗い顔で「スノーブリッジがあまり良くない状態だけれど、行けないこ
とはないよ」との話だった。

 翌朝は三時にスタートしたけれど、ヘッドランプの灯りでは出発していきなりルー
トがよくわからない。なんとか最初の岩稜に取り付いたけれど、やはり真っ暗の中で
ロッククライミングをするのは大変だった。岩稜を登っているうちに明るくなってき
たけれど、今度はルート真ん中ぐらいですっかりガスに包まれてしまった。岩の上に
腰をおろし、しばらく悩んでいたけれどやはり、続けて登ることにした。もう八月下
旬でこのチャンスを逃すと登れないかもしれないと思ったからだ。

 なんとかウィンパーピークに突き上げるリッジに取り付き、フーフー言いながら
登っていくと、ガスが少し切れてきた。頂上はすぐそこだった。北壁側を覗きこみ、
シャモニーの谷を見ると、雲の中だ。

 クローピークを往復して、さっさと同ルートを下るが、再びガスに包まれた岩稜の
下りを迷って他のリッジに入ってしまった。そのうちガスは雪に変わり、登りとは違
う雪壁をクライムダウンしていくが、中途半端に積もった湿雪でクランポンがよく効
かず、恐ろしいクライムダウンだった。
 
 どうにか登りのトラックに合流して、岩場を何度かラッペルを交えて下っていく。
降り続ける雪がヤッケやザックに積もり、ロープを握る手袋はビショビショだ。最後
のラッペルで氷河上に降り立った頃に、ようやく雪が止んだ。ここから先はスノーブ
リッジに気をつければ歩きだけで小屋に帰ることができる。

7.01.1996

CLIMBING IN CHAMONIX

CLIMBING IN CHAMONIX-MONTBLANC

最初のソロ、プチ・ヴェルト
黒川晴介
Petit Verte
 


 アルプス登山は僕にとって高校生の頃から、あこがれの対象だった。そして、ある意
味でヒマラヤ以上に僕にプレッシャーを与えてきた存在だった。僕はすべてに緊張して
いた。「本当に自分にアルプスを登ることができるんだろうか」と。それに今回はひと
りで来ていたので、多くのクライミング(結局全部だった)をひとりでやらなければな
らないだろう。ヒドンクレバスやスノーブリッジはどうだろう、いくらでも心配事は絶
えなかった。

 「ロープウェイの終点でおりると目の前に圧倒的な姿でエギュー・ド・ベルトが聳え
ている。今回の目的のプティベルトはどちらかと云うと独立した山というより、西穂高
岳の独標のような存在だ。プティベルトの頂上から先はエギュー・ド・ベルトへと長い
鋸のような稜線が続いて、最後に巨大なアイスキャップを持つピークへと至っている。

 アルプス登山には大切なルールがいくつかある。良いコンディションのときに登るこ
と、そして標準タイムを守こと。標準タイムを守るというのはスピーディな行動を意味
しているし、自分の能力がそのルートに対して十分かどうかを適格に教えてくれる。そ
ういう訳で、僕にとって標準タイムというものが大きなプレッシャーになりつづけた。

プティベルトへは雪の登りから始まる。シャモニーに来てから買った真新しいクラン
ポンをきかせながら登っていく。小さなシュルントを越え、リッジ上を進むと岩場の取
り付きだ。ここで、アックスとクランポンをデポしていく人が何人かいたけれど、要領
のよく判らない僕は、デポせずにザックにつけたまま登っていくことにした。
  
 ガイド登山らしき人や、普通のクライマーなど、何パーティかが先行していたが、僕
はひとりなのでビレイの時間がかからず、すぐ追い付いてしまった。皆親切で、すぐ先
に行かせてくれる。この後の山行でもよくガイドと出会ったが、彼らは皆とても親切
で、身のこなしもスマートだし本当にイカしていると思う。何度かはラッペル用のロー
プまで使わせてもらった。(ロープは持っていたけど。)
 
、岩稜をどんどん進んでいくと、ちょっとしたピーク状の所で休憩している人がいた。
休まずに進んでいくと岩場がだんだん難しくなってくる。後の方から声をかける人が
いるので戻ってみると、そこがピークだった。

  標準タイムでは、アルプスの入門テストにどうにか合格したようだ。