12.27.1997

八甲田と秋田八幡平
1997-12.27-1998-1.1

焼山頂上直下を滑る
 
menber TOKYO TELEMARKERS

12-27
4時過ぎに城西を3人ででる。雪のない東北道を快調にすすみ黒石から山方面には
いり、2時過ぎには酸カ湯着。
同じくらいの時間に森夫妻、春水、羽根田夫妻も到着。古い知り合いの羽田夫妻も
おなじ自炊棟にいる。予想以上に雪が少ない。
12-28
前夜、酸カ湯のガイドに翌日の案内を申し込んでおいた。ガイドなら雪があるとこ
ろへ連れて行ってくれるのでは、という気持ちから。ロープウエーで田茂谷地岳に
上がる。スキー場は小石のちらばるアイスバーン。
田もやち岳の北斜面を田もやち沢沿いに午前と午後2回滑る。快適斜面はすくなく
、すぐにブッシュスキーとなる。パウダーの写真をとろうとはりきっていた川崎カ
メもお手上げ状態。
酸か湯ガイドの滑りは素晴しい。諏訪さんのアルペンは熟練ものだし、、、さんの
テレマークはニセコの深町さんのようだ。
夜、八甲田山にはこれ以上いいところはないのでは、と転進をきめる。明日は秋田
八幡平、後生掛へ。

12-29
酸カ湯から3時間ほどで秋田八幡平スキー場着。予想どおりここには十分の雪があ
る。リフトが故障中とかでスキー場はがらがら。ここで北田、北山コンビにばった
り遭遇。去年と同じパターンだ。歩いて登って滑っている二人に森夫妻も合流。
五味さん来宿。

12-30
天気まずまずで北田チームといっしょに焼山へ。6人、これも去年とおなじメンバ
ー。もうせん峠の先からは五味と二人で焼山を往復する。頂上で火口にむかって滑り
くだる。雪はたしかに少ないが、ここまで上がればそれなりに。快適な滑降。写真を
とりながら宿へもどる。夜中に小田切清十郎氏来宿。

12-31
森吉山転進もかんがえたが、天気がわるいのでゲレンデスキー。なべっこ高橋、仙
台の東さんの大グループなど昨年とおなじ顔触れがそろってしまった。ほかにka
miさん、高橋軍曹、鯨津さんなども。

1-1
天気がわるい。とはいえ大雪がふるというほどでもなし。花輪の進藤氏が2升瓶さ
しいれにくる。午前中ゲレンデで練習して帰京。ゲレンデは雪質、雪量とも絶好。
どうやら今年の正月はこの辺だけがアタリらしい。
 森吉山へもいきたかったが、そこに転進すると昨年とまた同じパターンになって
しまいそう。またの楽しみとしよう。


12.20.1997

八ガ岳南沢小滝

八ガ岳南沢小滝アイスクライミング
未発達の氷瀑をがちゃがちゃ登った
 
南沢小滝
 
1997-12-20
メンバー 忠、安田、汽車

朝830に美濃戸入口集合。南沢に入り、小滝着。先着2人の女性クライマーがのぼっていた。
まだ結氷が不完全とのことで、トップロープで右や左を登る。ごく最近入手したシャルレの3点セット
がぴったりきまる。安田氏のシモンはもっと具合がよいようだ。とはいえ、初めてのダブルアックスで
要領がいまいち。3度ほどトライすると感じがつかめてきた。
こわいのはピッケルを打ち込んだとき、とびちる氷の破片なのだが、サングラスしていれば大丈夫そうなので、
だんだん思い切ってうちこめるようになる。トップロープでやるかぎり、がちゃがちゃと登ればいいので、
単純だもちろんリードとなれば、経験と慎重さが必要になるだろう。。アイスクライミングは打ち込みとケリ
の入れ方にコツがありそうで、これがつかめれば上手になりそうだ。
薪割りの要領ににているかもしれない。忠さんによれば、あとは氷の質の問題とか。今日は氷が悪過ぎ
るという。暖冬のせいだ。
二人は大滝をのぞいていたが、悪い、と戻ってきた。
適当にきりあげ、美濃戸山荘でビール。
そのまま、栂池成城小屋方面へと去る。

12.01.1997

MT.ASPIRING ,NZ

CLIMBING MT.ASPIRING IN SOUTHERN-ALPS,NZ

アスパイアリング
黒川晴介
aspiring
日時調査中
1997年12月?
 
 とにかく先に進んでみたが、どうみてもヒドンクレバスがありそうだ。

ゆっくりと自分のフットプリントをたどり、安全な岩の上まで戻り、腰をおろす。残念ながらここか
ら先の氷河帯をひとりで歩くことは危険すぎるようだ。
 
 昨夜フレンチリッジ小屋で出会った三人パーティに頼んで、スパーリングの取り付きの小屋まで、
ロープに入れてもらえたら、と思い座ったまま彼らの上がってくるのを待った。

 三人パーティはイギリス人二人とオーストラリア人のクリス・ダーウィンという人だった。彼らが
上がってきたので頼んでみると、快くロープに入れてくれた。これでとにかく、取り付きまでは安全
に行けるだろう。このルートは小屋に行くまでに一度尾根を越えてボナール氷河を下り、再び北西稜
の取り付きの小屋まで登り返すことになる。

 最初に尾根上に出たところで休憩していると、ひとりが「セイスケ、ここから先はどうする?」と
訊いてくるので、「ヒドンクレバスがあるだろうから、小屋まで一緒に連れて行って欲しい」と言う
と、「ここから先は氷河は平坦だし大丈夫だ」と言う。それならと思い、ひとりで先に出発した。

 一時間もしないうちにガスに包まれた。緩やかで広い雪原はルートファインディングが難しい。高
度計、磁石、地図を使い、何度も確認しながら新雪の中を歩いていくと、突然、腰まで雪の中にもぐ
ってしまった。両足には何の感覚もない。ザックのおかげで何とかひっかかっているけど、ヒドンク
レバスに填ってしまったのだ。ひやひやしながら後に這い出して、自分の落ちた穴を覗くと、何十メ
ートルあるのかわからないほど、真っ暗だった。

 、三人パーティの来るのを待つしかなかった。しばらくすると彼らの呼び声が聞こえてきたので、
コールを返して待っていると、追い付いて「心配していたよ」と言う。実は彼らもスパーリングは初
めてで、よく知らなかったらしい。簡単に人の言うことを信じるものではない。
 
 翌日、小屋から先はクレバスの心配のないミックスの登りなので、彼らとは別にひとりで登った。
中間部でいくらか岩場をこなし、最後は急な雪面の登りだ。出発したときは大丈夫だったのに、上に
出る前にガスに包まれ、頂上からは何も見えなかった。

 下降しはじめて半分ぐらい下ると、また視界が出てきた。なかなかうまくいかないものだ。登ると
きはよく締まっていた雪も柔らかくなり、不安定なミックス部分で一度ラッペルして、三時頃に小屋
に戻った。

 小屋から見上げるスパーリングもやっぱり立派だ。スパーリングはニュージーランドで最も美しい
山のひとつだろう。

11.22.1997

北アルプス立山の初滑り4年分

北アルプス立山の初滑り
毎年行く人も多いようだ

雷鳥沢を滑る
 
11月、やっぱり立山はパフパフだった! 
1995年11月25日
skiing at 97-11-24 
 
暖かい。冬がなかなかやってこない。が。例年初滑りの舞台となる北アルプス立山、今年
もそこはパウダー天国だった。

勤労感謝の前日、11月22日の情報では、ホテル立山の周辺は積雪2センチ! 例年なら軽く
2メートルはあるはずだ。この時点で日本中のスキーヤーが「今年はヤメだ」と立山行を断
念したに違いない。

ところが、KIM同人の3人は「雪は必ず来る」と(ムボーにも)その翌日には立
山へと向かったのだった。立山の室堂駅で、ここのヌシ杉原整氏に出会う。「きのうの夜
30センチ降ったヨ」
「ワッ、ヤッター」とビルの外へ走り出て見ると、いちおう山は白い。が、大岩がゴロゴ
ロしていてパウダースキーどころの話ではない。

 スキーをかついでトボトボと雷鳥平のテント場まで夏道を歩く。テントを建てたあと、
クロカンスキーとしゃれる。岩のない草地のスロープを探してようやく初滑り。ガッチ、
ガーッとスキーが石をこする度に泣きたい気持ちに襲われる。夜はゴシップ談義に花が咲く。

翌土曜日の26日も小雪の舞う中、スロープを求めてクロカン。昨夜のバチが当たったのか
、スキーをおもいっきり傷つける(クソーッ、もう板はボロボロだー)。この広い立山に
、スキーヤーは数人、スノーボーダーも数人、ボロボロの板を持ってみんな複雑な表情を
みせている。名状しがたい初滑り風景ではある。みせている。名状しがたい初滑り風景で
はある。

その日の午後になっていきなり吹雪となり、山は荒れに荒れ、雪は一晩中降り続く。未明
になってテントは完全に埋り、窒息寸前。ヘッドランプをたよりにヤケクソの除雪作業。
やっぱり雪はやってきたのだ。今ごろになって!

1メートルのパフパフパウダーをラッセルすることになる。必死の脱出行で、ようやく室
堂ターミナルヘ転がり込んだのは昼前だった。

                           (KIM同人/I)

1997年11月22ー24日
メンバー 五味、春水、矢野淳、由美、直子、汽車

22日
朝目を覚ますと、まさか、の雨音。昨日みたかぎりでは今年は雪が多い、とおもっていたの
に、この雨で、溶けてしまうのでは。雪と雨では大違いだ。
雨具をつけて一人室堂山へ偵察に。称名川まで滑りくだる。ヒト登りして雷鳥荘へ戻る。3
時間の行程。

23日
朝から雪。後発を迎えに室堂へ。10時にダム方面からあがってきた。そのまま雷鳥荘へ向
かい、小屋前のゲレンデで何本か滑る。

24日
大きな移動性高気圧に覆われ、日本中好天というが、立山はいまいち。雷鳥沢を目指す。剣
御前手前で、雪も悪そうなので滑走開始。
快適な深い雪。写真を撮りながらくだる。
新着の BDの RESOLUTION180センチは極太だけあって、快調。同じく新着のスカルパ T2も足
にフィットして快適だ。
称名川に降り立つころには完璧に晴れ上がっていた。
杉原、中山、保科、関谷氏,四方氏,妙高岡田氏などに出あった。ボーダーも多く、にぎや
かな立山の初滑りだった。

1998年11月21-23日
メンバー 五味,ヒロユキ、ユミ、こだま、つづき、清十郎、汽車、なべ、木俣、湘南ボードクラ
ブなど
21日
朝五時ころ都内をでて10時の扇沢発のバスにのる。扇沢は積雪30センチ。室堂ターミナル
からは吹雪のなか、よろよろと雷鳥沢まで小1時間。
先発、後発とも夕方には全員集合。吹雪のなかの行動でみくりが池の崖に落ちたもの3人、ス
キーを失ったものひとり、と散々だった。この日はおとなしく温泉とお酒でくつろぐ。湘南の
不良たちはテント泊をあきらめ、自炊部屋にはいる。
22日
案に反して快晴の朝をむかえる。朝飯をたべ、有志6人が剣御前をめざす。
9時雷鳥平、10時過ぎにコルにつく。剣沢を滑りたかったが天候悪化のため雷鳥沢をくだ
る。快適なパウダースキーイングが楽しめる。雪が降り始め、1時には帰荘。深夜までくつろ
ぐ。
23日
吹雪きのなか室堂ターミナルへ向かう。930のバスにのり、三洛で昼飯、渋滞の中央道
を帰京。9時都内。


1999年11月21/23

21日 晴れ雲少々 全日雪少々 すでに前日に入っている人で、雷鳥沢は、ずたずた
、あちこち沢山シュプールが刻まれている。 雷鳥荘に寄って、昼出。なが尾根(雷
鳥沢の右側の曲がった長い尾根)へ。まだシュプール少ない。川を渡って、長いフラ
ットな部分を沢の奥まで詰めて右手の沢から尾根に取り付く。ゆみさんぶっちぎり絶
好調、北田さん2番手、少し遅れてひろゆき、川崎さん足つって、遅れる。途中で、
水沢さんとエルベのテレマークグループおりてくる。ピーク下から写真を撮りながら
すべる。沢を滑っては、トラバースしながら、結構長く滑れる。ひろゆき不調、なべ
ちゃんように、カメラを向けられると、転んでしまう。途中で登ってきた妙テレ岡田
さん、小笠原さん、大学さん他10人位とあう。フラットな部分で、エルベの人が、
けがしてて、ヘリではこばれる。平山さんと会う。4時雷鳥荘。

22日 晴天 もうシュプールだらけで、行くところに困る。剣沢へ、向かう。夜遊び
に来た平山さんもいっしょ。気温は低く、雪堅く凸凹でシールで登りにくい。御前小
屋から、剣沢を望む、シュプールは、あるものの、わりときれい。剣沢もまあまあす
べりやすい。大石から、シールで剣御前の方へ、登りかえす。この辺は、天気の安定
した時に、限る。水沢さんが滑ってくる。ジグザグきって稜線に出る。剣をバックに
撮影。北田、白石不調 また、大石近くまで、滑って、登りかえす。雷鳥沢は、もう
ボロボロ、トラバースしながら、室堂乗越へ回り込んで、滑る。雪悪い。剣沢で、も
っと下の面を滑った水沢さんに追い付かれる。3時前?雷鳥荘 人数少なく、足並み
も揃って行動、早い。

23日 曇り 次朗長 子作りスケジュールの為、朝立つ。昼ごろ扇沢、大町温泉、途
中食事、6時半帰宅

1999年11月29/30日
メンバー 松倉、川崎、汽車

 月・火と立山へテレマークに行って来た。
 室堂ターミナルの外は氷点下12度。深いガスに覆われ、視界は100
m足らず。風はさほど強くない。しかし、せっかくやってきたので室堂
山周辺を散策することにした。中腹まで登り、岩陰でツエルトビバーク
のカットを撮る。ガスがさらに濃くなってきたので、早々に下山。
 しかし、下山はなかなかたいへんだった。雪が深くとてもテレマーク
ポジションはとれず、斜滑降・キックターンで下りてきた。
 そんな途中、私の足元が突如ゆっくりとズレてきた。「あれれ」と思
う間もなく、腰がすとんと落ちた。何なんだ? はじめは何が起きてい
るのかわからなかった。お尻は滑っていないのに、私はだんだん下へと
下へと流されているのだ。斜度はごく緩やかなため、歩く程にゆっくり
だが、前を行っていた伊藤さんと川崎さんのいるところから左へ左へと
移動している。まるで魔法の絨毯に乗っているような感覚だった。
 やっと事のしだいがわかった私は「ナダレ、ナダレ」と二回叫んだ。
川崎さんが「早く逃げないと」と叫ぶが、心が動転して立てない。そう
しているうちに魔法の絨毯の流れは止まった。あわてて立ち上がると、
斜滑降で二人の元へと戻った。雪崩はごく小規模で私を乗せた厚さ20cm
で6畳ほどの広さの層が10mほど横滑りしたといった感じだった。
 そのときは不思議な感覚のほうが強く、怖さはなかったが、二人の元
へと戻ると急に恐怖感が湧いてきた。これがもっと急斜面だったら、助
かっていたかどうか・・・。そう思うと、現在進んでいる方角も間違っ
ているように思えてならない。本来のコースよりずっと右の一ノ越から
の谷方面へ向かっているように感じるのだ。伊藤さんに聞くと「大丈夫
だ」と言う。ここは経験豊かな伊藤さんを信じてついていくしかない。
しばらく行くと、夏道の柵に突き当たった。これを左へとたどれば室堂
ターミナルへと戻れると一安心。しかし、伊藤さんはそれを横切り、さ
らに下っていく。
「逆に進んでいませんか?」
 私が言うと、川崎さんもたぶんもっと左だと言う。そこで、伊藤さん
が一人で偵察に行く。しばらくして帰ってくると、「大丈夫、向こうに
ポールが見える」と言う。
「さすが伊藤さん」
 私たちは胸をなでおろしついて行くと、真っ白な空間に高さ5mほど
の直立した黒い影が浮かび上がった。下まで行くと、エビノシッポに覆
われた柱があった。
「室堂山荘のアンテナに間違いない」
 川崎さんが言う。しかし、肝心の室堂山荘は見えない。伊藤さんが再
び偵察に行く。こんどはなかなか帰ってこない。
「遭難てのはすぐ近くまで来ていてたどり着けなくて起こるんだよ」
 川崎さんが脅かすように笑う。
 寒さに震えながら待っていると、突然、左後方から室堂ターミナルの
エンジン音が響いてきた。伊藤さんも戻ってくると「ケルンがあり、み
くりが平という案内があった」と告げた。これでおおまかな位置関係が
はっきりした。再び、伊藤さんが音のしたほうへ偵察に行く。その間、
二人はシールを装着し登る準備。じきに伊藤さんが戻ってきて、頭の上
に腕で大きなマルを作りOKだと告げる。急いで登っていくと、山岳警
備隊の建物がぼんやりと黒い影を見せた。2時間あまりの今シーズン初
の雪中行だった。
松倉一夫/Kazuo Matsukura

10.25.1997

SAN YESHILD.WILLIAMSON ROCK,J TREE

SAN YESHILD.WILLIAMSON ROCK,JOSHA-TREE1997

南カリフォルニアの3箇所のクライミング
ito kisya fumihiro
      
from left,SanYeshierd ROck,Willamson Rock,Hidden valley in JT,Ume climbing RML, 
Hikari on ID in JT,Bouldering in JT
 
メンバー HIKARI, HANEDA OSAMU,UNEZU,TOKUCHI,JERMI AND FRIENDS

1997-10-25-28

25日
サンタバーバラのジャンドゥースポーツ店でテントなど買い、午後いちで町外れの
サンイエシールドの岩場にでかけた。hikar,osamu,kisyaの3人。車をおりて15分も
歩くと岩場がみえてきた。丹沢の広沢寺の岩場というかんじだが、実際は3倍か4倍
はありそうだ。パタゴニアショップで見たこのあたりのガイドブック「サンタバーバラ
、ヴェンチュラ、サンルイオビスポ」にでている。ルート数は4、50本か。砂岩の岩場で
ローカルな雰囲気がただよう。ファミリーやカップルで、トップロープで楽しんでいる人
が多い。
5.8、5.9、5.10aあたりを4本ほど楽しむ。10aのxxxxxは楽しめる。3時間ほど楽しん
でヴェンチュラの宿に戻る。

26日
南カリフォルニアでは有名なウイリアムソンロックへ。最寄りの
駐車場で待ち合わせしたが、ぼくらはヴェンチュラから2時間のドライブ、アーバイ
ン住のTOKUCHIはUMEZUをピックアップして、HIKARIのともだちJERMIは女の子二人を
のせて、9時半ぴったりに全員がそろった。そういえばJERMIとは夏の終わりに小川
山でいっしょに登っている。
ウイリアムソンはロスアンゼルスからは最寄りの岩場のひとつ。スケールは巨大で、
穂高屏風岩くらいの岩場がドーンとそびえていて圧巻。標高が2000メートルと高いので、
夏の岩場として人気が高いという。近くにはウイリアム天文台がある。岩質はかこう岩
で、ヨセミテとおなじ。SOUTHERN CALIOFORNIA SPORTS CLIMBING,THE GUIDEというガイ
ドブックに詳細がのっている。

壁の基部から頂上までは300メートルはありそう。マルチピッチもおおく、ル
ート数は数えられないほどだが、ショートピッチでも十分楽しめる。
ぼくらはショートピッチが並ぶストリームヲールに向かう。
5.8から5.10bまで6本ほどをリードしたり、トップロープしたりで、わいわいがや
がやと一日たのしめた。
低グレードでも快適なルートがおおく、満足度がたかい。フィールドがよいわけだ。
ルートもまとまっているので、あちこちと移動する必要がない。同じくらいのレベルの
ローカルが同じようなかんじでのぼっていた。

TOKUCHI,HIKARI,UMEZU,HANEDAは夕方ここをひきあげ、そのままジョシュアツリー国立
公園へと向かう。

27日
毎日良い天気。カリフォルニアは天気の心配がない。
ジョシャツリー、朝のテント場。カップの水が凍っている。日中は半そででもあつい
くらいだが、夜の冷え込みは厳しい。
ヒドンバレーのロコモーションロックにいく。やさしいクラックルートがおおい。
7.8.9あたりのルートを登る。クラックルートが多いのも小川山のかこう岩とおなじ。

午後、エコーコーブロックに移動。5.8のRMLと5.10bのC.S.SPECIALにトライ。RMLは
去年CHUがえらく難しい5.8だ、と言ったルート。ぼくもハングをよっこらしょと登る。
超えたあとの一歩のトラバースがこわかった。
HIKARIは10bを確実に登る。信じられない高さに1本めのボルトがあるルートだ。

28日 
TOKUCHIの車から流れるドビッシーが朝飯のバックグラウンドだ。
HIKARI念願のREAL HIDDEN VALLEYのセンティネルロックのILLUSION DEWELLER10bに。
30メートルの三ツ星のクラックルートだ。見事オンサイト。TOKUCHIと僕がフォローする。
高度感ばっちりの恐くて気持ちの良いルート。
テントを片つけ、下山。パームスプリングスの先のアウトレットモールをたずね、TOKUCHI
宅ちかくのサンタナのエンバシースーツに入る。三和中華店で打ち上げ。香港の中華店の
ような雰囲気と味。

10.23.1997

インスボンのスピードクライミング

SPEED CLIMBING IN INSBONG 1997

インスボンのスピードクライミング
伊藤忠男
 
メンバー ちゅう、ペンバ、トミー

1997-10-23.24

23日
効率最大で正味1日半しかないので、ペグンサンジャンについてからすぐインスB
に取り付いた。忍術使いみたいな若いコリアナ4人が前後したので、バリエーショ
ンを教えてもらいそっちをとった(岩雪にで  てたのとかなり違う)。
東壁スラブを含めて全8ピッチで、ランナウトの10bが1  ピッチと(しかしこ
こは10aと感じた)、ボルトに守られた10aが1ピッチ出て  きます。クラック
は快適だけど退屈(5.8止まり)。たぬきの腹に直接出る最後の  60m(ロープ
が足らなくなる)の超ランナウトスラブは5.8くらいだが恐ろしく  てもう2度と
やりたくないと感じました。
頂上のラペルポイントのすぐ上でナベやってるおっさんおばはんがいたのにはたまげ  
た。なんなんだこれは?!
この日はこれでおしまい。

24日は、1本のロープで降りられ(シングルしか持ってかなかった)、もうちょっ  
と気合のいるルートをってことで、はじめボッキル(最初の3文字で切らないように  
)というルートの下部2ピッチ(10b、11―)をめざしましたが、
丁度ショイナードAの左隣が取り付きなんですけど、1ピッチ登った(10b)とこ  
ろで次の終了点がルート図と違ってかなり上みたいなのであきらめておりてしまいま  
した。

で、また東南壁へ戻って、スカイウェイの1ピッチ目(5.9クラック15m)を登  
り、まだ時間があるのでインスBの下部1ピッチ目のやはりバリエーションでグレー  
ドははっきりしませんが(10の後半から11前半と感じました)25mのド・スラ  
ブに挑みましたが、2本のボルト間で動けなくなり走るように飛び降りて“秋のヌン  
チャク摘み”で切り抜けました(要するに敗退)。

因みにこの直後このルートで、コ  リアナが一名、ものすごいロングフォールで服
をずたずたにしてしまいました。アイゴー。

“女情”(確か10C)の左右に一杯今日っぽいラインがありますけど、やっぱり最  
新のトポがほしいですね。わかんないのであきらめ。
これで時間切れ。いそいで山を下って、偶然来たウイドンまでの無料送迎バスとタク  
シーで市庁近くの奇跡的に残っている博物館いってもおかしくないヒッピー宿(60  
00W)へ。

25日の早朝1000Wのエアポート・バス(これ安い!)で朝一フラ  イトに乗っ
て戻りました。

10.10.1997

小川山スラブ状岩壁

小川山スラブ状岩壁新エリア
新しいルートが何本か。金峰山荘ホームページにトポあり

幻を追う人
 
1997-10-10
メンバー chu,光、安田、羽根田、汽車

10-10
大渋滞の始まる前にと夜明け前にでたのが功を奏し8時には回り目平についた。
スラブ状岩壁にいく。ガマスラブのあるところ。そのうえ、ガマルートの2ピ
ッチ目にあたる。
クライミング出戻りの羽根田くんとハートアンドソウルの右にできた5.7と5.8
をのぼる。そのあと
KC'Sバナナケーキ10aを楽しむ。変化があって面白いルート。


さて、他メンバーは左奥の新ルートをのぼっている。そこに割り込んで、まず
「幻を追う人11a」
核心部は出だしの2、3手。ボルダームーブ。二三度トライしてのぼる。光、
CHUはオンサイト。短いが楽しめる。

その左が「ごめんねえっちゃん10b」20メーターで面白い。よく見てのぼれば
ホールドはたくさんある。フェイス系。
豪快に登れる。
その左が「ウイスキーキャット10a」30メートルと長く、変化にとんでいて
面白い。10aのムーブは1ピッチ目にあると思った。2ピッチあるが1ピッ
チで登れる。懸垂下降は二回。
人気ルートになると思う。
金峰山荘ホームページにトポありhttp://www.yic.or.jp/climbing/

10-11
いきなりミズガキ山十一面に飛ぶ。正面壁のベルジュエールのとりつくも、寒
気甚だしく、意欲失せ、一ピッチのみにて戻る。帰京。

9.22.1997

小川山水晶スラブ

水晶スラブで半日
近くていい。磨きこまれている

noise and super imjin,abatamoekubo
 
1997-9-22
メンバー 野村、よしこ、汽車、酒屋今宮

9-21

あんまり天気はよくない。クラックの名人、酒屋今宮がきたというのでお殿様岩へ
。昨日はバナナクラックをのぼったという。
たどりつくと、予期せぬプレゼント、をちょうど登っているところだった。5.9というがワイ
ドクラックで難しいという。プロテクションにジャンピングカムをつかっていた。

スーパーイムジンを登るというので見にいく。何度目かのレッドポイントで、登りは見事という
ほかない。一度下って、目下練習中のローリングストーン、小川山最難のルートにトライすると
いうのでひょこひょこついていく。
途中で岩たけおじさんに取りつく。10cらしいが、スラブでちょと苔っぽい。
ローリングストーンは濡れていて、本気ではトライできないようだった。トップロープでさわらせて
もらったが、歯のたつようなものではなかった。


9-22
水晶スラブへ。アプローチが意外と難しいところだ。
あばたもえくぼ10cであしならし。みんなケッコウきれいに登れた。
ノイズ11aはぼくがリード、核心を超えたところで、確信犯的なアルパインクリップをおこなう。
手繰り落ちはいやだからね。
やじろべえ11aにトップロープでとらい。やじろべーの格好になるトラバースがあるからこの名
がついたという。核心はその上、スラブだ。トップロープならなにもこわいことはない。みんな
きれいに登る。ナチュプロでのリードはこわそうだ。こういうところはバンバン、トップロープで
遊ぶのがいい。直登ルートもやってみたが、これも面白い。

トップロープでクライミングすることはクライミングがよりスポーツ化することではないだろうか。
恐怖に怯えながらやるスポーツはそんなにあるものじゃない。純粋にスポーツするなら、トップロ
ープで充分だ。

9.13.1997

ミズガキ山十一面末端壁

ミズガキ山十一面末端壁であそぶ
見事な壁、静かでいい。ちょと難しいか

十一面末端壁と調和の幻想5.9
 
1997-9-13.14
メンバー せいすけ、森光、汽車、ちゅう、安田、くるみ澤

9-14
 たまには違う岩場で、ということでみずがき山の十一面末端壁へ。グリーンロッジのあた
りに車をおいて、徒歩一時間弱。道はあまりふまれているようには見えない。

僕は十年振りくらいか。崩壊で道がかわっている。末端壁のしたで赤茶けた左股にはいり、
尾根を超えるようにして壁の下にでる。そこが岩小屋だった。

 ガメラさんがあとから上がってきた。正面壁のベルジュエールとやらのフリー化をやってい
るとのこと。偉いもんだ。今日ここに来たのはこれで全員らしい。空いている。
 光、ちゅうは有名な春うららにとりつく。と、思いきや、いきなり、ラダーをとりだし、ア
メリカンエイドで登り出す。光は先週から、こんなことを始めている。なにか魂胆があるら
しい。

 ぼくは調和の幻想5.9を探しだし1ピッチ目にトライ。意外と難しい。先週ガマクラックで
墜落した後遺症がのこっているのか。何度かテンションをかけぬける。こわかった。後はト
ップロープで楽しむ。となりのT&Tも面白かった。人工クライミングの練習をおえた光、ちゅ
うは調和の幻想をきれいにのぼる。

 せいすけがロープの回収がてらアストロドーム5.11aを何とか登る。
これだけのぼったらもう夕方になっていた。
 ガメラさんと下る。
9-15
 小川山へ。天気が良くないが、先週やり残した、母岩の開拓。
 開拓キング、井上大助さんといっしょ。光、安田、ぼく。人手は充分。
 暗くなるまでやって、先週の2本につづき、3本が完成した。
光、と僕が手をつけたルートはまだ登っていない。来週か。10から11の好ルートが6本はで
 きそうだ。
 ボルトをうってくれた大助さんありがとう。

8.26.1997

インスボン(仁寿峰)99

韓国インスボン(仁寿峰)のクライミング99
天気もよいのに1本しかのぼらなかった

INSU-BONG
 










1997-8-26.27
member KUROKAWA,KISYA、KAWASAKI

6月9日
朝いちの大韓航空で出発。金ポ空港まで
1時間半ほど。税関をでると大阪から3
0分まえについた黒ちゃんがいた。川崎
カメは海外での仕事はたくさんこなして
いるが、クライミングの遠征は初めて、
とはしゃいでいる。天気はよいのだが暑
い。カラ梅雨の東京と同じような天気。
1時まえに空港からタクシーでトソンサ
へむかう。並みのタクシーで2500円ほど
。ウオンは現在0.1をかけると円になる
とかでわかりやすい。
トソンサ入り口で1000ウオンの北漢山国
立公園の入園料金をはらって、全荷物を
背負って歩き出す。15キログラムほど
。1時間ちょとをのんびりと歩いて、曾
遊の地、白雲山荘着。おととしと同じよ
うな顔ぶれが働いていた。サックス奏者
の金さんは病気で入院中とかで不在。4
時前とあってまだ日が高い。白雲台はま
だ踏んだことがないのでハイキング道を
30分ほど、白雲台ピークにたつ。イン
スボン峰よりも高い。全山がかこう岩の
岩山、階段が刻まれた楽しいハイキング
ルートだ。地元のハイカーが雲霞のごと
く押し寄せる人気エリア。もどって水を
あびてからビールやマッカリでくつろぐ
。夕食は韓国式、そうそうに就寝。
6月10日
朝いちで向かいのサイコロ岩に行き朝日
をあびたインスボンを撮影。韓国式朝定
食をいただき、9時すぎには大スラブの
とりつきに着く。1pを僕がリードしてあ
いだに川崎カメがはいる。15年ほどまえ
のアゾロのレッドキャニオンというシュ
ーズをもちだしてきた川崎さんはスラブ
を登った経験はないとのことでとりの水
掻き状態でロープをつかんで登ってくる
。2pをくろちゃんがこわごわとオアシス
目指してのぼる。あいだにはボルトがひ
とつ。カマロットをあちこちに穴にかま
してプロテクションをとりながらのぼっ
ている。
きのう夕方おそくなって入ってきた仙台
アルパインクラブの住吉さんら3人んも
後続。地元クライマーをぞくぞくと登っ
てくる。仙台グループは左のインスBへ
むかう。地元クライマーは医大ルートへ
。ぼくらは友情Bを登ることにするが、
ハンブルのトポとあっていまいちルート
がわからない。多分これだ、ということ
で1pのクラックルートにとりつくが、結
局これがサンチャンジーという5.8のク
ラック、けっこう微妙。2pをクロチャン
がのぼるが、これも意外ときびしくA0
がはいる。川崎さんはどちらもユマール
でのぼってしまう。2p目をフォローした
ぼくも核心部ではA0。ここは5.10dの核
心部であることがのちに判明。3pによう
やく友情Bに合流。45メートルの5.6のチ
ムニーを登る。先行する韓国人クライマ
ーの登り方をみていてバックアンドニー
の要領がわかったのでおそるおそるまね
して登る。彼等はノープロで45メートル
いってしまったが、3,4箇所にカマロッ
トをきめて、ようやくぬける。おそろし
く高度感のあるきれいなチムニーだ。韓
国人クライマーが冷たい水をくれあれこ
れ教えてくれる。みんな親切。3pは5.7
のダブルクラックでクロチャンがリード
、バランスが必用なクライミングだ。そ
のあとたぬきの腹経由でピークへ。懸垂
で反対側におりる。小屋へもどるともう
3時。3人で写真をとりながらのんびり
と登ったせいか、なんと6時間もかかっ
てしまった。きょうはこれで充分だね、
ということで水浴びしてからくつろぐ。
前日快晴で、あたたかくそれも疲れる理
由だ。
6月11日
きょうも快晴。のんびり食事して、どこ
へ登ろうか、と相談するが、あまりみん
なやる気はないようだ。ぼくも、もうひ
と汗かくのもなんだな、ということで衆
議一決下山ときまる。のんびりパッキン
グして登山口へ。タクシーでインサンド
ウのあたりまで、韓式旅館をさがそうと
するがうまく見つからず、あちこと右往
左往。結局ソウルホテルに電話して、タ
クシーで横付け。チェックイン後、東大
門の安売り店にいき5.10の靴を買う。ニ
ュートンが8000円、モカシムが5000円で
半値以下。もうかったもうかったと地下
鉄で帰宿し、夜はインサンドウの韓国式
海鮮店で食事し、就寝。翌朝、牛モツに
こみ朝定食で韓国料理の奥義を見せられ
敗退。10時すぎの飛行機で帰国。
(汽車)

  

仁寿峰のクライミング

韓国インスボン(仁寿峰)のクライミング
近くて快適、楽しいよ
INSU-BONG, CHOUINERD-A
 
1997-8-26.27
member KUROKAWA,KISYA

8-24 10時のJALで成田発。キンポ空港から、タクシーでトソン寺前へ。門前が
北漢山国立公園の入り口。茶店で腹ごしらえをして、ペグンサンジャン(白雲
山荘)とわめいていたら、茶店のおばさんが、あの人についていくといいよ、と
小屋のひとを紹介してくれた。
ボッカの人についてのんびりハイキング道を登ること30分、峠にでるといきな
りインスボン(仁寿峰)が目の前に現われる。東洋のハーフドーム。迫力いっぱ
いだ。さらに30分歩いてペグンサンジャン着。1600くらい。石と丸太のき
れいな山小屋。頭上にインスボンとペグンデー(白雲台)の巨大な岩塊がそびえ
ている。小屋の人がビールをご馳走してくれる。
小屋の居候?でクライマーでクラリネット吹きのキムさんが向かいのサイコロ岩
へ連れていってくれ目の前のインスボンのルートを説明してくれる。みんな親切
だ。気前のよい韓国式夕食をたっぷりいただく。

8-25 今日もよい天気。午前中、西壁のビデゥルギルートへ。5.7の入門ルート
で、インスボンの頂上からの懸垂下降ルートでもある。
結晶の大きなフリクションのよい岩、一部A0のはいる快適なクライミングで3
ピッチ。50メートルロープ1本しかもっていないので、懸垂4回で取りつきに
もどる。
白雲山荘に戻り、ラーメンをいただく。
キムさんが午後どこかへ登りに行こうと言う。東壁のアミドン10a、6ピッチへ
。噂の大スラブを2ピッチ(おもったよりもこわくない)。さらにクラックとス
ラブがほどよくまざった快適ルート。3人で愉しくのぼる。

小屋は平日のせいか泊り客はすくない。町が近いから日帰りのハイカーやクライ
マーが多い。
「六甲みたいなところやな」とくろちゃん。
標高は600メートルくらい。秋には紅葉が素晴しいだろう。ハイキングだけで
も楽しめそうだ。

8-26 本日また快晴。豪華韓式朝食をいただく。コーヒーを飲みながら、有名な
シュイナードAルートと決める。
頂上直下の耳岩頭まで6ピッチ。うち4ピッチほどがクラックシステムを行く。
おとつい峠から見たとき地元クライマーが登っていたのがこれだった。
4ピッチ目の10aの小ハング越とクラックが思ったよりも非快適で難しいかんじ
がした。くろちゃんの番でよかった。
5ピッチ目、チムニーのあとのスラブを直上しようとして冷や汗をかく。ノープ
ロテクションで10台を登るという感じ。後で見たトポではおもいっきり左を行く
のが正解のようだ。頂上から西壁をラッペルして小屋につくともう2時半だった
。
もう一本という気持ちはなく、水浴びして冷麺を食べビール界へ突入した。

8-27 本日復快晴。連日の美食、潤沢な睡眠、加えるに読書とビール。
相棒などは「日頃の疲労見事回復」と大満足。午前中1本とも思ったが、せっか
く休ませた体、無理は禁物と下山。
トソン寺見学、タクシーで、キムさんより教えていただいた東大門のクライミン
グショップ街へ直行。ハングルで書かれたトポや日本の半値というファイブテン
の靴をまとめ買い。
宿さがしの後、夜は焼肉通りで本場の味を満喫す。

8.23.1997

小川山のにぎやかな岩場マラ岩あたり

小川山のにぎやかな岩場、マラ岩あたりの5.10
1997-8-23.24
 
menber Kim group and Mr,Mrs Nomura

8-23 朝いちで張り切って東京をでたが、途中で車がこわれ修理工場に持ち込みこの日
は出遅れ。13万キロも走るとあちこちにガタが来るのは人間とおなじことか。マラ岩
あたりでカラファテの講習会など見学し、年に一度の追悼祭とやらで借りたふれあいの
森のキャビン泊。夜は十数人があつまり盛大にBBQ。 


8-34 Nomura夫妻と妹岩方面へ。リバーサイドは昨日も今日も満員。妹岩で、久しぶりの
小川山というNomura夫妻もいるのでちょうどあいていた愛情物語5.8を3人でのぼる。ジ
ャックと豆の木をとも思うが、先をこされ、マラ岩方面へと登る。ジャックと豆の木に
とりついていたら苦労していたことだろう。

マラ岩にはたくさんクライマーがいて、遠藤由加さんや杉野千晶さんなどが難しいとこ
ろをするすると登っていた。イレギュラー5.10dにどこぞのグループのぬんちゃくがかか
っていて、使わせてくれるというのでトライ。一年に一度、何度目かのトライだが、い
つものとおり2、3回テンションが入ってぬける。Nomura夫人はここをトップロープで
ノーテンで登る。すごい。ぼくは手に力が入りすぎているのだね。学習してないことも
ある。イレギュラーとレギュラーの区別がいつまでもつかないくらいだから。

カサブランカがあいているので取りつく。2、3テンでぬける。Nomura夫人はまたもノ
ーテンでのぼる。すごい。
となりの竜の子太郎5.9で講習していた保科雅則先生の講習を盗み聞きしてクラック登り
の秘訣を学ぶ。

どこかあいている所はないか、とみまわすとマラ岩のJECCスラブが見えた。5.10dだと思
う。Nomura氏がリード。1、2テンで登る。ぼくも同じ。Nomura夫人は見事にレッドポ
イント。すごい。

となりの届け手のひら(10bか)、を最後に3人で登ると、ちょうど、よい時間、モチも
切れここで終了。届け手のひらは面白いルートだ。ボルトの位置もいいし、終了点もし
っかりしていて三つ星だと思う。反対にJECCは有名だけどいいルートとは言えないね。

小川山の静かな岩場

小川山の静かな岩場、ガマスラブ奥、風にふかれてあたり
1997-8-23.24
CASBLANCA 10a
 
menber chu,yasuda,kisya

1998-7-18
朝いちで張り切って東京をでたが、夏休みの渋滞がはじまっていた。ちょうど4時間で金峰山荘着。
リバーサイドのブラックシープを3人が交代でリードしてカンを取り戻すつもりだったが、9+の割合
にしては僕の登りはぎこちなかった。ほかのルートは苔ぽいので移動。

ガマスラブブ奥の風にふかれてエリアへ。スラブを練習しようと、チャンドラーのミステリー小説
の名前がついたいくつかをトライ。風にふかれて10cの1ピッチ目をやったことがなかったので、ト
ライしたが下半分はこなしたものの、最後のスラブというかクラックというか、の部分がどうして
も登れない。だまして入れた2つのカマロットを引っぱってみたらいきなり外れ転落。下の固め取
りした2つのカマロットでとまる。意気喪失して敗退。高い窓10aか10bを3人でリードしてビー
ルタイムに入る。夜は安田別荘で酒盛りしました。

風にふかれては下半が核心だとちゅうさんは言うが、最後の部分の登りかたはいまでもわからない。
プロテクションがプアだから思いきって突っ込めないのだ。あそこに1本ボルトをうってほしい。
フレンズがきまらないところなのだから。
初登のひとがどう登ったかは知らないが落ちてケガしそうなところだからボルトを打ってもいいのだ。

8.09.1997

小川山のおばさん岩

小川山の静かな岩場ーおばさん岩
一段下にも新ルートが

子供をなめんなよを慎重にのぼるチュウ
 
1997-8-9
メンバー 安田、汽車、ちゅう、とみー、光、そのほかGERMIさんなどいろいろ

友達の友達がたくさんいて人数がふくれてしまったので、兄岩から父岩方面と
いうことで、散る。安田氏とおばさん岩へ。

母子草10c。トポがないので10aのつもりでトライした安田は敗退。ぼくもワン
テンでのぼる。チュウさんがきて、そこは10Cだよ、で納得。その右の子供
をなめんなよ、にとみーがトライ、いきなり落ちる。チュウがトライ、冷や汗
流してのぼる。10a/bらしい。
一段下の下部岩壁の新ルート2本にトライ。モダン安形氏と水戸の小学生のル
ート。左の晴登雨読10bはかなり難しく感じられた、安田が敗退し、僕が行く
が、最後のボルトにクリップしたあと、終了点にタッチすることができない、
二三度トライするが登れる感じがしないので、ぬんちゃくをつかんで進む。A
0だ。
その右、天空の戦いは10a、ガバガバのハングで見た目よりかんたん。
再び上部岩壁にもどり、レールデュタン11aにトライ、ジャック中根のルート
と聞いた。数年前オンサイトしたはずだが、今回は核心でワンテン。ここでは
長めで見晴らし良いルート。

光、GERMIなどが兄岩南面でマガジンを登るのを見てから、兄岩下部スラブへ
いくが、大入り満員で、敗退、もう5本も登ったからいいね、ということで
ビール飲んで帰りました。
おばさん岩は空いていました。夏は涼しくてよいところです。

8.01.1997

アスペンのパラフライト

PARA FLIGHIT IN ASPEN,COLORADO 1997

アスペンのパラフライトメモ
伊藤忠男
 
ASPEN AREA AND CLIMBING & PARA SCHOOL
 

1997_08 調査中
この夏にUSAコロラド州アスペンでパラ・フライトしました。“山飛び”ではなく純然た  
るエリアですが、日本ではちゃんと“紹介”されていませんので、とりあえず簡単な
メモ程度のことをお知らせします。エリアといってもかなりワイルドなので、このホ-
ムペ-ジに載ってもそうおかしくないんじゃないかと思います。なにしろ”人工壁のコ
ンペ”だってRock&Snowだもんね。

コロラドはご存知のように、ヨセミテ同様アメリカの伝統的なクライミングのメッカです。
今回はロープを繋ぐパートナーがいないので、岩だらけのボウルダーでも仕方なく
地元のマーク・ファーガソンというパイロットと飛ぶつもりでしたが、毎日凄いサンダース
トームで実現しませんでした。
天気はアスペンに移動してから好転しました。
アスペンはボクの苦手な尻がもぞもぞするほどカンペキな観光地で、スイスやカナダ
BCなんかのリゾートとおんなじように死にそうに退屈な街です。

でも、ボクが訪ねた地元のパラ・スクールは母体がクライミング・スク―ルで、当然  
パイロットはクライマーでもありました。話が“岩”と“空”の間を行ったり来たり
してボクはあっという間に溶け込むことができました。ERのカーターみたいな好漢  
、チャック・スミスは北九州で行われたワールドカップに出たそうですが、ボクは生  
まれてから2時間だけシゴトの打ち合わせでそこへ行っただけだというとびっくりして
いました(日本もそれなり広いんだって)。  

エリアのデータを思い付くままにメモしますが、核心はマッドマックスの車みたいに  
改造したピックアップの荷台に乗ってのTOまでの40分。どんなおまじないも役に  
立たない恐ろしいダート(まるでハンバーガーヒルを攻め上がる戦車ってかんじ)を  
やり過ごし、生きてTOに着ければあとは楽勝~。

位置と地形

顕著な北米大陸の分水嶺=インディペンデンス・パス(3500m)のすぐ西に位置  
するアスペン一帯は典型的な氷河地形で、街はすでに後退してしまった氷河の押し出  
しで形成されたと考えられている標高2000m前後のモレーン台地に展開していま  
す。また、思いのほか高い3400mほどの森林限界より上は巨大なU字型カールと  
なっています。
エリアはこの地域の中心的なスキー場、アスペン・マウンテン(3400m)を南限  
に直径約20kmの範囲(日本では考えられない広大な範囲!)に設定されていて「ア
スペン・パラグライディング」会社のコントロール下にあります。

ワルシス・サイトのフライト

ワルシス・サイトはシャモニのプランプラみたいにペロっとした1000m強の一枚  
壁で、ランディングもテイクオフから確認できます。特別な狙いがなければ、初めて  
のフライトはこっちからの方が良いと思います。典型的なサーマル・ソアリングのコ  
ンディションとなることが多いそうで、斜面際での神経質なターンは樹林帯の深さ、  
広大さも加えて、無謀と思われるかもしれません。サーマルは傾斜のない広い範囲に  
出ていますので、古いタイプの機体に乗るボクでも沈下を気にせず回せました。上手  
なひとはサーマル雲をどんどん乗り継いで遥かかなたへ消えてしまいますが、思いの  
ほか早い時間にバレーが強くなるためせいぜい2時間くらいで戻ってきます。

ルーティス・サイトのフライト

ルーティス・サイトは、あなどれません。テイクオフからランディングは確認できま  
せんし、距離もあります(L/D=5.3)。それにこっちを使うときは風もボーボー。ボ
クは初めてなのにいきなりここへあげられてしまいました。チャックにあそこでタ
ーンして谷側へ寄らず、リッジの真上を忠実に行け....云々とアドバイスされて出
てしまいましたが、やはりテイクオフとランディングを繋ぐイメージが組み立てられなくて、
かなりナーバスになってしまいました。常識なんでしょうが、一度降りてランディング
からの地形を頭に叩き込んだ方が良いフライトができるでしょうね、やっぱり(オンサイト


手続き

フライトには「アスペン・パラグライディング」の許可が必要で、許可を受けるため  
にはまずUSHGA(USAハング連盟)のメンバーに登録されなければなりません  
(これは簡単)。また、技能証明が必要ですが、IPPIカードは原則です。国内の  
ライセンスを見せて、自分のレイティング・クラスを説明すればことは足ります。
地元クラブのテンポラリー・メンバー(ビジターに相当)になって(10ドル必要)  
、ブリーフィングを受け、誓約書(死んでも文句言いませんみたいなこと)をなぞっ  
て、サインすれば、完了。

装備

携行を義務付けられているものは日本と同じです(木がものすごく高いのでツーリー
ラン用のロープは長めが良い、と思いますけど)。無線機は144MHZバンドです。エリ
アの範囲に含まれているエアポートからのコントロールも受けますので無線機は必須
です(ルーティスから出たときボクの下を飛行機が飛んでましたよ)。

++++     ++++     ++++     ++++

こんなところですが、もっと詳しく知りたい方はどうぞ連絡をください。

最後に付け足しますが、アメリカのパラグライダ-は相当マイナ-です。クライミング
以上に。従って、土地は広大でも無闇と決められていないところに降りたり、進入した
りすれば日本以上にやっかいなことになるかもしれません。ことに”空”はある種の人
々にとっては神経質な戦略空間という面も持っています。ヨ-ロッパ感覚での身勝手なフラ
イトは薦められません。

7.31.1997

穂高屏風岩から北尾根へ

屏風岩から北尾根へ
穂高頂上までの充実した回り道

屏風岩雲稜ルートと北尾根
 
1997-7-31~8ー1
黒川晴介、汽車

 北アルプスで夏山ジョイだ、というわけでもないけれど、高い山でロッククライミング
しよう、ということで、上高地から横尾へ。

7月31日 横尾山荘を5時15分に出る。もう明るい。天気よし。岩小屋で本谷の対岸
にわたり、一ルンゼにはいる。7時T4尾根取りつき。屏風岩全壁に人影なし。
1ピッチ目 4級 晴介リード たまのアルパイン、けっこうむずい。
2ピッチ目 4級 汽車リード けっこうこわい。だんだんなれてくる。
T4で休憩、東壁雲稜ルートにとりつく。
3ピッチ目 50メートル、5.8らしい。汽車リード、凹角がんがん登れる。
4ピッチ目 30メートルフェース。汽車リード、出だし一手A1。高度感あり。扇岩
着。
5ピッチ目 ボルトラダーの30メートルからバンドトラバース。アブミを使い晴介リー
ド。
6~10ピッチ目 傾斜落ちて、ルンゼ状のスラブが続く、最後はコケ蒸したルンゼを
登って終了点。11時30分。
屏風の頭まで暑い登り1時間。ここで水1リットル終わる。カラサワヒュッテ着2時15
分、生ビールで乾杯。横尾から9時間の楽しい回り道だった。

8月1日 朝までの雨あがり、急速に青空出現。
7時発。5、6のコルから前穂高頂上まで2時間くらい。尾根上に人影まったくみえず。
カールにガスがわき槍ガ岳が見え、富士山も望める。静かで、絶好の夏山ジョイ気分。浮
石も多く、とくにトラバースするときは足元注意。ロープを二回ほどだした。
頂上からいっきに岳沢ヒュッテまでくだり河童橋まで早足、12時30分。カラサワから
上高地までの早くて楽しい迂回コース。

高度感ありマルチピッチがたのしめた。岩はけっこうしっかりしている。プロテクション
がしょぼい、が気をつければ大丈夫。天気さえよければ快適、痛快だ。アルパインで嫌な
のは、背中のザックと壁のなかで天候が変わったときだろう。それにしてもボルトラダー
というのは時代の産物とはいえ、 いま思えば、イージーゴーイングな岩登りだなあ。

ハイキング道には老若男女がひしめいているのに、壁や尾根には人っこ一人いない。平日
とはいえ夏休みのシーズン、さみしい。盆には屏風岩にもラッシュが訪れるのだろうか。
滝谷や剣にくらべれば、北岳に比較してもアプローチは楽。営業小屋も使える、横尾をベ
ースにしてもよい。もっと屏風岩は登られても不思議はないのだが。

7.20.1997

小川山ハコヤ岩とポケットマントル

小川山の静かな岩場
ハコヤ岩とポケットマントルあたり
  
冬のいざないを登る。右のクラックが森林浴.右、がんばれクマさん
 
1997-7-20
メンバー 忠 光、もも、安田、汽車、にし、あさはら

連休のうえ、こどもの夏休みがはじまり、梅雨開けとやらで、廻り目平のキ
ャンプ場はおおにぎわい。それでもキャんパーが減ってクライマーが再び多
くなったような気がする。

ハコヤ岩へいく。30分ほど歩くが、マラ岩やおむすび岩などと同じくらい
か。下部岩壁の5.8と5.9のクラック。左が5.9の冬のいざないの1ペピッチ
目。ハンドのクラックで上部の抜け口が核心部。クラックルートと意識しな
いでホールドをつかったほうがよい。

右となりのシンクラックは5.8ですっきりしていてきれい。森林浴というル
ート名。
どちらもナチュラルプロテクションで楽しめる。だれもいなくて静か。

帰りに、カモシカ遊歩道沿いのブータン10d?とポケットマントル10dにトラ
イ。発熱の街角10aにトライする組も。ブータンはケモノミチ10b~cの左隣
のルートで、あまり登られているようには見えない。スラブの立ちこみが核
心で光が2テンでのぼる。フォローしたが上部はコケむしていて恐ろしい。

ポケットマントルはすっきりしたきれいなスラブでダイクへのマントルが3
、4回つづく豪快なルート。ぼくがリード。2、3年まえフォローした覚え
があるが、今回がレッドポイントということか。発熱の街角では安田が墜落
二回。右となりの謎のルートをのぼったチュウはハングをこえるも上部のス
ラブで敗退。ロープの流れもわるく、ペケルートでは、とのコメントを残し
去る。

7-21 西原夫妻をむかえ、小川山の静かでない岩場へ。兄岩下部と兄岩北面
。アプローチの短い岩場は込むようだ。前日と比較して、この法則をあらた
めて確認した。

ピクニクラ、三日月のピンクリップ、北条カンテ、がんばれクマさん、モミ
ジなど。北条カンテは10bだが核心はいつもプルプル状態、進歩が見られな
いのだ。三日月…は、核心手前の2本目ボルトがちょっと低めのためこわい
。ここは落ちると、ダイクに足が当たるおそれがある。実際、二人が足をち
ょと痛めた。僕と光はあっさりクリア。
今回は11にさわりもしなかった。

7.05.1997

小川山弟岩

小川山弟岩の親しみやすいクラック、スラブ、フェイス
近くて空いている
 
1997-7-5
chu,yasuda.kisya

兄岩にくらべ弟のほうはいまいち人気がない。なんとなく暗いイメージがあるからか。だ
が弟岩のピークあたりは明るくてきれいだ。東面に小さな美しいクラックがある。ジョイ
フルジャム5.9。短いが快適。てっぺんからの展望は最高だ。
ジョイフルジャムが東面とすると、角をまがった南面に春の雨上がりとかいう5.9くらいの
短いフェイスがある。新しいルートなのか、ボルトがうってある、がここはクラックが2
、3走っていて、ナチュプロでも問題ないところ。終了点はジョイフルとおなじ。

ままこ岩の前傾はおよびでなく、裏のスラブにトライ。5.10d、短いが面白い。出だしでフ
レンズをつかう。

午後は岩峰の下部に下り、ケンタウルス伝説5.10aにとりつく。長くて豪快なルート。核
心はかぶった凹角で、ここを直登するとなると10aではあるまい。カンテにまわりこみそ
こを登ると、いかにも10aのルート、となる。ボルトラインからずれるがしょうがない。
CHUは中間テラスから小川山劇場3ピッチ目につなぐ。10dで面白いという。フェイスのあ
との終了点までが余計ではとか。


梅雨があけなのに東京が38度という日だったが、ここはTシャツではさむいほど。夏はこ
のあたりが過ごしやすい。

6.28.1997

小川山レイバック

小川山レイバック
3通りの登り方があるという
見ためのよいところ
 
1997-6-28
DCC and KIM 合同

土日は小川山でクライミングだ、とはりきっていたのだが、6月二度目の台風上陸で
悲惨な週末だった。
小雨でも登れるということで、5.9の名ルート小川山レイバックにトライ。
初めてのぼったのは10数年以上まえ、以来一年か二年に一回くらいずつ登る機会が
あって、通算なら7、9回は登っているのだが、いつもきれいにはのぼれない。大岩
夫妻の『フリークライミング 入門とガイド』に詳しい登り方がでていたとおもうが
、普通、出だしはレイバックで、ハンドジャムをきめてからフレンズをいれ、中間テ
ラスにたつ。そのうえはかぶり気味だけれど手足ジャムをきめて、ステミングも利用
していっきに登るというのがよくあるパターン。ぼくもいつもそれだが、かぶり気味
のところでジャミングしながらプロテクションをとると、結構腕にくる。フレンズが
すぐ決まらないとあせるところだ。

その日、カラファテの講習会できていた中根さんは、ここを初心者のために、100
パーセント、ステミングで登る教えかたをしていて驚いた。宮崎秀夫さんも、まった
く足はクラックにいれないで終了点までステミングだけで見事にのぼっていた。ぼく
もトップロープでまねしたら、なんのこともなくそれで軽く登れてしまった。傾斜を
殺せるから、まったく疲れない。
二人の先生がいうには、ここは3通りの登り方がある。レイバック多用と忠実なクラ
ック登り、そしてステミングだという。

ステミング利用なら力のないひとも、ジャミングを知らない初心者もここを簡単に登
れるのが面白い。ま、この日は、小雨でほかに登れるところもなかったから、講習生
をここに連れてきたわけで、彼等を登らせるにはそれが一番よかったわけですが

6.21.1997

小川山左岸スラブ

小川山左岸スラブ
講習会でいつもにぎわっている

 
1997-6-21
KIM ちゅう、汽車、安田

日帰りで小川山に遊ぶ。途中用事があって、昼過ぎに回り目平。左岸スラブにいくと、
ちゅう、安田がのぼっていて、きょうはモチなくもうおわりだという。ちょとまて、と
ブラックアンドホワイト5.9とジャーマンスープレックス10aをのぼる。前者は楽勝、後
者はワンテンはいる。ま、スラブは水ものだから、気にしない。きょうは、いまいちズ
クがないということで、お開き。こんな日もある。おもえば小川山にきて雨が降って登
らずにかえることもよくあるのだから。

それにしても左岸スラブは年ごとにつるつるしてくるような気がする。グレードもあが
っているのではないか。その分靴もよくはなっているのだが。それにしても何と短いル
ートであることよ。

ブラックアンドホワイトの左側のルート(名前は失念)も面白いよ。ちょんぼ棒を使い
たいくらい一本目が遠いが、ガバをつかうので行けるとおもう。

6.05.1997

YOSEMIT500 FOR 5.10 CLIMBERs

YOSEMIT500 FOR 10 AND UNDER CLIMBER

ヨセミテで遊んだ
KIM同人合宿97 黒川せいすけ記

NUT CRACKER(LEFT)OUTER LIMITS(RIGHT)
 
KIM 同人ヨセミテ合宿
1997-6-5~12
7人のクライマー

 春山でテレマークを楽しんだ後の温泉で、「ヨセミテに行かないか」という話がで
てきた。6月なら自分もヒマなので、「行きましょう。」ということになった。ヨセミ
テに行くのは他の海外登山に比べてずっと気楽だ。もちろん目的がビッグウォールなら
それなりに準備も必要だろうけど今回は一週間。ショートルートを楽しむつもりなので
持っていく道具もたいしたことはない。
 ヨセミテ行きの話がまとまると、いつもの仲間がいろいろと参加することになって
きた。皆、それぞれ日程がバラバラなのでキャンプ4集合の、出入り自由な合宿形式に
なった。ヨセミテに来たのは5年ぶりだった。緑の濃い森と、白い岩と青い空のコント
ラストは、いろんな国で遊んだ後、訪れても格別にすばらしい。今年は雪が多かったと
のことでヨセミテフォールも水量がたっぷりで豪快だ。キャンプ4入りしてその日は食
糧や燃料など、必要な物を買い出しにでかけると夕方になってしまった。日中は陽のま
ぶしいヨセミテも夕方になると急に落ちついた感じになる。キャンプだけでもここに来
たいと思う。

 翌日は早朝に降りだした雨が一日中降り続き、テントでゴロゴロしていたけれど時
差ボケと旅のつかれをいやすのにはちょうどよかった。まる一日降った雨もやんだので
ハーフドームの頂上までハイキングに行くことにした。ハイキングといっても1000メー
トル以上の高度差があるし、ドームへの最後の登りはずっと手すりをつかんで岩場を登
るわけで、日本のハイキングとはちょっとちがった感じだ。夕方になってようやくバス
ストップに戻る。途中で滝をみたり、森の中を歩いたり、最後はドームの岩場を登り、
変化のある楽しいコースだった。

 6月6日、いよいよクライミングにでかける。クライミングは初めての渡辺とスワン
スラブにでかけた。スワンスラブはキャンプ4から近く、歩いて5分くらいだ。名前の
とおり傾斜はゆるく、日本のゲレンデのようなサイズなので、初日登るには良いところ
だ。スラブだけでなく、けっこうクラシックルートもあり、ナチュラルプロテクション
になれるのにも良いと思う。5.7のフレークルート(Penelope's Problem)を登る。
2ピッチ目、5.6のガリーを登りラッペル。渡辺は自然の岩場は初めてなので少しと
まどっていたけれど、すぐになれた様だ。左よこのクラック(Grant's Crack)5.9を
登る。ところどころフィンガージャムを使いなかなか楽しい。

 これを登り終えてローワーヨセミテフォールに移動。ヨセミテフォールの下の橋を渡
り、少し登った所が取りつきだ。下から見上げると滝はすごい迫力だ。日本には700
メートルの滝なんてないんだから当然だけど。ここはヨセミテバレーの中でも見どころ
のひとつだから、いつも観光客がいっぱいで、なんとなく華いで楽しい雰囲気だ。記念
撮影する人たちの前をとおり、岩場へ少し登る。ここも人気があるようで、結構人が
登っている。少し順番を待ってJamcrackルートの1ピッチ目を登る。(5.
7)このルートは2ピッチ目に5.9のハンドクラックが続いているが、少し混雑して
いたので登らずにラッペルして下った。
 ビレッジストアに行って夕食の材料を買って帰る。ビレッジストアはなかなか品揃え
が豊富だ。食料、酒、たき火用の薪、ちょっとしたキャンプに使う道具などいろいろ
と、そろえることができる。クライミング道具などは、カリービレッジにクライミング
ショップがあるのでそこで買うことができる。今回、日本食はミソと茶、フリカケだけ
を持ってきたけれど充分だった。もちろん本格的にいろいろ日本食を作りたい人は、
持って行く必要があるが、そうでなければ、あまり持ってゆく必要はないんじゃないか
と思う。ヨセミテでの生活に必要なものはだいたい現地でそろえることができるので、
日本食材料を除けば、お金を持って行ったほうが良いかもしれない。

 6月7日、午前中キャンプ場でゆっくりして午後からFive Open 
Bookに出かける。ここもキャンプ4から近く、ヨセミテフォールの橋の手前から左
に登っていった所にある。名前どおり大きなコーナーがいくつかあり、今回は5.6、3
ピッチのルートに取りつく。(●●●)
 たった3ピッチでも高度を上げてゆくとバレーにはえる木を見下ろすことができて
気分が良い。やさしいけれど、ひとつひとつプロテクションを自分で考えながらとって
ゆく。自由な感じがしてとても好きだ。終了点からは靴をはきかえて歩いて下る。歩い
て下ることも、ながめの良い所をとおると楽しいものだ。

 6月8日、昨夜4人のメンバーが合流したので、天気の良いうちに有名なナットク
ラッカーを登りにゆくことにする。5.8までで5ピッチの登りだ。ヨセミテをショート
ルート目的で誘われた人のほとんどがこのルートを登るのではないかと思う。手ごろな
グレードで変化にとんだルートのおもしろさが、多くの人をひきつけている。けっこう
混雑しているとのことだが、やはり取りついてみると先行パーティがじゅずつなぎに
なっており、結局上まで抜けるのに、まる半日かかってしまった。昼から取りついたほ
うが意外によいかもしれない。
 ルートはコーナークラックのレイバックから始まり、傾斜のゆるいフェースを小さな
ハングを2つまじえながら登る。プロテクションのほとんどがナッツ類でとれるため、
ルートファインディングも楽しめる。終了点から歩いて下る。帰り道から見上げると自
分たちの登ったルートがよくわかっておもしろい。

 6月9日、今日は再びヨセミテフォールへ。先日登らなかったジャムクラック、2
ピッチめまでを登る。2ピッチ目はジャミングのよくきく、5.9のクラックだ。登り終
えて1ピッチ目の終了点にラッペルして、トップロープをセットする。ジャムクラック
ルートの左側にはフィンガーのレイバックルート(Lazy Bum 5.10d)があるので、
トップロープでトライしてみる。トップロープなら力をつかいきらないうちに登りきれ
るけど、リードはまだ自分には難しそうなのであきらめる。伊藤と楽しんだ後、スワン
スラブに戻る。先日は渡辺と二人できたので伊藤が5.9のクラックルート(Jamcrack
 Route)をリードする。どのルートもあっさり登ってしまい余裕だ。
 早めに切りあげてたき火と夕食の準備に帰る。薪はビレッジストアに売っており、各
テントサイトにたき火をする場所が用意されているので便利だ。ちなみに、公園の樹林
を燃やすことは禁じられている。朝起きてクライミング、買出し&シャワー、夕食&た
き火のパターンで毎日がすぎていった。

 6月10日、昨日登り残したスワンスラブのレナズレイバックに行く。右はしにある
5.9の美しいコーナークラックだ。取りつきは木かげになっており涼しい。名前どおり
ほとんどレイバックで登る。ところどころ足がすべりやすく、ちょっと緊張する。レイ
バックのリードはプロテクションをとりにくくていつも緊張だ。

 チャーチボウルに移動する。有名な三ツ星ルート「ビショップテラス」は混んでい
るので、正面のクラックルート(Churc Bowl Tree)に取りつく。2ピッチ目まで続
いているが、ボルト2本のところまで登り下る。ボルトから先は5.10bのトラバースだけ
れど、2回落ちてあきらめる。うまくいかないこともあるからしかたない。右側に移動
して11bのボルトルート(The Energither)に取りつくが伊藤も上までぬけられなかっ
た。もちろん僕はぜんぜん歯がたたず、前パーティの残した捨てビナを使って下る。毎
日たくさん登らなくても少し疲れてきた様だ。

 6月11日、どこへ行くか少しまよったが、結局エルキャピタンのベースに行く。午
前中に用事をすませ午後発をした。エルキャピタンは岩が白く、晴れた日にはとてもま
ぶしい。取りつきから見上げると首が痛くなるほどのスケールだ。ノーズやサラテをの
登っているパーティがみえる。下部はまだ少し傾斜がゆるいが上部は前傾している様に
みえる。
さて、取りつきに行ってみると仲間の森がおもしろそうなルートを登っていた。5.9の
クラックルート、La Cosita。三ツ星ルートだ。続いて伊藤と登る。ジャミングがどん
どん楽しくなってきた。La Cositaを登り終えて、有名なMoby Dick 5.10aに移動。
モビーディックは40mくらいクラックが続き、上部でクラックが少し広くなる。総合的
なジャミングテクニックが要求される三ツ星クラックだ。下から見ると傾斜がゆるくみ
えるが、実際に登ると、けっこう上部で腕が疲れてしまう。日本では長いクラックを登
ることがなかったので、自分のスタミナのなさを思い知らされた。モビーディックを登
り終えてビレッジに帰りまた、ピザとビールを楽しんだ。

 6月12日、いよいよヨセミテでのクライミングも最終日なので、あこがれのクッキ
ークリフに行くことにした。クッキーは難しいクラックルートで有名だが、5.10クラ
スの3ツ星ルートも何本かある。クッキーへはキャンプ4から車で10分程度だ。
 仲間がキチチー5.10dを登るのを少し見てからアウターリミックに取りつく。40m以
上垂直のクラックが続いている。難しいムーヴはなく、5.10bのフィンガーが少しある
が、なによりも休みなく続くハンドジャムに半分で疲れて伊藤にかわってもらう。伊藤
もいくつかプロテクションをのばして休憩。結局、たっぷり休んで2回目のトライでな
んとか1ピッチを登り終えた。

 ヨセミテでのフリークライミングは楽しい。すてきなキャンプ生活ももちろんだ
が、日本では味わうことの難しい長いクラックや、ぞんぶんにナチュラルプロテクショ
ンを使うクライミングはクライミング イコール 山登りだったころの何かを感じさせ
てくれる。1週間の休みで充分楽しめるヨセミテに今年こそ行ってみてはどうですか?

6.03.1997

ヨセミテ・クライミングキャンプ

KIM同人ヨセミテ・クライミングキャンプ  糸尾汽車

  HIKARI CLIMBING MOBY DICK 10b,EL CAPTAIN
 

みんなでヨセミテでクライミングしよう、ということでやりくりして行ってきまし
た。天気にめぐまれそこそこ楽しんできました。3チームにわかれていきましたが
、ぼくの場合東京からで、土曜日から翌日曜日までの9日スケジュールで中5日た
っぷりとクライミングできました。近くて安上がりでいいな、とおもいました。

1997.6.3-13 晴介、賢二
  6.7-12 光、もも、
  6.7-13 KISYA
    6.9-13  CHU,TOMY

6.7  ビレッジのマーケットで先発の晴介、賢二とあう。先発はタイオガパスで二三
日スキーする予定だったが、肝心の道があいていず、クライミング一日とハーフド
ームへのハイキングをして時間をつぶしていたとのこと。うち丸一日は  大雨だっ
たとか。またスワンスラブでクライミングビギナーの賢二が回収し忘れたぬんちゃ
く付カマロットが 二個消失、しょげていた。 掲示板に落し物探して、とだしたと
ころ、あちこちで話題になっていたが、14日現在まだもどってきていない。情報が
まわっているので、そのうちもどってくるかもしれない。
坂本真一氏来天。明朝エルキャプ横のビッグウオール、ゴールドウオールは入ると
か。賢二ボッカをかってでる。

6.8
2チームでナッツクラッカー5.8、5ピッチを登る。のんびりグループが登っていて
時間がかかる。
夜井上大助、白水氏来天、酒を飲む。荒巻鮭子氏とともに明朝ソルトレイク移動と
か。そういえば遠藤由加氏も定住生活を送っている。あまり交流はなかったけれど
関西系のクライマーも数人いた。

6.9
明け方アライグマがごみをあさりにくる。
ロワーヨセミテフォールのブマー5.9を登ったあと、トップロープでレイジバム10d
。帰りがけにまたスワンスラブでフィンガーの9を登る。この日、光、ももはヨセ
ミテフォール脇をメドウまでハイキング。登り3時間とか。夕方マーケットでCHU,T
OMYとあう。

6.10
またまたスワンスラブ、ここはヨセミテのガマスラブだあ。レナズ・リーバック5.9
をのぼる。チャーチボウルに移動してチャーチボウル・ツリー10aと脇のボルトルー
トのエナジザー11bにトライ。前は上部トラバースで敗退、後者は下半で敗退。
ほかのメンバーはビショップテラス5.9、ジェイコブラダー10c.
なんとここでビレイしている足元にガラガラヘビがでる。
クマが出るとは聞いていたが。

6.11
エルキャピタンエリア。ラコイスタ右5.9。モビーディック10a.そのあとChu,Tomyは
ナッツクラッカーにでかけ、渋滞にはまり暗くなるころもどる。毎夕恒例のカレー
ビレッジのピザ&ビールタイムに間に合わなかった。夕方光、もも去る。

6.12
クッキークリフエリア。
CHUさんキャッチー10d。晴介、Kisya,アウターリミッツ1ピッチ目10b.後者は二人
で交互に攻めてやっとぬける。こわかった。夜坂本氏無事戻る。ナチュラルハイと
のことで酒ものまず。

6.13
現地三々五々解散。晴介さんといっしょにバークレーで買い物。15日帰国。

晴介、CHU TOMYは、何度かここでクライミングをしているのでなにかと話しがはや
かった。
ヨセミテは難しいところが多いぞ、と脅かされていましたが、たしかに難しいとこ
ろはおおいけれど、簡単なところもたくさんあり、それなり楽しめます。ビギナー
も目立ちました。ローカルクライマーにとってはほかにもいいところがあるので、
わざわざ高い入園料をはらって大観光地のヨセミテでなくても、という感じなので
しょう。ヨセミテならではのビッグウオールを登る人は別ですが。またあまりうま
くないヨセミテ詣での外国人クライマーが目立ちました。でもここは何でも便利で
キャンプ生活が快適なのがよいです。

ボルトが少ないので、やっぱ、ナチュプロのテクが必要です。慣れないひとはここ
で練習するのがいちばんてっとり早いでしよう。すぐもうまくなります。

山口裕子さんなどの最新レポートが参考になりました。ありがとう。
詳しいレポートはROCK & SNOWのホームページに他メンバーが近日中にアップします
。

ところで(写真もとってありますが)ガラガラヘビがでるとなるとこれはヨセミテ
でいちばんこわいことのひとつなのでは? ビジターセンターの動物コーナーへで
もいって、この件、確認してくればよかたのですが…。

5.31.1997

小川山のクラックルート-1

小川山のクラックルート-1
オンサイトでなくてもいいんだよ。休みやすみ登るのさ
夏子のナッツ5.11
 
1997-5-31
メンバー 忠、くるみざわ、汽車

 夏になるとどうしても小川山にいってしまう。ほかのところをあまり知らないからだが
、あきるということもない。
最近は東京からの日帰りが多くなった。道も良くなったせいか片道3時間だから日帰り圏
ともいえる。ま、せめて、せっかくだから、2日くらい居たほうがいいのだが。

それにしても、どうやら、あのオートキャンプブームは去ったらしい。
天気予報が悪いこともあったが、キャンパーの数はほんとに少なかった。このまま続けば
よいのだが。逆にクライマーのほうが目立つくらいだ。
金峰山荘のマコトさんも人が入らない、といって寂しそうにしていたという。クライマー
にしてみればキャンパーが去り静かな小川山が帰ってくるのはうれしいことなのだが。

クラック登りもたまには。ということで、兄岩の比較的、人の登らないクラックルートを一
日のぼってみた。

昼前、兄岩南面。マガジン10a,フィンガーっぽいクラックだが、フェイスをたっぷりつか
える。忠がリードし、トップロープでのぼる。リードするとあしもとが切れ落ちていて出
だしはこわそう。
もみじ10a、ボルトを使わず、ナチュプロで登るのが本当だろう。それにしてもカマロッ
トをつかいなれるととフレンズは心もとない気がしてくる。

午後。八王子ルート?だと思うが、5.8。テンションがはいる。情けない。足の使い方がわ
るいのだ。カマロットをセットしているうちに腕がはってきちゃうんだよね。
忠が夏子のナッツ5.11aを登る。えらい。

日が長いので、下部スラブにいき、ピクニクラ5.10bを登る。一部にクラックあり。ジャ
ムをつかう場所はそんなにない。ムーブは10bなのだろうが、なにせ長い。
休み休みのぼる、情けなし。でもいいんだよ、オンサイトしなくても。休み休み、登るのだ、
おれは。山登りはそういうもんさ。

5.11.1997

北ア針の木雪溪ボード滑走

北ア針の木雪溪ボード滑走
MORI MOMO

HARINOKI

1997-5-11
森桃

針ノ木岳をボードで滑ってきました。2年前に天気が悪くて中止していたので、雪辱戦。
ボードにはとても向いていると思います。
   7:00 扇沢 出発
   7:50 大沢小屋 着
   8:00 雪渓に取り付き ところどころきれて、豊富な水音が聞こえる。デブリも多い。
  10:00 マヤクボ沢への分岐 アイゼンをつける。
  11:00 2600m付近の台地に出る
        ここから山頂へ直登すると、最後が壁のように急なので、マヤクボ のコルから夏道をいく。岩場なので、板を背負い、プラスチックブ ーツだととても大変。
  12:00 山頂(2820m) 剣と立山が真正面に見えて楽しい。
  13:00 滑降開始。山頂直下は壁状なので、針ノ木峠方面へすこしトラバース。
        1段大きく下がるので、ほかのスキーヤーはバックステップで降りていた。
        ボードは横滑りで解決。
        斜面は広くどこも快適。全体に急で部分的に30度強あるところも。
        雪渓まで降りると、デブリをさけるため、ボードには辛い長いトラバース。
  14:00 大沢小屋の手前で、切れ切れですべりづらくなったのでおしまい。 

  
  感想   
     登り返しがほとんどない上に、ルートもわかりやすいしブッシュもない。扇沢からもすぐ取り付けて、日帰りもできる。ボードには最適だと思います。
     ただ、マヤクボ沢はアイゼンがあった方がいいようなので、ソフトブーツでは厳しいかも。
                                97-5・11 桃

5.10.1997

HENRY BARBERとクライミング

CLIMBING IN DOME WITH HENRY BARBER , SO. CAL

南カリフォルニアのクライミング:ドーム・ロック
MORI HIKARI
 
1997年5月10日

ニードルズのそばのドーム・ロックの報告です。

知る人ぞ知る往年の名クライマー、ヘンリー・バーバー氏とクライミングをする機会  
があった。
ヘンリーはアメリカ東海岸のニューハンプシャー出身で、1970年代に地元のエリ  
アやシャワンガンクスで当時のアメリカのグレードを押し上げた一人である。
今回はもともとニードルズに行く予定で、前日はベイカーズフィールドのモーテルに  
泊まり朝早く出発。ところがアプローチの林道がまだ雪があって閉鎖されていた。歩  
くと15kmぐらいある。仕方がないので近くの別のエリア、ドーム・ロックへ。

ドーム・ロックはきれいな花崗岩でルートもたくさんあるが、プロテクションは少な  
い。
まず、5.8の4ピッチルートのArch Bitch Upに取り付く。なんだエイトかよー、と  
思ったがこれがなかなか。

ヘンリーは昔気質の(頑固な?)クライマーなのでフレンズやキャメロットを使わな  
い。すべて、ナッツとシュリンゲである。それでもスムーズに確実にリードしていく  
。
2ピッチ目は私のリードの番だったが、オフハンドのクラックで中間サイズのヘキセ  
ンやストッパーだけでどないせいちゅうねん!ランナウトをがまんしながら、ノブ・  
ホールドでやっとプロテクションをとる。でもシュリンゲをタイオフしようとしたら  
、ヘンリーに注意された。ノブ・ホールド用のノットがあるらしい。ヘンリーが確保  
しながら教えてくれるが、なんだか良くわからない。リードの途中で新しいロープワ  
ークを教わるとは思わんかった。
そんなこんなで登り終わったときはのどがカラカラ。低グレードでもとっても充実。  

次はこれも4ピッチのAnti Jello Crack(5.10a)をのぼる。2ピッチ目はきれいな  
左上するシンクラックだ。ヘンリーが大喜びでリードする。彼はフリーソロでも有名  
で、どんな条件でもゆっくりだが着実に登っていく。
2ルート登り終えたらもう午後3時だった。ヘンリーが今日ニューハンプシャーに帰  
る
ので早めに終わり、ロサンジェルスに向かう。やっぱりアメリカのクライミングはス  
ポーツというよりアドベンチャーだなあと感じた1日だった。


場所:ベイカーズフィールドから車で約2時間。ニードルズのすぐそば。トポはニー  
ドルズのに載っている。

5.03.1997

タイオガパスの春スキー

タイオガパスの春スキー
アプローチかんたんにして好斜面多し
  
KITADA'S SKIING GAYLOR PEAK BACK MOUNTAIN IS MT.DANA.(LEFT) NISHI SKIING TIOGA PASS(RIGHT)
 

日時 1997-5/3
メンバー TOKYO TELEMARKERS

ロッククリークキャニオンで4日ほどスキー三昧して、マンモスレイクの町に下り
てきた翌日、一日だけ日帰りのスキーを楽しもうということで、タイオガパスにで
かけた。

このあいだ、ビショップのイーストサイドスポーツ店で、一日だけどこかへいくの
ならタイオガパスだ、という情報を仕入れていたし、最新のクロワール誌にもそ
このグラビアがでていて、ぜひ、とおもっていたからだ。
クロワール誌にのっている写真は40度から50度のクロワールを滑り下りている
スキーヤーのものばかりで、その点、大いなる不安はあったが…。

マンモスレイクの町からは小一時間のドライブ。落石の多いこわい道をぐんぐん登
るといきなりスキーに好適な山がごろごろでてくる。
クロワール誌の写真はエキストリームばかりだったが、実際はそういうところはご
く一部で、やさしいスロープのほうが多い。

タイオガレイクのあたりが行き止まりで、除雪はここまで。ヨテミテにぬけるのは
6月頭のメモリアルデイのころという。峠にはくるまがいっぱいとまっていて、ス
キーヤーがいっぱい。

二手にわかれて、ホワイトマウンテン方面ともよりのとんがりピークGAYLOR PEAKを
めざす。ホワイトピーク方面はまるで根子岳と四阿山みたいで楽しそう。
どこを登ってもよい斜面があり、迷うほどだ。道路の向いはDANA山で、
(そんな名前のパックもあるね)ここもすごそう。あちこちシュプールだらけだ。
サンデイエゴからきたオジさんテレマーカーはここで車にとまりながら、毎日あち
こちすべっているという。

ぼくらは適当なピークまで登って、滑り、また登りかえして滑り、楽しみました。
ここいらはけっこう気楽で、本格的な滑りが楽しめる。なべちゃんがコロラドの
ヴェイルパスと同じ感じといっていました。
とはいえ、ここにはいるには、シエラの裏道からいかなければならず、遠いといえば遠い。
6月になって道があけばヨセミテからはいれるわけだからそのころも楽しそうだ。
乗鞍の夏スキーよりは5倍は楽しめそうだ。
帰りにモノレイク観光しました。

5.01.1997

スイサイドのクライミング

CLIMBING IN SUICIDE,CALIFORNIA

9でも大変なもの、スイサイドのクライミング
徳地保彦
 

日時 1997-5
メンバー 森光、徳地保彦(記)
 
ある日のスイサイドでのクライミングのレポート、あるいは10&アンダークライマーの言い訳

傾斜はないんだが、けっこう緊張している。いつも練習している岩も同じ花崗岩だがここのはもっ
と白くてなめらかだ。赤っぽくて結晶の粗いジョッシュアツリーの岩ともまるで違う。どちらかと
言うと小川山の岩質によく似ている。この白い岩に南カリフォルニアのギンギンの太陽が容赦なく
照り付けている。まぶしくてサングラスをつけていても岩の凹凸がよくわからない。まるで雪壁を
登っているような気さえする。久し振りのロープクライミングなので、グレードが低いわりには奮
闘しているのが自分でよくわかる。トップにたってどんどんロープを引いていく快感をほとんど忘
れてしまったようだ。少しやさしくなってやっとワンピッチ目のビレイポイントに到着した。

 半年ぶりにまた日本から友人が来た。彼は毎年2回カリフォルニアの出張があり、そのたびに
近郊の岩場を楽しんでいる。きょうはまだ彼が触れたことのないスーイサイドへ来てみることにし
た。スーイサイドはあの有名なタークイッツの向かいにある。アルドルワイルドの町からも臨める
タークイッツの巨大な露岩にくらべれば、スーイサイドの方はかなり規模が小さい。それでもウイ
ーピング・ウォールの大スラブでは、どのルートでもバッチリ3ピッチはある。スラブばかりでは
ない。インソームニア(不眠症)と呼ばれる5�M11Cの素晴らしいクラックルートもある。ボルト
ルートや人工壁ばかりやっているスポーツクライマーがしっぺ返しをくらうルートだ。車を降りて
から岩場まで、ゆっくり歩いて20、30分なので、ゼロ分アプローチに慣れた南カリフォルニア
クライマーでもたどり着くことができる。ジョシュアツリーなどのハイデザートのエリアが暑くて
登れなくなる夏場は、このスーイサイドやタークイッツに多くのクライマーが集まる。

 僕もその友人も実力のほどはと聞かれれば、正直なところ5.10がいいとこだろう。毎週末、同
じルートで何回もハング・ドッグを繰り返せばもっと上級の課題がこなせるようになるかもしれな
いが、もうそんなにひとつのルートに思い入れができない。グレードが低くても登ったことのない
ルートはくさるほどあるし、僕の場合は、何回も同じルートを登っても十分楽しめてしまう。そう
いう理由でとりあえずこの「サーペンタイン」というルートを試してみることになった。グレード
は5.9でふたつ星だ。一度は登っているはずだが、だいぶ前の事でほとんど記憶はない。友人には
少しものたりないかもしれないが、僕にはこれくらいのレベルが最高に岩登りを楽しめるグレード

だ。

 最近では、5.10くらいのルートはモデレートなどと呼ばれ中級者向けの比較的容易なものとさ
れている。まして、5.9などは初心者向けのつまらないルートというイメージが日本では定着して
しまっているようだ。それには確かな理由がある。日本でフリークライミングが始まった頃は、登山
やアルピニズムの観念からなかなか抜け出せずにいた。純粋に岩登りだけを楽しむという新しい価値
観はすんなりとは受け入れられなかったのだ。それまでは日本で岩登りと言えば、雪渓をたどり、
落石をかわしながら岩壁を登ることだった。そして頂上には必ず到着せねばならなかった。困難な
場所はハーケンやボルトをベタ打ちして人工で越えていくのが常だった。ところが、小川山や城ケ
崎などに次々とフリーのルートが開拓されるようになると、あっという間にかなり多くの人達がい
きなり5.11や5.12をこなすようになってしまったのだ。5.9や5.10のグレードが日本であまり
注目されなかったのは当然だろう。みんながフリークライミングを楽しむようになった頃、気が付
くとすでに日本でも5�M13なんてとてつもなつ困難なグレードが登場していた。

 ところが、僕らにもすっかり馴染みになったヨセミテ・デシマル・システムが生まれたアメリカ
のクライミングシーンではかなり様子が違う。このデシマル・システム、実はヨセミテではなく上記
のタークイッツで使われ始めたらしいが、何とアメリカでいちばん最初の5.9が今から40年以上も
前の1952年に、このタークイッツで記録されているのだ。あのロイヤル・ロビンスがフリー化し
た南壁の「オープン・ブック」というルートだ。5.10やら5.11のルートが頻繁に出てくるのは70
年代になってからだから、アメリカのクライミングにおける5.9というグレードの歴史的意義がうか
かれる。ほぼ20年近くにわたり5.9が最上グレードとして君臨していたのだ。そういう事実を見て
みると、その後登場した5.10がいかに困難であったかは疑うべきもない。もちろん、道具や技術の発
展に負うところも大きいが、この困難さは今日でも変わらない。長くランアウトしたスラブや、不安
定な体勢でロックスやストッパーを選びながら登るクラックを試してみるとよくわかる。ボルトで保
護された前傾壁のムーヴをこなしていく現在のスポーツクライミングとは明らかに違う難しさだ。初
登攀の状態が比較的よく保存されているアメリカの岩場では、5.9や5.10のモデレートのルートで
も十分クライミングの醍醐味が味わえるのだ。いや、むしろこういうクラシックルートにこそクライ
ミング本来の面白さがあるものと、今だ5.11をてこずる僕たちは信じて疑わない。

 さて、2ピッチ目は友人がリードする。大きなスラブをロープがスルスルと伸びていく。彼はき
のうニードルズも登ってきたのでずいぶん調子が良いようだ。相変わらずギンギンの太陽で、露出し
た肌がジリジリと焦げて痛い。南カリフォルニアのクライミングでは雪がなくても日焼け止は必携だ
。めんどうなのであまりつけない。おかげで顔や腕はトカゲの皮のようになってしまった。谷をへだ
てたタークイッツの上には少し黒っぽい雲が現われているが、雨を降らせるほどの勢いはまったくな
い。痛むような陽射しを少しでもやわらげてくれれば良い方だ。取り付きのあたりにワンパーティ来
ているがスラブの中には僕たち以外だれもいない。あまり傾斜のないスラブでも遠くからみれば、必
死に岩壁にしがみついているように見えるかもしれない。実際は、白い大きな花崗岩のスラブの中に
いると、自然の一部になったような気がしてとても気持ちが良い。ちょうど樹木にかこまれて森の中
にいるようなまものだ。都会の面倒なことはすべて完璧に忘れてしまっている。友人は核心部もなん
なく越えビレイポイントに到着した。このピッチを終えれば、次はもう最終ピッチだ。傾斜がだんだ
んと緩くなって終了点となる。こんなに気持ちが良ければ緩傾斜でも楽しいことは請け合いだ。
5.9バンザイ! モデレートバンザイ!

COLUMBIA HAUTE ROUTES

COLUMBIA HAUTE ROUTESなべ

Northern Monashee Traverse with Selkirk Mountain Experience
渡辺賢二
 
 
1997-5
渡辺賢二
コロラドで2ヵ月ほどバックカントリースキーをした時に山で会った人達からカナダのB・C.
でのバックカントリースキーはすばらしいと話を聞いていた。その後、このことは忘れていたが
カリフォルニアのシエラネバダでスキーをするために資料を探していた時にカナダでのスキーの
ガイドサービスについて知り、アスペンの登山用品店に立ちよった時ガイド会社を紹介された。

その資料を読むととてもすばらしいことが書いてありさっそくその会社に電話をする。電話に出
たのはスイス人のルディー・ベグリンガーだ。のちに知ったのだが社長でこのエリアを唯一知り
つくした有名な山岳ガイドである。ドイツなまりの聞きにくい英語で始めは心配した。むこうも

'93よりモナシートラバースを始めて以来、初めての日本人であり、それもテレマーカーなので心
配であったらしいが話を進めていくうちにOKが出る。聞くだけのつもりが予約までしてしまった。

のちに知ったのだが予約は1年前ぐらいにすでにしている人がいるぐらい混んでいるそうだが
、今回は予定外で1ケツアーを組んだのでそのスペースがあいていたために予約ができたのである。

普通はこのツアーに参加する前にはデュラングレーシャー小屋に泊まって別々のルートを6日間すべ
りまくるツアーに参加してスキルを確かめてからでないとだめなのだがむりやりお願いした。デュ
ラングレーシャーのツアーも参加した人の話によると最高で、とくにパウダー時は天国のようだと
のこと。次回は僕も参加したい(ツアーはクリスマスより4月末まで毎週ルディーが常駐。

2月中旬から3月ごろはベストシーズンなので予約がいっぱいである)(スキルはストロングイン
ターミディエイト以上)
予約後Eメールで予定と装備と集合場所が送られてくる。

レベルストークの街の近くのWINTER GREEN INNに前日に入りこのツアーの客用にシェアールームに
して安く泊めてくれ、おまけにうまい朝食付である。夜おそくには皆あつまり、あいさつをかわす。


出発当日
8:00に朝食をすませガイドがやってくる。今回はガイドにスイス出身のルディーとサ
ポートにドイツ出身ローヤスのふたりに客がジャクソンホールから来たノリーン女性テレマーカ
ーMTBダウンヒルスペシャリスト、ドン(トロント)山スキーヤーMTBレーサー、エイド
リアン(ケベック)山スキーヤー中年登山家(元120㎞スキーマラソンを2日でこなす)(スキ
ーはあまりうまくない)、ルイー(ポーランド)テレマーカー ロードレーサーに私の5人で
ある。

通常は10人前後の数でこのツアーをやるが予定外のツアーのため数が少ない。とてもラッキーである。
だいたいに面通しをして保険にサインをして装備のチェックもなく車で出発である。

北へ50㎞ばかり走りDownie Ceekのヘリポートに向かう。ヘリポートといってもただのヘリ1機分
の空き地で、その近くを走っている時いきなり山からヘリがあらわれて我々をPick upし、いっき
にBovrne Glaicerのキャンプ地に向かうヘリにのる際、横の土手にいきなりムースのメスがあらわ
れカナダに来たことを実感させられる。

Glaicer到着後その場にテントをはり、さっそく前に見える山に向かう。ピークの名前はないがノ
リーンが「私の乳首ににているでしょう」と我々にノーブラのTシャツを見せるので、そのピー
クを「ノリーンズ ニップル」とすることにする。30分ほどゆるやかに登りながらトラバースし、
50度ほどの急斜面を板をはずし、ガイドのキックステップにそって登りその後、板をつけなおし、
登りトラバースし、ニップルにつく。テント地から1時間30分ほどの行程だ。時間が遅めだった
のでガイドがなだれの危険をふせぐため早いピッチで登るので私はペースについていけず先がお
もいやられる。

頂上着後休みなしで下降する。下降は25度~30度ぐらいの斜面をとおるがクラストし、アルペン
式ジャンプターンでなんとか切りぬける。荷がないので楽である。斜面途中にクレバスの横を通
る。2~3日前に雪が30㎝ぐらい降ってそれがクラストしとてもすべりにくく、又その雪は軽く
なだれクレバスをさけるためトラバースする途中足をとられる。皆ここは慎重に下る。その後
、軽くクラストした斜面を何とかテレマークターンで下るが2度ほどこける。

ガイドはそんな中すばらしいテクニックでスムーズに下り感心させられるが他のメンバーもエイ
ドリアンがすこし苦戦しているがすばらしいスキーをする。ノリーンのテレマークは完璧なポジ
ションでジャンプテレをし、クラストをやぶりパワフルに下降する。すごい!!メンバーは足並
みもそろっているし、おもしろいしでラッキーである。

GOR2人用テントでエイドリアンと一緒のテントになる。天気は快晴。
2日目 
今日も快晴だ。朝4:30に起きて空を見てほっとする。朝食をとり、
テントをかたづけ5:45にテント地を出る。ゆるやかな登りをガイドを先頭にして皆早いスピード
でもくもくと登っていく。コロラドの時、自分一人でHut to Hutなどをこなしていたので自分の
ペースで歩き休みをとっていたので今回の早出早着休みなしで歩きつづけるスタイルはヨーロッ
パに行った時に知っていたが、さすがにカナダでもやるとは思っていなかった。
もちろんコロラドと違いグレーシャーの中にクレバスがあり、今なだれの危険があるという条件
はあるが。またガイドがヨーロッパ人だからという点もあるかもしれない。
まあ私は疲れぬようにマイペースですこし皆よりはなれて登る。途中急登をスキーをはずし直登。
2時間ぐらいした所で一瞬休みCAT PEAKの取りつきまで登り荷物をデポし5分ほどスキーで登り、
スキーをデポし急登をストックを逆さにして突きさしながら登りガイドの作ったキックステップを
ロープで確保してもらいながら登る。稜線に出てリッジになった所からすぐがピークである。すば
らしい景色に感動する。

CAT PEAKに9:30に着くピークは畳2畳ほどなので7人でいっぱいである。360度のパノラマを楽し
み皆でイーハーという。ガイドに確保してもらい1足1足下りスキーをとり荷をPickしてここより
いよいよ下降である。登ってきた逆側に延々続くスロープを今回のテント地まで下降する。雪質は
昨日のスキーとうって変わってコーンスノーで重い荷が気にならないぐらいにすべりやすく、皆で
写真をとりながらすべる斜度も20~30度ととてもきもちがよい。

12:00にテント場(Big Eddy Creek)に着きデポしてあるビールをさっそくとりノリーンがウエイト
レスになりテレマークターンしながら皆に配る。昼食をとり一息入れ僕とルイーで手前の急斜面に
登り、ひとすべりするが雪が悪くアルペンジャンプターンでお茶をにごす。その後はよい天気なの
でごろごろする。
3日目 
4:00起床。天気は快晴だがすこし風が強い。いつものようにせかされる様に朝食後テン
トを片づけて5:30に歩き始める。美しいアイスフィールドを見ながらゆるやかなトラバースを登
っていく途中カメラの中にゴミが入っていることに気づき、それを取ろうとしたが取れずとまどっ
ていると皆はガイドと先にさっさと行ってしまい遅れをとる。

2時間半ぐらい休みなしで歩いてついていくが、さすがに疲れひとり休みをとり、軽く食べてパ
ワーをつける。その後Colを板をはずしKick stepで登ると目の前にSchrund Peakとその大きなコ
ーニスが見える。ここでは皆は待っていてくれた。荷をこの先ですこしおろし、板にアイゼンを
付けてすこし登りKick stepで50度弱の斜面を直登。又板を付け3分ぐらいで9:00にSchrund Peak
に立つ。エイドリアンだけは疲れていたので荷の所で待っていた。

写真をピークでとり下降する。直登する斜面を下降するのかと思ったが、さすがにガイドがすこし
トラバースさせて斜度を落としてゆるめの40度ぐらいの所を6~7ターンすべて荷の所にもどり、
いよいよここから本格的に下降する。下降にあたってすこし時間が早いので雪の変化を10分ほど
待つが、風でコンディションがかわりそうにないので下る。

下降路はとてもきもちのよいテレマーク向きの大斜面で思ったよりも雪が悪くなく、斜度も25度
ぐらいで荷もきにならずおもいっきりとばす。森林限界を渡った所ですこしトラバースして本日
のテント地(Frisby creek)に10:30には着いてしまう。
2日間ここにステイする。風が強めなのでテントをブロックでかこむ。天気はとてもよく午後中ず
っと周りでなだれの音がなりひびいていた。
4日目 
4:30に起床し朝食をつめこみ5:30にテント地を出る。今日はテントはこのままで荷もザ
ックに昼食程度をつめてテント地から見えるアイスフィールドを登る途中クレバスなどが多々あり
、そこのめきを歩いていく今日はクレバスが多いので特にガイドがかたまって歩けと支持を出す。

2時間休みなくハイペースで歩きやっと水をとる。風もなくもくもくと登りつづけ汗をかきUnder
1枚で歩く。その後、稜線をスキーで歩き直接スキーでSerac Peakに8:00に着く。

とてもながめがよく風もなくあたたかいここで皆で写真をとったり食事をとったりしてなごむ。
頂上より稜線まですべり込み手前のこぶに板をはずし少し歩き、いよいよ下降である。大きなゆ
るやかな25度くらいの斜面をきもちよくすべる。雪はコーンスノーだ。時々のクレバスをさけな
がらすべり途中より深雪の重い雪に変わり皆、特にテレマーカーは手こずる。僕も下にいくまで
に2度こけた。荷がもっとあったら大変だったと思う。

斜面の底まで行き平らな所をトラバースし、テントサイトまで板をはずし、つぼ足で歩く。ちょ
うど10:00にテント地にもどる。

今日からガイドのルディーはあらかじめテント地にデポしてあったスノーボードをボレーキット
を使いバックカントリー仕様にしガイドを続ける。今日は意外と疲れ、皆テント地の周りですべ
る者もいなかった。
5日目 4:00に起床し朝食をそそくさと食べて5:00にテント場を出る。途中まで昨日と同じル
ートをとり昨日よりザックが加わったものの、順調にゆるやかな登りを登っていき2時間ぐらい
した所で休む。昨日はそのままSerac Peakに向かうがルートを手前左側にとり稜線に出てそこか
らすこしトラバースし荷をおき、Glissade Peakに8:00に着く。

360度のとても美しいここのピークは広くゆったりしている。荷の所まで比較的急な斜面を下降
し荷の所にもどる。
斜面はすこしかためで、とてもきもちよくすべりやすい。荷をPickしゆるやかな大きな斜面を下
降しここから45度くらいある斜面を下が崖でこけたら死ぬかもしれないのでガイドの指示で板を
ずらしたり、カニ歩きしながら高度を落とし斜度がゆるくなった所で又すべり続ける。

大きなゆるい斜面をきもちよくすべり平になった所でスキーをつけ、ゆるめの山を登りそこより
沢に向かって下降する。始めのうちはきもちよくテレマークを楽しむがその後、片斜面のデブっ
ている斜面を延々とトラバースぎみに下降し、すべるというよりもこけながら落ちていく。この
辺はなだれ危険地区なのでガイドがかりかりして急げと声をかける。急げにも、こけながら落ち
ていってぼろぼろであった。
なんとかそこをきりぬけ、その後重い深雪の沢をひとすべりして又スキーをつけデブリの跡のあ
るおおきなコーニスが上にあるいやらしい所をトラバースぎみに登りアンフィシアターになって
いる湖の上でひと休みする。ここで雪をほり水を取りここから見える最後の沢をできるだけスキ
ーで歩きその後つぼ足で一歩一歩登っていく。ここも軽くデブリの跡があり危険な所だ。現に登
っている時に少し表層がくずれてきたが幸いゆっくりだったのでよけて登った。

ガイドは上でさけんでいた。この沢を登った上が今日のキャンプ地だ。(Tour Rande Swridge)
11:40着。とても天気がよく、暖かかったのでノリで全裸になり手前の斜面を数ターンした。
皆にはおおうけであった。それにしてもきょうはなかなか大変な一日であった。

6日目 
4:30に起床。昨日夕方より雲いきがあやしくなり夜ぱらぱらと雨が降ったが
今日はなんとか天気が回復した。テントと共同装備はここにデポし5:30にTour Roudeに向けて
登る。スキーのまま頂上直下まで行きスキーをデポしつぼ足で荷とともにピークに7:00に立つ
。スキーをPick upしここから下降が始まる。重い深雪を苦労しながらすべるが皆はすばやくす
べっている。一回トラバースし、なだれのおこりそうな所を一人づつ離れて渡り、ヘリのPick 
up pointまでいっきに下降する。

8:10着。ここで10:00までヘリを待つ時間があるので先ほどの斜面を皆ですこし登りすべる。
皆で集合写真をとりガイドと握手をかわす。

フライアウト後、車でレベルストークにもどり皆シャワーをあびガイドのルディーの家でお茶を飲む。
今回のような縦走は年によってこの会社がルートをかえたり場所をかえたりするので再度参加する人
がたいへん多い。
このガイドシステムとしてはヘリで森林限界を越えて、そこから縦走し又ヘリでPick upというも
のだ。又、荷物は夕食だけは各テント地にあらかじめヘリでデポしてあり個人は個人装備の他はテン
トと共同装備のナベとMSRを各自わけて背負う。コロラドなどのHut to Hutに対してPeak to Peak
とでもよべる旅である。朝食と夕食はガイドがつくってくれ昼食はクッキーやサンドイッチ程度のも
のを各テント地で配られ各自てきとうに食べる。
今回のツアーは天気に恵まれたが昨年は1週間すべて雨だったとのこと。もちろんこれは例外であり
この時期は天気に恵まれることが多いが、そのようなこともあることは頭にいれておきたい。もちろ
ん雪だって降る。スキー技術はもちろん上級が必要だが体力的にも強いことが望ましくスキーで北ア
ルプス縦走ぐらいやったことがあるスキー技術と体力が必要だ。なお今回とったルートはカナダの
TOPOMAPのNo82M/7、82M/2、82M/8です。

装備については一般の物と変わらないがテレマークスキーでもスキーアイゼンはあった方がべんりだ。
ザックは夕食を持たないので今回は60㍑を使う。なおこの周辺やジャスパー、バンフ間にはバックカ
ントリースキーができる所が多々ありRocky Mt.BooksのChic Scott著『SUMIT & ICEFIELDS』が詳し
く書いてある。
ワプタトラバースは有名だ。ヤムナスカでガイドサービスもやっている。又、同社同著の
SKI TRAILS in the Canadian Rockies』もあるがこちらはいまいちだ。又ゴールデン近くのロジャー
パスはバックカントリースキーで特に有名でアプローチも楽で、その最寄りのパークステーション
で『TOURING AT ROGER PASS』という地図by DRUID mountain enterprises(Calgary)を得ることが
できるので参考にされたい。特に上級者にはYoungs Peakをおすすめする。なだれには十分気をつけ
るべし。

Selkirk Mountain Experience
Box 2998 Revelstoke B.C.
V0E 2S0
CANADA
Tel 250・837・2381

Yamunuska Inc.
1316 Railway Ave.
Canmore AB
T1W 1P6
CANADA
Tel 403・678・7992

4.28.1997

ハイシエラの春スキー1997

ハイシエラの春スキー1997
ロッククリークの氷河圏谷に遊ぶ
  
SKIING IN ROCK CREEK CANYON
 

日時 4/28-5/3
メンバー 北田、真壁、溝部、裕之(以上カリブークラブ)、西原、糸尾(以上DCCC)
          現地、モンベル渡辺、ベン・バーディ

どこでスキーしたかというと、

LITTLE LAKES VALLEY,ROCK CREEK CANYON,
JOHN MUIR WILDERNESS,
SIERRA NEAVDA MOUNTAINS, CALIFORNIA

と、長たらしいことになるが、
このあたりの代表的なガイドブックである
Backcountry Skiing in the High Sierra by John Moynier 
によれば『ロッククリーク・キャニオンのおすすめショートツアー』、というのを
やってきたことになります。

今回の山行は知恵袋北田の構想と現地ベン氏の情報収集によるもので恒例のアメリ
カ春合宿シリーズの97版。

シエラネヴァダ山脈はカリフォルニアの真ん中にそびえる、南北500キロ、幅1
00キロ位の大きな山並。氷河があり、この時期、標高3000メートルから40
00メートルはちょうど北アルプスの春山のようなカンジで絶好の春スキーエリア
になります。

4/27 ロスアンジェルス空港で現地組と合流、そのまま国道を北上、マンモススキ
ー場へ。

4/28 マンモススキー場で高所順応とあしならし。約一名、リフトから転落の珍事
あり。

4/29 ロッククリークのトレイルヘッドからテント、食料など一切合財をもって(
ソリも利用)、トレジャーレイクを目指す。ジョンミュア精神とはうらはらのグル
メキャンプ仕様のため5時間ほどかけても、目的地にとどかず、ひとつ下のロング
レイク上部にBC設営。絶好のテントサイト。平日、人影少なり。

4/30 正面にそびえる4000メートル峰BEAVER CREEK SPIRE峰をめざす。周辺は
完全なる氷河地形にて美しきことこのうえなし。4時間ほどで稜線に達するも、岩
稜帯となり登頂せず、そのままいっきにBCまで滑走。爽快なるかな、コーンスノー
のロングコース。

5/1 ラウンド・トレジャーピークにトライ。BC脇にそびえるトレジャーピークを周
回するプラン。一部でアイゼンなど使用するも、順調にDADE PEAK-TREASURE PEAKの
コルに回りこみ、そのままBCまで滑降。痛快なるかな巨大斜面の大回転。夜、グル
メキャンプ。懺悔。

5/2 前日登りにつかったトレジャーピークの大斜面を滑降、モンベル休職男渡辺エ
キストリームに挑戦、男を半分あげる、後、テント撤収。マンモスレイクの町に下
山。

5/3
タイオガパスのワンデイスキーを楽しむ。この時期、タイオガパスは峠部分はクロ
ーズになっていて、ヨセミテに抜けることはできない。峠にはテレマーカーがわん
さかいてデイナ山やホワイトマウンテンの春スキーと楽しんでいました。わがパー
ティはエキストリームとはいえない程度の急斜面滑りを楽しみました。そのままLA
にもどり、翌日はバイヤーに変身し、連休明けの火曜日帰国。

たいへん景色のよいところで、スキー滑降に適した斜面も豊富にあります。
夏には規制が多いとのことですが、春には入山制限などはないようで、レインジャ
ーにもあいませんでした。ほかのエリアはわかりません。

4.27.1997

巻機山スキー

 

SKIING IN MAKIHATAYAMA

巻機山スキー
ヤブもあるけれど滑りはピカイチ
 
MAKIHATA-YAMA
 
1997-4-27
メンバー 茅野、弓、次郎
 快晴。清水の村から少し林道を上り、三角屋根のセンターに車を置く。
登山届を出し朝御飯をたべ8時出発。

始めはスキーは担ぎだ。林道から藪にはいり枝をまたぎくぐり井戸尾根にとり
付く。夏道は雪が所々で足下はぐちゃぐちゃ。新品のテレマークブーツが泣い
ていた。
急な登りが終わるとそこが井戸の壁の終点。
雪がついてるのでスキーをはく。快適なブナ林。ブナ林が終わり台地を横切っ
て大壁をクリアするとニセ巻機山だ。シールをつけたまま下ると鞍部に避難小
屋がある。
そこから本当の巻機山目指しひたすら中斜面をのぼること約30分、12時に
山頂到着。分かりにくい山頂だが目印の金属の棒にそう書いてあった。

展望は良好。谷川、越後三山、平が岳などが見えた。昼食後登りと同じコース
を引き返す。避難小屋までは快適にザラメを滑り、登り返しは斜め階段歩きで
シールは使わず。ニセマキからの大壁は左にコースをとると急斜面を避けるこ
とができる。

広い尾根をルンルン滑ってだんだんと木が混んできてもう駄目だと思ったとこ
ろがまた井戸の壁だ。スキーはここまで。
登りはザックに付けたスキーが木の枝にひっかかって苦労したので今度は肩に
担いで夏道を下る。もう雪は何にもない。赤土が雪解け水でよく滑る。こうな
るともう靴のよごれはどうでもよくなる。
3時半、清水にかえる。藪もあるけど、滑りがたのしいコース。(YUMI)


4.12.1997

浅草岳と越後駒ガ岳スキー



 

SKITOUR IN MT.ASAKUSA AND MT.ECHIGOKOMA

浅草岳と越後駒ガ岳スキー
日帰りで2山
 
左 浅草1485米峰 右 道行山で 
 
浅草岳
1997-4-12
メンバー ヒロユキ 晴介、由美、次郎、汽車
 
浅草山荘のまえにはテレマーカーや山スキーをつんだ車が三々五々。なくした矢
の林学や魔法の山チームの和久津氏なども。815発。天気はまあまあか。ツボ足
の人、スキーの人さまざま。むじな沢に入るころになると日が陰り風がでてくる
。大滝をまいて、尾根にとりつく。ところどころアイスバーンになっている。
前岳からは強風で、寒い。頂上1200。目出帽とゴーグルの完全装備だ。

 シールをつけたまま1485メートルまでくだる。登ってきたルートをはずし、尾
根をどんどんすべる。快適なざらめ。うまいこと大滝の下へまわりこむように滑
り込むことができた。トラバース、トラバースで駐車場1400。

越後駒ガ岳
1997-4-13
メンバー 五味隆登 三部温 中島、由美、次郎、汽車

 石抱橋発815。絶好の日和。柳沢にはいりぐんぐんと登る。道行山、小倉山を
へて駒の小屋へ。
パーマークチームのテレマーカーがひとりでくだってきた。三部氏は初めから
おわりまでスキーをぬぐことなし。トラーゲンで登るほうが楽そうなところもあ
るが。好天のため雪はほどよいザラメ状態。アイゼンは使わなかった。

 頂上着1315。雲がすこしでてきたが、展望は最高。石抱橋が見える。滑降ルー
トを追うことができる。シュプールをみると今日、頂上からすべったのは5人位
か。さらに5本のシュプールを付け加える。

 往路を快適にくだりあっというまに柳沢の出会い。石抱橋着1615。



越後駒ガ岳と浅草岳
1998ー4ー11、12
メンバー 田中(俊) 大出 えの

11日 越後駒ケ岳
越後三山の一つ、越後駒ケ岳。日の長くなった春は日帰りツアーも
出来る。
シルバーライン通行可(6:00~)をまって銀山平で入る予定だ
ったが、寝過ごして、8:00銀山平着。石抱橋を8:30に出発。
ここには、山野井TAJツアー部長や若菜氏の車もあり、すでに入山
しているようだ。林道から尾根に取り付く。狭くブッシュの多い尾根
を登っていくと、やがて幅も広くなり、駒ヶ岳もその全容を現すよう
になる。道行山からの緩い尾根の水平な道で昼ご飯。先にある急斜面
には、山野井さん達と思われる3人パーティーが、登っている。急斜面
に入ると、グングン気持ちいいように高度を稼ぐ。小屋に着き、仲間
を待っていると、頂上から山野井さん達が、斜面を快適に滑ってきた。
ここで別れて、頂上へ。360度素晴らしい展望。ガスやかすみも少
なく、満喫する。明日(12日のこと)、北田さんが来るという情報が
あったので、なるべく斜面を荒らすように、まんべんなく滑る。
下りは、沢に下りると最後があぶなそうだったので尾根沿いにすべる。
が、道行山付近で、良い斜面があり、つい滑ってしまう。尾根への登り
返しがあったが…。下るにつれ、樹林・ブッシュがうるさくなり快適な
滑りが出来ない。最後は林道の長い歩きが待っていた。5:30、石抱
橋に帰着。

12日浅草岳(前岳)
守門は雪が無いと、山野井ツアー部長からの忠告で、浅草岳へ向かう。
ムジナ沢に入るまでの小尾根が、雪が少なく苦労する。ムジナ沢は、まだ
まだ雪があり、快調に歩く。前岳の手前で稜線にでるが、風が強い。
これ以上、上にいっても滑る場所も無いので、滑り返すことにする。
楽しそうな斜面を選んで、滑りを繰り返しながら、来た道を戻る。
浅草山荘で温泉に浸かり、のんびりして、おしまい。





4.01.1997

コロラドの14000FEET峰を滑る

Skiing in Qvandary Paek,Grays Peak,CO

コロラドの14000FEET峰をすべる
渡辺賢二 
1997_4? 調査中

 


幸運なことに会社を一年やすむことができた。10月から2月までニュージンランドでバ
ックパキング、フライフィッシング、カヤッキングを堪能した。そのまま居座って、スキ
ーをともおもったが、情報もすくなく、そのうち車が燃えたりの事件があり、ある日コロ
ラドの友達に電話したら、雪もおおく、泊もオーケーとのことなので、気持ちをかえ、ア
メリカへ飛ぶことにした。
真夏のニュージーから真冬のコロラドへ。
2月、3月、4月とメチャあちこちいきましたが、とりあえず2山のスキーをご紹介。

まず、ブリッケンリッジスキー場近くのQvandary Paekです。
ボルダーからは車で2時間ぐらいの所である。この近くのHoosier Passからスキー場の
周辺はテレマーク向きな山が多くあり、とても早い時期から楽しめ、一部ではパウダーの
時期でもバックカントリースキーを楽しめる。その中でもQvandary Peakは一番人気であ
り、頂上14264feetよりアプローチの駐車場まですべてスキーを楽しめるのです。

標高は高くいわゆるコロラドのフォーティナーの一つなのであるが、比較的短いハイクUP
で頂上まで登ることができる。

僕は頂上まで3時間で登ったが4時間もみておけば余裕ではないか。下降は頂上直下より
南にブルーレイクに向けて下降する一部45度平均35度の美しい斜面があるが、残念なこと
に私が行った時期は4月中旬で、まだ雪のコンディションが悪く、ここは6月ぐらいのコ
ーンスノーの時期に下降した方がぶなんである(内心すべれるコンディションではなかっ
たのでほっとしたが)のでノーマルルートのイーストリッジを下降することにする。

頂上から駐車場までは、おおまかにいって3ステージにわかれており、頂上からの25度ほ
どのバーンをクラストした所をテレマークターンはむずかしいのでアルペンのジャンプタ
ーンでかわし、次の20度強の長大斜面は苦労しながらも大きなターンのテレマークをえが
き、ふと下降した斜面を見てうっとりとする。

その後ラストステージの木の間隔のはなれた林間斜面を比較的とけた雪の中、とてもきも
ちよくすべりおえて天気のよい風もない一日を大変満足し家路に向かう。
4月中旬の晴れたインタースティック70号線は一昔前のロックやカントリーミュージック
がよく似合う。それにしてもこの辺はなんと美しい所なのだろうか。
 

次に4月18日、ボルダーより約1時間のBakervilleよりフォーティナーズのGrays Peakと
Torreys Peakをめざす。

ここは夏場は道路がかなり山側までとどきデンバーから手軽にフォーティナーズを歩ける
スポットとして有名だそうだ。有名なスポットだけあってパーキングエリアからGrays Pe
akの看板が出ていた。
夏場は車で行けるStevens Gulchをここからシールをつけて春は登らなければならない。
ゆるやかな林道を2時間弱かけてGrays Peak Trail Headにつく。ここからはまだ両ピー
クとも見えないが、ゆるやかな登りを谷にそってすこし歩けば、目の前に両ピークと今回
下降するスノーフィールドが見えてくる。
いきなりあらわれたスノーフィールドが思っていたよりも急なのですこしとまどう。Gray
s Peakに向けて取りつきより岩がでている急な登りをのぼるのでここでスキーをかつぐこ
とにする。標高が高いのと体力がないのか年寄りのしょんべんのようにとろとろしか登る
ことができず、途中一時雪が降り視界が悪くなってきたし下降路は急なのであきらめて帰
ろうかとも考えるが、ここまで来たのだからガンバラねばと、むちうち登る。こういう時
ひとりというのはよくない。

ラッキーなことに天気がまた急にもとのようにすばらしいものにかわり4時間強かけてGr
ays Peakの頂上に立つ。夏道のコンディションで2時間もあれば登れるところを思ったよ
りてこずってしまった。出発がおそく3時30分近くだったのでTorreys Peakに登るのはあ
きらめる。(ここは登るだけでスキーには関係のない所だ。ちなみにPeakとPeakは往復で
1時間もかからずに行っている。)

さあいよい下降である。頂上で手を合わせ無事に下降することを祈る。下降も下から見て
いるよりもゆるいがガイドブックではAdvanceと書いてあるが他のコースと比較してもこ
れはAdvance+(プラス)の表記にした方がよいと思う。 
 
頂上直下は風が強く岩がでている時、300フィートほど歩きいよいよ下降だ。スノーフィ
ールドの中心部は35度以上あるので、さけて下から左側Grays Peakよりのルートをとる。
こちらでももちろん30度ぐらいは楽にある。思ったよりも雪のコンディションがよくジャ
ンプしながらクラストめの雪を大きなターンですべる。14000フィートより1000フィート
近くすべりこみゆるやかなスノーフィールドを下り12000フィートまでおりる。
今回登山者は5人ほどいたが下りは別の場所だしスキーは僕ひとりだけなので大きな山に
、ただ私のシュプールがあるだけだ。思わず自分のシュプールに見入ってしまう。いろい
ろな山を下降してきたが今回のような満足度の高かった山は数少ないと思う。
 
軽い下りのトラバースをスキーを走らせながらいつまでも後をふりかえりながらシュプー
ルを見る。
 
このエリアは他にTorryes PeakよりGrizzly Gulchに下降する。エクストリームスキーやG
rays Peakより今回の逆側のHorseshoe Basin側に下降するルートもある。またGrays Peak
の手前の登ってきて右側のKelso Mt.東側はテレマークスキーにとって最高のステージで
ある。私も体力があまっていたらGrays Peak下降後、この山に登りかえし下降しようと考
えたが、くたくただったのでやめたがあとで尾をひくぐらいよい斜面である。
行きに登りでぬかれた登山者をSteavens Gulchでごぼうぬきにして一路パーキングエリア
に向かう。満足度の高い一日であった。

なお、この周辺には上級テレマーカーにはウハウハなGrizzly PeakなどをふくむLoveland
 Passがある。ここはなにがよいかというと車でPass(峠)まで行き、5分~2時間近く
 歩きいろいろなコースをとり、道路にでたらシャトルするかヒッチでもどってきて、ま
 たPassから下降するのである。僕はスキー場がわりにここでいろいろな場所をすべりま
 くった。ヒッチもとても楽である。このほかにもバーサード Passがこのスタイルと同
 じであるので楽しんでほしい。

3.30.1997

根子岳スキー

四阿山と根子岳スキー
近所にして重宝、雪少なれど天気よし
 
azumaya-san
 
1996-1-28
member HIROYUKI ENO IRENE JIRO KISYA
四阿山高原ホテルに車をおかせてもらって出発。天気よし。牧場をえんえんといく。山にかか
り、展望よし。浅間の噴煙たなびきのどかなり。900発、頂上着1200。根子岳方面はヘリコが
通い騒々しいことかぎりなし。頂上で数人の山スキーヤーにあう。2、3日まえの降雪で雪は
一応あるが滑りにくい。さほど回転滑降するような好斜面はないか。300に車にもどる。適期
は2月か。降雪直後がよさそう。

1997-3-30
member TAJmember20人
朝イチ天気晴朗。峰の原のゴルフ場を一斉スタート。各自好きなルートをとり頂上をめざす。
1時間かけてトップで到着と思いきや、平山某氏がすでに裏側からのルートで到達せしを発見
。小一時間、全員がそろうのをまつ。

朝の快晴は幻か、ガスがたちこめ、寒風がふきすさぶ。くだりはおおむね往路をくだるが、ゲ
レンデ状のコースをはずれ右手、サラの斜面を選ぶのが正解。

ヘリが飛ばず静かでよかった。
傾斜はゆるいが滑りがいはたっぷりある。たしかにテレマークにはぴったりの山だ。見直した。

3.22.1997

西吾妻と磐梯山ツアー

SKI TOUR AT MT.NISHIAZUMA, MT.BANDAI-SAN
西吾妻と磐梯山ツアー
けっこう、イカしてる


磐梯山で
 
西吾妻山
1997年3月22日 メンバー 西原、直子さん、晴介、記者 
タイム グランデコ上1030-西ダイテン1200西吾妻1400-デコ1600
 
 早朝に東京をでて、グランデコの駐車場に800にはついた。先発2台はすぐ見つかった。眠い、と
か、お茶でもとか、ぐずぐずしていて、ゴンドラの終点は11時。今朝のトレイルがある。天気は悪い
が西ダイテンまでは登りだから間違いようがない。頂上であった山スキーとテレマークの5人のグ
ループは「西吾妻小屋をめざしたがリングワンデルングして戻ってきた」と話していた。

 磁石とマップで慎重に小屋を目指す。よい斜面があるらしいが、ぼくらのトレイルは樹氷のなかの
ジグザグトレイル。運よく小屋がみつかり昼食。西吾妻の頂上もガスのなか。ホワイトアウトの斜面
を転びながら下る。樹林帯にはいりツリースキー。

 1300メートル位になってから日がさしてくる。カンバの森がきれいだ。久しぶりに日本の山を滑
る晴介は『イカすなー』と賞賛しきり。最後は道路までくだらず、グランデコ下部の林道コースにうま
くトラバースできた。パトロール小屋へ報告しておしまい。
 
 登りはリフト多用、下りは高差1000メ
ートル、おもったよりも『イカしたコース』だった。「お洒落」なグランデコスキー場だが、
作られてよかったのか、悪かったのか、意見の分かれるところだろう。

磐梯山
1997年3月23日 メンバー 晴介、記者
タイム 裏磐梯スキー場930-頂上1230-スキー場200
 
 ときどき頂上がみえる。シールをつけてヤマカンで頂上をめざす。ぼくらよりも早出のグループが
いるらしい。トレイルを発見。1500メートルあたりで山スキーヤーの彼等に追いつく。

 やせ尾根のトラバースをすぎると頂上下の平地、シュカブラの斜面をつめ、頂上直下でスキーをデ
ポ。頂上には千葉からきたという中年の山やさんが4人いて、トン汁を作っていた。猪苗代側から登
ってきたという。冬模様の頂上で酒盛りとは余裕ありとみた。すすめられるままお酒と汁をご馳走
になって、すぐ下る。さらにふたりほどスキーで登ってくる。

 きょうのファーストシュプールをいただく。けっこう楽しめるスキイイングで、あっという間にス
キー場にもどる。『思ったよりも楽しめたぜ』と晴介さん。
 ところで教訓。山ではいつ何をいただけるかわからない。常に食器と武器は携帯しよう。

3.20.1997

岩手八幡平~乳頭山縦走



 

SKITRIP FROM HACHIMANTAI TO NYUTOU-SAN

岩手八幡平~乳頭山縦走
97年3月20日~22日 member=MORI HIKARI, MOMO,
 
NOW PRINTING
 
3月20日
 夜通し東北道をとばして安達太良サービスエリアで友人と待ち合わせた後、乳頭温泉  
で車を一台置き、もう一台で岩手八幡平のスキー場へ。天気予報通りの快晴だ。朝イ  
チのリフトで大黒森へ登り、茶臼岳に向かう。ここでTAJ理事の平山さんに偶然出  
会う。

 茶臼岳から平山さんの自宅が見えているという。とってもうらやましいぞ!
茶臼から八幡沼まではばっちりトレースがついている。今日の泊まり予定は稜雲荘だ  
ったが、天気も良く、時間も早いので寄らずに直接見返峠へ。アスピーテラインに出  
ると西風が強い。天気はちょっと下り坂だが、視界は良好、先を急ぐ。モッコ岳から  
諸桧岳は平らで視界があっても迷いやすい所だ。赤布とトレースがついているおかげ  
で、迷うことなくどんどん進む。ラッキー!険阻森までの間はほんとうにモンスター  
のような樹氷群だ。大深山荘も樹氷の中でわかりにくい。入り口を除雪して入る。明  
るく正しいトーホクの小屋だ。小屋着は15:30。

3月21日
 次の朝も快晴。大深岳まではあっという間。ここから人気コースから離れたルートと  
なる。トレースもなくなるのでルートをしっかり見定める。葛根田大白森が白い雪原  
となって、かっぱの頭みたい。かっぱ方面へはくれぐれも入ってはいけない。大深岳  
から見おろしたときはルートもはっきりして、ちょろいぜと思っていたが、いったん  
樹林帯にはいると視界が効かずとたんに不安になる。

 関東森へ入る尾根を間違えて一本北の尾根に入ってしまい急な沢を横断して修正する  
。ブナ林なら視界も効くがトドマツの樹氷では晴れていても迷いやすい。と、自分の  
読図の悪さを植生のせいにしてみました。ようやく関東森に着く。さいわい昨日より  
も良い天気で風もない。八瀬森山荘は中を覗いただけで通過。八瀬森は山頂を通らず  
に2000m付近をトラバース。曲崎山へと向かう。曲崎山はこのコース中で唯一ピ  
ークらしいピークだ。尾根もはっきりしていて迷う心配もない。急登を登りつめて山  
頂へ。鳥海山、秋田駒がよく見える。振り返れば昨日、今日と歩いてきた道のりが信  
じられないほど遠くに見える。

 山頂からはシールをはずしてフィルムクラストの快適な斜面を滑る。コース中、初め  
ての滑走だ。ブナの木々が大きく美しい。さすが葛根田!大沢森を越え、大白森山荘  
方面へまたもアップダウンが続く。ほんとうにテレマークの利点を充分に発揮できる  
コースだ。負け惜しみじゃないよ。大白森とのコルで関西学院大のワンゲル部がテン  
トを張っているのに出会う。連休というのに大深岳から歩いてきて初めて出会う人だ  
。彼らは田代岱小屋から来たという。

 ここからは彼らのトレースをたどって、すぐに大白森山荘に到着。もう15:30な  
のでここに泊まってもよいのだが、まだ天気がよいこと、今晩は満月に近い月が明る  
いこと、明日からは天気が崩れそうなこと、それから関学のトレースがあることを考  
えて田代岱小屋まで行くことにする。まじかよー。大白森までは急登で次第に疲れが  
たまってきた足にこたえる登りだ。飛行場のようにだだっ広い山頂を過ぎ、小白森か  
ら小さいピークを3、4つ越える。田代岱へのコルの手前で日が山に沈む。さような  
ら太陽。雪の山々が薄紫色に染まっている。

 足のほうはもうへろへろだが、ルートはトレースをただ辿って行けばよいので楽ちん  
である。次第に行く手の月が明るさを増してくる。振り向けば2000年に一度地球  
に近づくというヘール・ボップ彗星がまさしくほうき星らしく尾を引いている。なん  
て幻想的な風景!疲れも忘れてこの滅多にない素晴らしい山歩きを楽しむ。しぶいぜ  
!田代岱は月明かりを浴びて輝いていた。小屋に着いたのは夜7時半。ここまでくる  
とかえって気分爽快、ナチュラル・ハイ状態である。小屋にはだれも泊まっていず、  
乾いた布団がたくさんあった。充実感いっぱいで、すやすや眠る。

3月22日
 今日は曇り。視界はまだある。乳頭山まで30分。山頂付近はカリカリの氷。秋田駒  
もぐーんと近づいて縦走したいところだが、アイゼンもクトーもないのでおとなしく  
下ることにする。乳頭山から田代岱小屋へは沢を滑る。チョー粉雪!小屋から孫六温  
泉まではたくさんの登山者に会う。乳頭温泉の名湯「鶴の湯」で至福の時をすごして  
カンペキなフィナーレ!。