9.12.1998

小川山弟岩、おばさん岩

小川山、弟岩、おばさん岩
このあたりをいつもウロウロしてしまう

SUPER JUNIOR
1998年9月12-13日
ちゅー、トミー、汽車
9-12
渋滞にはまって廻り目平についたのは1
1時。兄岩下部でメンバーと合流、反射
炉はデイドリームをおりてきたところ
だった。
弟岩に移動。トミーがジョイフルジャム
をやり、じゃんがら5.11Bにトライする
があっけなく敗退。ムーブがわからな
かった。
ままこ岩のうらのスラブ5.10dをのぼ
り、おばさん岩へ移動。母子草のとなり
のカンテラインができていたのでトラ
イ。5.10aのスーパージュニアという
名前。カンテを左手でもってだましなが
らのぼる。下の段におりて、アガタ氏の
晴登雨読5.10B、となりの天空の戦い
5.10aを登っておひらき。夜は佐藤さん
夫妻が釣ってきたイワナで骨酒を飲む。
9-13
小林由佳、父、氏家さん、汽車
野村さんたちとウスノロマンを登りた
かったが、二人を発見できず。クライ
マーが異常に多いのだ。
きのうに続きおばさん岩へいくはめに。
由佳ちゃんがレールデュタン11aをきれいに
登る。氏家さんとふたりで母子草、こど
もをなめんなよう、レールデュタンをの
ぼり、早めにかえりました。

9.07.1998

ヨセミテ・エルキャプタンを3本

BIG WALL CLIMBING IN EL-CAPTAIN,YOSEMITE

MICKY SUIZU`S REPORT
ヨセミテ・エルキャプタンを3本
. yosemiteだい
 
 98年秋、日本を出発する直前になってSAC(仙台アルパインクラブ)の志小田さんと電
話で話し、一緒に“Jolly Roger”を登ることが決まった。これに佳奈ちゃんこと大村佳奈が
加わることになった。マーセドでヨセミテ行きの最終バスに乗り、遅れた僕は1ヵ月半後、
一緒に“Wyoming Sheep Ranch”を登ることになるIan Parnellと2人でバス停前の芝生で
横になり夜を明かすことにした。久々にぐっすり眠れるはずが、まだ暗い早朝、動きはじめ
たスプリンクラーのせいでズブ濡れになって起こされるはめになってしまった。
 巨大な怪物のようなエル・キャピタンがバスの窓から見え始めると、何もかも忘れて大人
気なく窓ガラスにはりつき、木々の無効に見え隠れする岩壁を見上げた。
 一足先に来ていた佳奈ちゃんに合流し、僕から1日遅れて志小田さんが到着した。すぐに
3人で準備を始め、9月7日からマンモステラスまでの8ピッチ分のフィックスに取りかか
った。いくつかのルートが、このテラスを共有していることなどから、すでにロープが残置
されていて、僕らは自分たちのロープをほとんどフィックスすることなくマンモステラスま
ではキャンプ4から通った。
 この8ピッチ中で、僕にとっての核心は6ピッチ目で、振り子トラバースからノープロテ
クションで15�ランナウトし、マントリングをこなさなければならなかった。ムーブは難し
くないものの、遠くに見える最後のプロテクション(振り子の支点)のせいで少々躊躇して
しまった。そのまま続くA4+のセクションでは、フッキングエッジが欠け、長めの墜落をし
たしまった。次々と出てくるフッキングムーブのせいで、胃がキリキリと痛み始めていた。
9月13日にGo Upを決め、キャンプ4を一度は後にしたものの、11ピッチ目でいくつかのミ
スが立て続けに起こり、実際のGo Upは結果的に9月17日ということになってしまった。11
ピッチ目はいろんな意味で、一番記憶にの凍るピッチになってしまった。事前からの情報で
核心のうちの1つでもあった場所を志小田さんがこなせず僕と替わり、僕は運よく手も届か
ず見えないフッキングエッジにパイカの大フックをチータスティックに付けて決め、そこを
越えることができた。時間切れで翌日へ残した約10�ほどを、志小田さんがリードする際、
僕はギアを送ろうとして、コパーヘッドのぎっしりとつまった袋を落とし、次の日志小田さ
んはチヅルを落とした。これらのせいで、2度も下界を往復するはめになり、2日をムダに
してしまった。今でも壁にぶつかりながら落ちていく白い袋と、袋の口からパラパラとこぼ
れ出るコパーヘッドが思い出される。
 マンモステラスから上は傾斜も強くなり、凹角が多いせいで日陰を登ることが多く、ビレ
イ中は結構寒い思いをした。
 残り2つあったA5のピッチは、12ピッチ目を志小田さん、17ピッチ目を僕が担当した。
12ピッチ目で一度フォールした志小田さんは、墜落で抜けたコパーヘッドを根気良く打ち直
し、そこを越えた。17ピッチ目の僕は、なんとか落ちずに#1と#2のコパーヘッドが続く
美しいコーナーを登ることができた。ここまでくると、まだ6ピッチを残しているにもかか
わらず、もうJolly Rogerを登れたような気持ちになっていた。寒くて震えながら冷え切った
缶詰を食べるのは、少々みじめでもあったけど、蛇行するマーセドリバーを見下ろし、豆粒
のようになった自動車を見るのは気分が良く、近づくエル・キャピタンの頂上と、下界で待
つビールのことを思うと幸福だった。
 最後の5.9のピッチを佳奈ちゃんが登り、Jolly Rogerは終わった情報通のクライマーの話
だと僕らは通算第8登目ということだった。でも、そんなことよりも再登によってグレード
ダウンしてしまう宿命のエイドルートで、残置ギアの少ないおかげで、より初登者に近い気
持ちが味わえたことが満足だった。

 Jolly Rogerから下りてすぐに、今年エル・キャピタンを1本ソロしようと決めていた僕は、
他人のアドバイスもあり、ルートを“Lost in Americaに決め、準備を始めた。基部への荷上
げをし、2ピッチのフィックスの後、ピスタチオをたっぷり買い込んでGo Up。にぎやかな
キャンプ4から急にルートきりになるのは、さすがに淋しくもあったけど、Go Up後に聞こ
えたヨセミテを去る志小田さんからのコールや、カナダ人がずっと遠く壁の中から送ってく6日
れる「スイヅー! コンニチワー!」のコールに励まされ調子も上がり、順調に進んだ。6
ピッチ目、5.10のランナウトが、このルートをソロする上で僕にとってに核心だった。ラン
ナウト後の情報を持っていなかったせいで、僕は一通りのギアを全て持ってのぼることにし
た。フラットソールに履き替え、手にたっぷりとチョークをつけ、ソロエイドからたっぷり
とロープを出してから、突っ込んだ。傾斜がおち、楽になり、やっとプロテクションが取れ
ると、嬉しさがこみ上げた。
 ルート全体を通して、夕方4時ごろビレイ点に着くことが多く、次のピッチに手をつける
には時間が足りない。まだ明るいうちにその日のクライミングを終える日が多かった。それ
でも夜、腰まで寝袋に入り、ポータレッジの上から暗い空間へ向かってピスタチオの殻を投
げるのが快感だった。ルート自体は明らかにグレードダウンしていて、かつてA5だった11
ピッチ目はチキンヘッドと呼ばれる怖さに堪えられなかった再登者によって打たれたリベッ
トのせいでA2ぐらいに感じた。それでも結果的に目標どおりの4ビバークで登れたことに
は満足した。

 Lost in America以後は、しばらく冴えない日が続いた。ヨセミテフォールのルートを、い
くつかの理由で4ピッチでやめ、ハーフドームのソロを長いアプローチに堪えて荷上げした
にもかかわらず、くじけてしまった。
 朝の寒さを避けてカフェで昼を待つ日が続いた。

 10月半ば、親しくなったイギリス人クライマーIan Parnellと、残された日数を計算し、2
人でWyoming Sheep Ranchをやることに決めた。このルートは南東壁の北米大陸型の模様
のちょうどワイオミング州のあたりを登るルートで、A5+とグレーディングされている。
 取り付きで“Let's go to Wyoming!”という僕の掛け声にIanが“Holiday in Wyoming!”と
返し、僕のリードでWyoming Sheep Ranchは始まった。1ピッチ目は悪く、一度フォール。
初日、1ピッチ半ほどフィックスし、次の日昼過ぎにGo Upした。ルートは全体的にもろい、
薄いフレークへのフッキングが多く、精神的に疲れる。僕らのずっと左では“North American 
Wall”“El Nino”の第2登をねらって18才と19才のイギリス人ペア、LeoとPatchが登って
いた。夕方になると彼らからその日の結果が報告され、こっちも気合が入った。数日後、彼
らはほぼ全ピッチオンサイトという快挙を成し遂げた。激しい雨の日には、僕らも彼らもポ
ータレッジで足止めをくらい、僕はヘッドホンの音楽の向こうから聞こえるポータレッジの
フライをたたく雨の音を聴いて過ごした。雨の止んだ次の日、9ピッチ目のA5を僕がリー
ドし、11ピッチ目のA5+をIanが、彼の誕生日に当たるその日リードした。その夜は、チョ
コレートドーナツにマッチをロウソクに見たてて立て、ビールで彼の誕生日を祝った。
 ルートは後半“Sea of Dream”へ合流し、僕らは最後“El Nino”の2ピッチを登って頂
上へ抜けた。天気は完全に下り坂で、下降を始めるころには雨も本降りになり、East Ledge
はちょっとした滝になっていた。水をかぶり、ホールバッグと格闘しながらラペルし、下界
へ着くとそこはハロウィンパーティーを数日後に控え、サマータイムも終わってしまってい
た。キャンプ4は、シーズンオフの雰囲気が漂い始め、テントもめっきり減り、親しくなっ
た日本人クライマーはみんなヨセミテを去ってしまっていた。
 僕は11月1日、ヒッチハイクでヨセミテを後にし、更にあと4ヵ月間続く旅の舞台、南米
パタゴニアへ向かった。

9.04.1998

三つ峠から小川山へ

三つ峠から小川山へ
1998-9-4.5
MEMBER  CHU, TOMY ,KISY

9-4
 久しぶりに三つ峠へクライミングにいこう、というわけで、峠の裏登
山口の駐車場に9時前に集合。1時間ちょうどのアプローチで四季楽園
着。岩場はガスにつつまれている。取りつきまで下る。湿っぽいが一般
ルートのあたりは乾いている。平日なのでわれわれ3人のほかだれもい
ない。

この前きたのはいつだろうと考えていたが、数年まえの秋、絶好
の好天の日に楽しんで以来。あのときも峠はいいね、と思ったものだ。
アルパインクライミングの雰囲気もあった。
 16、7年まえ、今風のクライミングというのを再開したのもここで
だった。雑誌の取材がらみで、若い仲間としょうみさんのスクールに入
ったような覚えがある。フラットソール、ハーネス、エイト環、ヌンチ
ャクなど一式そろえたはずだ。高校山岳部の時代、八ヶ岳でよく岩登り
や沢登りをしたものだが、そのころには、そんな道具はひとつもなかっ
た。登山靴に自作のスワミベルト(ブーリン結びの直まきだったかもし
れない)、

エイト環など発明されていなかったから懸垂下降も肩がらみ
でおこなった。ロープも赤一色のナイロンで、麻ザイルというのも部室
にあって現役で活躍していたように思う。それでも毎週土曜日の午後は
学校の近くの二葉の岩場でせっせとトレーニングに励んだものだ。
 しょうみさんのスクールで、クライミングの楽しさを再発見したのだ
ろう。そのあとは、はまさんを師匠にして、毎週にように広沢寺に通っ
た。三つ峠にもよく来た。小川山の全盛時代のころだが、小川山はまだ
ぼくらには難しいルートの多い、遠い岩場だったような気がする。
 とはいえ、そのころでも三つ峠は、フリー化の波もあって、フリーク
ライマーがかなりたくさん集まっていた。やはり雑誌の取材できたある
日など、小川山や城が崎でみる顔がそっくりそろっていたを覚えている
。JMCCなどの連中もテント張っていた。先鋭的なフリークライマーは今
はここには来ない。小川山にもあまり行かない。前傾壁のある岩場にい
っているらしい。

クライミングは技術に応じた岩場で楽しめばよいわけ
で、どんどん新しい岩場が開拓され紹介されていくのはよいことだ。三
つ峠のよさは、だからといってなくなるわけではない。ここでは、山の
中の大きな岩場で、フリー、アルパイン、人工クライミングなどのさま
ざまな岩登り練習ができるのだから。

 今日の峠は、平日だから空いている。こんな機会はすくないというこ
とで、1ピッチ目を左から順番にトライ。都岳連ルート、なんとかルー
ト、さあてこれから、リーダーピッチ、地蔵左、地蔵右とやったらもう
3時ころになっていた。人工のクライミングもこの際練習しようとちゅ
うさんがアブミをとりだしたのでちょと練習。四季楽園でビールをのん
で下りました。
 岩はギョウカイ岩とかで比較的しっかりしているし、なんといっても岩
 場が大きい。関東周辺ではいちばんではないか。講習会用の支点などは
 整備されているが、リードできるクラッシクルートは昔のままのハーケ
 ンなどが主体。ボルトを打って、きちんとしたスポーツルートにすれば
 もっと楽しめると思うのだが。

さあてこれから、などでは足がすくみ、
 人工クライミングのようにして登ってしまった。ハーケンをプロテクシ
 ョンにして突っ込むのはちょと怖いルートだった。
 一般クライマーが手ごろに楽しめる5級、6級、5.8、5.9クラスのルー
トが豊富だから三つ峠の人気は永遠に続くはずだ。

9-5
 大泉の安田別宅を9時にでて、小川山へ。飯山健治氏と会う。兄岩に
行き、ちゅうさんがウオリーを探せに初トライ。なんとかぬける。僕も
久しぶりにトライするが往年のサエはなし。紅葉をやってから、くまさ
んがんばれ、北条カンテなどで遊ぶ。昨日のつかれのせいか、昨日の三
つ峠でガバルートばかり登ったせいか、みんなあまり冴えず。きょはも
ういいか、というわけで撤退するが、帰途、アルパイン少女マミにトラ
イする菅原ぶんちゃんファミリーにあう。おなじモダンの仲間だからと
ビレイをかってでるが、ブランクの長いぶんちゃんは5.11d核心をどうし
てもこえられない。なんども派手におちる。ビレイするぼくもひきずら
れて岩に頭をぶつける。ビレイ中でもヘルメットは必着だと思いました
。夜には帰京。

8.21.1998

小川山 屋根岩2峰南稜

小川山のマルチピッチ2本を
屋根岩2峰南稜とガマルート
1998-8-21.23 ちゅう、クルミサワ
8-21 平日なのですいすいと走って廻り目平着930分。
新エリア母岩にみんなで行く。ぼくは最右翼に新ルートのボルトうち。フェ
イスルートが2本あって、右がボルト3本で5.9 左がボルト4本で5.10bの予
定。午後おそくなって完成。これで新エリアには12本のルートができたこ
とになる。
夜は開拓王や小林由加ファミリーと食事。

8-22 森田秀巳、松倉一夫
朝おきてみると今日もよい天気。森田、松倉のなかよしコンビがテントから
でてきた。ゆっくり朝ごはんをすませ10時くらいに屋根岩2峰南稜にでか
ける。ちゅうさんが小川山のホーム頁からプリントしてきたもので1995年に
できた比較的あたらしいルート。全員初めてのところ。
取り付きの岩はカモシカ遊歩道の途中からちょと登ったところ。1pであしな
らし。2pがけっこうむずかしく、3pは楽々、4pはトポでは2本めのボルト
のあと右に逃げスラブを登るとあるが、むずかしそうなので直登するもそれ
も難しく、はからずもボルトをスタンスにしてA0。南稜は後1ピッチでコ
ブの頭にでるらしいが、ルートは強引にここからPTAのある岩につなげ、5、
6、7ピッチとつなげている。難しいところを登るのがすきならそれでよい
けれど、コブまで登っておわりにするのが自然かも。
5Pは短いが手強いボルダーで、図らずもボルトに足がのってしまう。6pは
10aというが、いかにも手強そうなので、利用すると5.8になるという足置き
岩をつかって登る。それでもけっこうスリルあり。6pは11aのボルト2本の
短いルートだが、充分楽しんだということで割愛。天気もよくみんな満足で
した。
夜はちゅうさん主催のミケ追悼祭に参加。

8-23 ちゅう、くるみさわ、桃、北山
ガマルートへ行く。きょうも天気よし。ハート&ソウルから始める。後半
部、いつも半月クラックのあるところをぬけるのだが、左手のスラブをのぼ
る。初めてのところ、2本めのボルトが核心で、むずかしい。左上に大きく
手をのばすとかかりのよいフレークがありそれで一丁あがり。10台後半がつ
いているのでは、と推測する。駐車場にもどり、夕方母岩の昨日の新ルートを
開拓王に登ってもらう。グレードも適正、ボルト位置もわるくないとのこと
で合格。
秋が近づいたら、いくつか、考えている新ルートにボルトを打とう。
夏休みの小川山には有名クライマーが多いようだ。これでもかというくらい
たくさんの古い顔をみたが、駐車場の出口で最後にあわせた顔は、ジャック
中根だった。

8.08.1998

小川山父岩母岩

TITIIWA HAHAIWA IN OGAWAYAMA

完璧な父、ピクニクラ、三日月のピンクリップ。母岩新ルート
新ルート開拓も
1998-8-8.9
 
8月8日
ちゅう、やすだ、汽車
 夏休みが始まって道路が混雑している。5時に東京をでたがもう渋滞はは
じまるところだった。大泉の安田別宅でメンバーと合流。11時ころには父
岩につく。人が多い。ちゅう、やすだが拓いた完璧の父を登る。終了点の改
良をかねて。10Cはあるだろう。取り付きは末端からでもOK。30mのルー
トになる。やすだが早びけするので下にくだり、兄岩下部へ。モンベルなべ
ちゃんや森下氏がいる。森下氏は4年ぶりとか。なべちゃんは去年のヨセミ
テ以来のクライミングだという。三日月のピンクリップ10Cをのぼる。きょう
はワンテンはいる。核心は左から行くのを忘れないようにしよう。ピクニク
ラを登る。いつもどおりワンテンはいる。なべちゃんがフォローするが敗
退。3本のぼってもういいか、というわけでビールをのんで解散。JMCCの
ベースにいき開拓王、菅原ブンなどと合流、夜宮崎さん合流。
8月9日
みやざき、開拓王、ぶんちゃん、たじやん
 きょうも天気がよい。母岩に行く。キャンプ場の真向かい。ままこ岩の左
奥。10a,10c、10cあたりの3本を登る。タジヤンが正面新ルートを初登。10a
から12aまで6本できた。さらに母岩となりに2本新ルートの開拓開始。夏の
うちにはできるだろう。来年のRock&Snowで発表の予定。金峰山荘に新しい風
呂ができた。道路混雑をさけ翌日朝帰京。おもえば、いつも同じような岩場
をあきもせずのぼっているものだ。

7.31.1998

北穂高東稜

アルプスの楽しい岩稜登り 北穂高東稜
アルパインクライミング気分が手軽にあじわえる
 
East ridge in Kitahotaka
 
1998-7-31/8-2
メンバー 川崎博 糸尾汽車

8-1
 滝谷で岩登りを、とはりきってでかけたが天候不良でいまいち。と
はいえ北穂高東稜をのぼり翌日かけおりてきて、足腰のトレーニン
グにはなりました。納涼も。
上高地からのんびり歩き、風呂限界の横尾山荘泊。
8-2
 6時に山荘をでて、9時まえに涸沢小屋着。南稜の夏道をいきハシ
ゴの手前のガラ場から東稜をめざす。ガラガラとのぼり尾根にで
る。先ほどまでみえた前穂の北尾根がガスにかくれ、あたりもガス
模様。
 忠実に稜線をたどる。安全のためにロープを2回ほどだす。ゴジ
ラの背はスリル満点。高い山のうえで岩登りをするのは気分がよ
い。そんなに難しくないところでもいいのだ。ゴジラの背の最後で
懸垂下降する。あとは150メートルほど急登をのぼると北穂の小
屋にでる。ガスであたりは何もみえない。
 ドーム中央稜取り付きまでの下降路を見にいく。ドームを過ぎて
クサリ場をおりたところ。バツ印のあるほうへ下る。ガスと風の
中、2、300メートルほどくだるとステンレスのボルトのある懸
垂下降地点にでる。ルートがわかったので小屋にもどる(懸垂距離
は25メートル内とのこと。)信毎の高沢記者などがいる。去年屏
風をのぼったあとヒュッテであったのがちょうど1年前というわけ
だ。夜はにぎやかだった。
 小屋の小山若主人によれば東稜は、いいルートです。ゴジラの背
をすっかり巻くこともでき、だれでも楽しめる、とか。最後の懸垂
下降も手前右手からラクラク歩いて下降できるそう。
 小山さんは『北穂の小屋はもともとクライマーの小屋です。歓迎
します。きてください』とおしゃっていました。そんなことをいっ
てくれるところが他にあるだろうか。北穂小屋をベースに滝谷を登
りほうだい、なんてクラシックでアルパインでいいではないか。飯
もうまくて有名、ココんちは。
8-3
 未明から、なんと雨。梅雨あけがおくれているのは聞いていた
が、そろそろと狙ってきたのに、今回ははずれらしい。明日も好天
は望めないとのことで、さっさと下山。次回の楽しみのココロだ。

7.23.1998

カナディアンロッキーの夏休み

CLIMBING IN CANADIAN ROCKY

カナディアンロッキーの夏休み
ひとりであちゃこちゃ登った

CLIMBING IN CANADIAN ROCKY
 

member 黒川晴介

1998-8、9
クラシックルートを登る
 バンクーバーで車を借りて、2日後にはキャンモア町営キャンプ場ですっかり落ち着いていた。キャンモアはバンフ国立公園の境界を少しでたところに発達した小
さな街だ。
 キャンモアの着いて1週間は体調が悪く、山に登れなかった。疲れが出て、カゼをひいてしまったらしい。天気は毎日最高だ。やれやれ。 どうにか体調も戻って
きたので、まずアシニボインに登ることにした。別名、カナディアン・ロッキーのマッターホルン。
 登山届けをバンフの公園事務所に出して、翌朝キャンプ場を出発する。ひとりで山に登るなら登山届けを出さないと、誰も探しに来てくれないので、これは重要な
事だ。

Mt.アシニボインを登る
 7月23日。ベースのアシニボイン・ロッジまでは、よく整備されたハイキング道で、7時間くらいだ。ここからさらに2~3時間登るとR.C.Hind Hut
が使えるが、ロッジ近くのキャンプ場からでも充分1日で往復できそうなので、ここで泊まることにした。
 7月24日。朝明るくなってから出発する。小屋までも少し岩場があった。稜に取りつき、ガレ場を適当に登る。
 前半はスクリーの登りだが後半は少し岩登りらしいところもあり、楽しい。途中で堅い雪や、氷も出てきたが、クランポンは使わず、ステップを切って登った。
 頂上から少し雪稜が続いているが、眺めはたいしたことはなかった。周りを氷河の山々に囲まれていないからかな?
 キャンプ場に戻り、ラーメンを食べて出発する。車までは25�ぐらいだ。最後はうす暗くなってきて、熊の出現にビクビクしながら歩くことになった。ああ疲れ
た。でもハイキング道は、ゴゼンタチバナやイチヤクソウ、オダマキがいっぱい咲いていてきれいだったな。

Mt.アサバスカへ
 7月28日。Mt.アサバスカへ行く。本当はMt.テンプルに行こうとしたら、公園レンジャーにグリズリーが出るから今はダメだと言われてしまった。こわいなあ、も
う。
 まあ、そういうわけでアサバスカに行くことにした。朝、暗いうちにキャンモアを出発した。アサバスカはコロンビアアイスフィールドにあり、キャンモアから車
で3時間ぐらいだ。 すっかり明るくなって、駐車場から歩きだす。雪がやわらかくなる前に下山したいけどちょっとムリみたいだ。途中でガイドパーティやメキシ
コの学生たちを追い越した。
 少しクレバス地帯を通ったけど、なんとか通貨して、頂上稜線へ出る。Mt.アンドロメダの眺めがすばらしい。
 写真を撮るとさっさと下山にとりかかった。雪がやわらかくなると、クレバス地帯はますます怖くなる。いざ下降を始めると歩きやすくて、頂上から1時間半ほど
で車まで戻ることができた。
 振り返るとアサバスカが、少し前に自分がいたことが信じられないくらい立派に見えた。

Mt.ビクトリア、Mt.レフロイを
 7月31日。レイクオハラまでのバスは予約制だ。僕が最後の乗客だった。昔、スクールバスだった黄色のオンボロはゆっくり林道を登ってゆく。レイクオハラは保
護のために1日につき2台のバス以外は、林道を3時間歩かないと行くことができない。
 Abbot Hutまでは3時間ほど。1920年代に建てられた石造りのすてきな小屋だ。ここまで泊まりに来るだけの人もいる。Mt.ビクトリアとMt.レフロイ
のコルにあり、ベースとして人気がある。
 8月1日。昨夜の雨が朝になっても降っている。昼過ぎまで待って出発するが、雷雲が少し怖い。岩場はたいしたこともなく、すぐ稜線に出た。クランポンをつけ
て頂上まで長い稜線を進んだ。途中で少しレイクルイーズ側も見えて、左右に立派な湖を見ながら歩くのは楽しかった。
 雷が怖いので頂上で写真を撮ってさっさと下る。最近はひとりのときは、頂上で「バンザイ」と言いながら両手を上げるが、これはなかなか気分がよい。
 小屋には4時前に戻り、早い夕食をとって寝袋に入った。
 8月2日。今日はすばらしい天気だ。レフロイの西壁に取りつく。雪壁はだんだんきつくなり、しかもかなり氷の部分があった。クランポンの前爪が半分も刺さら
ない。
 簡単だろうと思い、シングルアックスしか持たなかったので、頂上の少し下で敗退することにした。もちろんロープも持っていなかったので、登りの10倍ぐらいお
そろしいクライミングダウンになった。
 せっかくシャモニーで軽く小さいアイスバイルを買ったのに、車のトランクに入ったままだ。ロープを持って行かないならせめて、アックスは2本持って行こう。
 帰り道、バスの出発まで時間があったので林道を歩いていると、パークレンジャーが車に乗せてくれた。

Mt.エディスキャベルも
 8月20日。8月後半はずっと天気がさえない。ビクトリアに登ってから一度山に出かけたけれど、ルートがわからず敗退したので、ずいぶん山に登っていない気が
する。
 今日も頂上はガスの中だ。でも明日からまた天気が悪くなりそうなので、行ける所まで行くつもりで出発した。
 駐車場でお茶を飲んでいると、7時半になってしまった。だんだん早起きできなくなってきたし、怠け癖が出てきたようだ。
 東稜取りつきのコルで、先行パーティに追いついた。簡単な岩登りをまじえ、肩に出る。少しスノリッジを歩き頂上への岩場に取りつく。はるか下に駐車場が見え
る。
 頂上への岩場は気分がよかった。頂上は再び雪稜で少し雪庇が出ていた。ガスの中に入ったので寒い。バンザイをしてさっさと下る。
 駐車場には5時前に着いた。まあまあ充実した一日だった。

ついにMt.ロブソンだ
 8月23日。ロブソンの頂上は雲の中だ。8月後半に入ってずっと天気がさえないが、これがラストチャンスになりそうなので出発した。
 Ralph Forster Hut小屋までのアプローチはお世辞にもよいとは言えない。しかも1500�くらいヤブこぎやロッククライミングをまじえて登
らなければならない。それでもKiwey Lakeから4時間半ほどだった。
 8月24日。アメリカ人とカナダ人の3人パーティが3時ごろ出発した。僕は眠いので5時前まで寝ることにした。本当にダレてるなあ。上半分はガスの中だ。
 いやいやLittle Robsonまで登り、おやつを食べると少しやる気が出てきた。ここから先が最も危険なUpper s Glacierのセラック帯
の下を通ることになる。久しぶりにニュージーランドみたいな山登りだ。
 どうにか怖い所を通過してスノリッジに取りつくと、3人パーティに追いついた。ひとりは先に行って、2人はあきらめるようだった。南東稜側にルートを振っ
て、頂上へ。
 一度急にガスが晴れ、ロブソンだけが雲海の上に飛び出していた。群青色の空がすばらしかった。ほんの数分で再びガスに包まれ、もう二度と晴れることはなかっ
た。
 頂上で3人パーティのひとりと合流して握手する。彼はカナダ人で、彼が山登りを始めたとき、思い描いたゴールがロブソンの頂上で、今彼はそこに立っていると
話していた。少し感動が伝わってくる。
 下山は自分の足跡をたどるだけだ。危険なトラバースは走って越えた。
 小屋でラーメンを食べて、休憩する。僕は山で食べるラーメンが本当に好きだ。
 ツーリストインフォメーションの横のキャンプ場まで歩いて戻ったのは5時半ごろだった。
12時間のうちに、1500�登って3100�下ったことになる。充実した一日だったし、もうしばらく山に登らなくてよいと思うと嬉しかった。 一週間後、僕は
日本に帰った。

記録(すべてソロ、ロープ使わず)
① 7/23~24 Mt.アシニボイン北稜
② 7/28 Mt.アサバスカノースグレッシャー
③ 7/31~8/2 Mt.ビクトリア南東稜、Mt.レフロイ西壁(頂上下まで)
④ 8/20 Mt.エディスキャベル東稜
⑤ 8/23~24 Mt.ロブソン南壁