6.26.1998

ダンデデュアンとグランドジョラス

ダンデデュアンとグランドジョラス
黒川晴介・糸尾汽車

 

1998-6/26-7/11
6-26
KLM便の出発がおくれアムステルダムでの乗り継ぎがまにあわず、フランクフルト経由でジュネーブ
についたのはもう夜中の10時。おまけに荷物がでてこない。先発の黒ちゃんが出口でまっていて
くれた。ここからタクシーでシャモニのロジェールキャンプ場に乗り付ける予定だったが、今夜は
ジュネーブのユースホステルに泊ることにする。近所のケバブ屋で前祝いする。黒ちゃんはベルト
とトリアントをすでに登りコレクションを増やしたという。

6-27
バスでシャモニ入。ガイド組合の3Fでカルテネージュという救助保険にはいり(4000円くらい)
、スネルスポーツで小型バイル、アイスハーケンなど買いたして、夕方キャンプ場にもどると荷物が
届く。登はん具、テントなど一式がはいっていたのでよかった。キャンプ場にはオートキャんパー
がたくさん。クライマーも多い。韓国グループがおおいようだ。日本人クライマーは3人。伊藤、
中川、矢木さんら。フランス人は毎晩テレビのサッカー試合で盛り上がっている。天気はいまいち
か。当地は夜の10時にようやく暗くなるという日の長さだ。
6-29
天気がよさそうなのでダンデデュアンに登ることにする。ミディのロープウエイをつかい、さらに
トレノ小屋までのびる大展望ゴンドラにのる。11時、駅から氷河にくだりいきなりダンデデュアン
むかう。4000メートルの高峰にそびえる岩塔だ。そういえば先年バレブランシェを滑りおりたとき
ガイドが、あれがダンデデュアンと説明したのを覚えている。アイゼンをつけミックスのガラ場をの
ぼり食堂といわれる岩塔の基部にたつ。駅から2時間くらい。岩場に雪はないがフラットソールをも
ってきていないので登山靴でのぼることになる。3級から5級の6ピッチ。朝早くとりついたパー
ティが3パーティ程前にいる。遅くきてちょうどよかったわけだ。女性のまじったパーティは時間
切れか途中でおりてくる。フラットソールをはいている人もいる。つるべで登り2時間ほどで手前
の岩塔ピークへ。4時過ぎ。マリア像のたつ数メートル高いとなりの耳へは、大きなギャップがあ
るので割愛。天気はまずまず。風が強い。
下山。ナイフリッッジのクライミングダウンは怖い。目がくらむ。
数回の懸垂下降にかかる。前のイギリス人の二人組が懸垂ロープをかしてくれるという。ぼくらは
8ミリ50メートル1本だけだからありがたく借りる。食堂まで一時間ほどでくだり、さらに危な
っかしいガラ場をくだりトレノ小屋へはいったのは7時すぎだった。高所の活動でつかれました。
ぼくは日本出発前に富士山頂でキャンプしたのが効いたのか高山病の気配はなし。
6-30
昨日は岩壁、今日は氷壁というわけで、小屋のとなり、ツールロンドの北壁をのぼる予定だったが
、天気がわるく次回もちこし。トレノ小屋ミディ間のロープウエイが動かず、結局イタリア側にお
りてクールマイユール経由モンブラントンネルでシャモニ帰着。
7-1.2.3
天気ぱっとせず。レンタカーでジュネーブに買いだしにいき帰路アネシーのドライブを楽しんだり
、ピラミッドの小屋からボゾン氷河におりアイスクライミングのトレーニングしたり、ガイヤンの
岩場にいったりしてすごす。
3日ほど天気がわるく、2日晴れるという周期のようだ。アルプスでは100パーセントの好転でない
と山にはのぼらないらしい。山に雲がかかっていればそこは雪や吹雪なのだから。そんな半端な日
は下でなんやかんややって過ごすのがよい。
7-4
朝からよい天気。モンブラン、ドリュなどが美しい。グランドジョラスのノーマルルートへ向かう
。10時のバスでクールマイユールへ。12時にプランプリシュの村からボナッティ小屋へあがる。き
れいなハイキングコースを3時間。標高差1200メートル。グランドジョラス小屋ともいわれる岩場
の小屋へ到着。小屋はあいていたが営業はしていない。黒ちゃんが予約電話しても出なかったわけ
だ。7時過ぎに就寝。3グループ10人ほどが同宿していて明日ジョラスを目指すという。
7-5
早い人は夜中の2時ころ出発していった。僕らは4時半出でいちばん遅い。2800メートルの小屋か
ら4200メートルまで標高差は1400メートル。ヘッドランプでのぼる。氷河をつめ、岩稜にとりつく
ころには明るくなっていた。天気はよい。黒ちゃんが高山病くさい。氷河上はロープをだすが、岩
ではソロでのぼる。朝いちで出かけた数人のイタリア人が戻ってくる。ルートがわからなかったら
しい。
ウインパー稜の1ピッチ目でビレイするが、そのあと、各自ソロでウインパーピークに直接つきあげる
ウインパー稜をのぼる。前回黒ちゃんがクロー稜をのぼっているから別ルートにしたかったから。クロ
ー峰とウインパー峰にコルに直接つきあげようとしていた二人組みフランス人は300メートルほど滑
落してしまった。ケガはないようだ。1時前にウインパーピーク着、4200メートルだから息がきれる。
黒ちゃんは調子が悪いようだ。主峰にトラバースしてクロー稜をくだろうとするがガスがでて
きてツバメ山稜を下ってしまう。眼下にメールドグラスが見えてきて、これはおかしい、というこ
とになり、登りかえす。目が眩む。
さらに下部でホワイトアウト状態になり1時間ほどウロウロする。数回クレバスに足を突っ込んだか
ら、氷河上ではアンザイレンはどうしても必要なことらしい。トラックを発見して無事小屋に戻る。
9時半。なんと17時間行動。水とパンを食べ、翌日6時まで眠る。
7-6
小屋からフィレの谷にくだりクールマイユール経由バスでシャモニ帰着。
7-7.8.9
天気さえず。赤い針峰のフレジェール側のクライミングルート、ランデックスを、矢木、中川グル
ープとのぼったりして過ごす。滝谷のような、チンネ左稜線のような、の感想あり。
韓国グループと酒盛りしたり、レンタカーでスイス経由セントバーナード峠越えアオスタ観光など
も。
7-10
早朝テント撤収。フィアットのプントでジュネーブへむかう。このレンタカーを正しく返却するた
めに国境と空港内を右往左往。まいりました。7月11日予定どおり帰国。
岩と雪の夢のような殿堂、シャモニ。ここのクライミングはやはりスケールが大きい。山全体と正面
から向かい合うという感じだ。山での総合的な力が必要とされる(とはいえ、ロープウエイなどが縦
横無尽でいきなり3、4000メートル近くに行けるのはすごい魅力だ)。岩稜や雪稜、そこそこのルー
トをソロで登り、クライミングダウンするのだから自信がないとできない、自信があってもこわい(
フリーはむずいがアルパインはやばい!)。
氷河歩きもたいへんだ。クレバスに足をつっこんでしまうのは日常茶飯事なのだから(前回黒ちゃん
が一ヵ月全部ソロで登ったのはさすが)クライミングは雪と岩の世界でやってこそ本物だ、とあらた
めて思った。小川山などのクライミングが子供だましに見えないこともない。フリークライミングと
いうのはクライミングのほんの一角なのだ、ということを思う。
 それにしても、アルプスの山といえば日本人はモンブラン登山ばかりの近ごろ、かつての盛り上がりを
思うと極端すぎる。日本のクライマーはアルプスを忘れてしまったのかもしれないね(というよりもかつ
ての先鋭クライミングがプツンしてから以降の市民クライマーはアルプスの楽しさをしらないのかも)。
アルプスには、夏だというのに!それこそロック&スノーのルートが無限にひろがっているのに。
 ヒマラヤは一ヵ月で一ルート、アルプスは一日一本、お手軽で快適、通えるエリアです。

6.21.1998

ヨセミテとスミス

初夏のヨセミテとスミス、ショート・ツアー
西海岸10日の旅
CATHEDRAL ROCK
 
メンバー:トミィ、ぴか、チュウ(この二人は切り離して呼ぶこと)
期間:1998/6/21から7/2

6/21成田発、同じ日の午前11時にはレンタカーでシスコのダウンタウンにい
た。
セーフウェイとREIで買い物をしてからマーセド経由でヨセミテを目指す。マリ
ポサ泊(マリポサ・ロッジ、快調な屋外のジャグジーバス付きで締めて$71)。
翌朝7:30にモーテルを出発。8:30にサニーサイド着、レジストレーション
をすます。入園料も$20にあがっていたが、キャンプ代も$1あがって$4(一
人一晩)だ。
テントを張ってから、GPエプロン西面へ出かける。強烈な日差しで、壁が鋼鉄の
ように輝いていた。5.7,5.6,5.6と3ピッチのTheGrack(★★
★)、さらに基部を辿ってCenterのHenlyDaly5.7,5.82P
(★★★)をルンルンで登った。
翌日、8時にサニーサイドを出て、ミドル・カテドラルのイーストバットレス(1
1p、5.10c★★★)に取り付く。ぴか、チュウがつるべで交代しトミィが終
始ミドルでフォローするスタイル。荷物はサブザック1つで、水3L、キャップラ
イト1、ウィンド・ブレーカーとスニーカー各自用、クリフバーを入れてあり、ラ
ストが背負って登るかときには、ロープで引き上げた。10cのポイントはボルト
に守られたマイクロエッジのフェースで、ぴかがリードしたがワンテン入った。
上部はピッチ間隔が判然としない。9Pか10P目のテラスからから上がガクッと
寝始めた。日は傾き時刻は6時。上へ抜けた場合、下降路で暗くなると思われたの
で下降することにした。同ルートに沿って50mロープ(ダブル)でフルレングス
の懸垂6回で取り付きに戻れた。サニーサイド21:00着。まだ明るくて助かる
。
翌、23日は寝坊する。午前中は、ツオラミグローブでセコイヤ見学。午後は、ビ
ジターセンターやアワニーで買い物。夕方、スワンスラブで5.9から10+の短
いクラックを登って遊んだ。
24日は最終日のクッキーに備えて、ショートで快適なルートをのんびり登ること
にした。まず、サニーサイド裏手のファイブオープンブックスで5.8,5.7,
5.93Pのコミットメント(★★)、3P目のルーフは豪快で、日本にあれば、
星三つはかたい。
次に、チャーチボールエリアで、ビッショップテラス(5.8、2P、★★★)、
チャーチボール・レイバック(5.8、★)を登った。
25日は最終日、ぴか念願のクッキーへ。気合い充分でアウターリミッツ1P目(
10b★★★)をオンサイト。チュウはキャッチー(10d、★★★)のRPを狙
ったが、上部で敗退。2フォールで抜けた昨年よりも悪い結果だ。
26日早朝サニーサイドを発ってバークレーに昼頃着。「Marmotto」で買
い物してから、サニーベイルの友達の家へ。
27日、朝一のフライトでポートランドへ。今度のレンタカーは小型でニッサン。
スミスへ向かう途中Mt.hoodに寄り道。2合目から上はまだ一面雪で日本人
のボーダーが大勢いた。
スミスには夕方5時頃着。ビバークエリアにレジストレーション(ただし、自己申
告)して、テントを張ってから、すぐ近くのピクニックエリアで食事をとる。キャ
ンプでは火を使ってはいけないことになっているからだ。
翌日9時にまず、モーニンググローリーWallへ。駐車場から5分下って川を渡
れば、延々と壁が続いている。モーニング・・・は比較的近い壁で、3つ星が固ま
っている。
まず、トミィが5.8のHop・On・Pop(★★★)、FiveGallon
Pockets(★★★)をオンサイト。特に後者は、「クラミング」誌でDon
’tMissとコメントされていたすばらしいルート。ぴかが、Gumby(10
b、★★★)、チュウはLightOnThePath(10a、★★★)をそれ
ぞれオンサイトした。
ランチを食べに一度車に戻って、日陰で昼寝。夕方4時頃から再び壁に向かう。
午後の部はクリスチャン・ブラザースで、ぴかが10b★★のDoubleTro
ubleを2テンで登
ったあと、チュウがIrreverence(10a、★★★)をオンサイト、ト
ミィがレベレーシ
ョンズ5.9★★★をやはりオンサイトした。
すぐ隣の、ダイヒードラルで、ぴかが有名なtoBoltor...やChain
Reactionに挟まれたWeddingDay(10、★★★)を2テンで抜
け、トミィがLichenIt(5.7、★★★)をオンサイト。
夜9時まで登ってもまだ充分明るいが、ものすごい日差しなので、脱水が怖い。ぬ
めりの影響するルートが多いのでこの時期はベストとはいえない。プロテクション
もボルトだからといって安易な気持ちで取り付くと大変。どのルートも1本目が遠
くて、その前で落ちるとただではすみそうもないし、しかもその手前ですでにルー
ト・グレードに近いムーブが出現することも珍しくない(スティック・クリップあ
り、ってトポに書いてあるし、使うひとも見ました)。
翌29日は、午前中しか登れないので、例外的にボルトルート星4つ(通常4つ星
はナチュプロのクラッシックにつけられている)のScreamingYello
wZonkers10bのある西面のメサベルデWallへ。
ぴかがこの有名ルートを一発で落とした後、チュウが隣の三星???10aを登り
、東面に戻って、トミィがBunnyFace(5.8、★★★)
をオンサイト、チュウがGumbyを登って(91年に登っている)、隣のZEB
RAダイレクト(11a、★★★)の遠い1本目にプリ・クリップしてぴかがリー
ド、おしくもワンフォールし、チュウはそこまでノーフォールでいったものの足先
にひどい痛みを感じて、ランナウトの3mを残してあきらめ、ここでおしまい。
Redmondのアランワッツおすすめ中華レストランでうまい(かな?)食事を
してから、この旅で初めての悪天、それにしても極端な悪天で、視界のないひどい
嵐のなかをSalemへ。6モーテル($48)から翌朝1時間でポートランド。
フライトは、シアトルで国際線に乗り換えて、翌7/2成田に着き、旅は終わった
。

参考までに、3人のクライミング・レベル。この1年で楽しんでいるグレードは次
の通りです。ゲレンデは小川、幕岩、城山、城ケ崎など(月平均2から4日)。ジ
ムはBigRock、Pump(週一目標)。

トミィ(30代前半、旅館業、主婦):5.8から10-まで
ぴか(30代、パタゴニア渋谷店長、山岳部出):10から11まで
チュウ(50、技術系、社員0の会社経営、山岳会出):10-から11-まで
   注:クラックルートは2から3ランク下です。

おしまい。

6.06.1998

YOSEMITEのマルチピッチ

YOSEMITEのマルチピッチクライミング
数ピッチのマルチでもなめてはイカン
 
go climb a rock!
 
1998.6.6-15
member
kurokawa
haneda osamu
ito kisya



6月6日
チケットの取り違いで、前日の便でサンフランシスコに入った羽やんと、無事空港で合流
。レンタカーを借りて、一日ドライブの練習をしていたとか。さっそくヨセミテ方面にむ
かう。バークレーのREIで買い物して、南へ。ソノラで観光してデイズインモテルに1
泊。

7日
シエラの空はどんよりとしている。12時、キャンプ4にチェックイン。第一区画にテント
を張ってラーメンをつくり、3時ころからエプロンへ。
5.6の三ツ星GRACK 3Pを三人でのぼる。曇り空だが濡れていないので快適だった。
8日
パッとしない天気だがときどき晴れ間がのぞく。クロちゃんとROYAL ARCHESのSERENITY CRA
CK AREA へ。SERENITY CRACK10dからson of yesterdayにつないでマルチピッチを楽しもう
という魂胆だったが、のんびり出発になってしまい、順番待ちもあって、登りだしたのが昼
過ぎ。1p目がピンスカーの悪い10aで、僕がリード、ギア不足でクライミングダウンして登り
返すなどして、2p目も10a、クロちゃんリードで、僕がフォローしたところで、10dを前に
今日はここまで。ということになったのだった。二人ともオンサイトで充実はしていました。
夜クマがでて隣の車のガラスがやぶられたりの事件あり。

9日 羽やんが、名門ヨセミテクライミングスクールに入るというのでその見学と取材。
スワンスラブでの講習会で、羽やんもクロちゃんもためになったとか。
ぼくはそのあたりのボルダーでクライミング。スペイン?の名クライマーがミッドナイトラ
イトニングを登るのを撮影した。
この日はたいへんよい天気でした。夜クマ出現するも撃退。
10日 もう一本トライと気合いが入っていましたがこの日はときどき小雨。レストの一日。

11日 今朝も冴えない天気。サンフランシスコへ戻る前にREED'S PINACLEを偵察、とでかける。
なんとか乾いているようなので準備してとりつく。とりつきまでのクラス3もわるく、
羽やんは取り付きで撮影。5.9のserenity crack directに黒ちゃんリードでとりつく。40m垂壁
に圧倒されるがワンテンでぬける。フォローのぼくはあらゆる汚い手段をつかってぬける。
テントをたたんでサンフランシスコへ。ミルブレアの香港楼でうまい食事をとりました。

12日 クろちゃんを空港まで送って、町にもどる。黒ちゃんは日本に一日いてシャモ
ニへ向かうとか。忙しいひとだ。ミュアウッズ公園を散歩したりしてミルブレアの王将で寿
司ざんまい。
13日 午後のUA機利用。14日、日曜日帰国、の予定がダブルブッキングで積み残され、
泣く泣くミルブレアに戻るはめになるとは予想外の展開。翌日ロザンジェルスに飛び
慰謝料300ドルの小切手を手にビジネスクラスで15日帰国。もうかったような損したような。
ヨセミテで今回みた動物。リス、クマ、アライグマ、コヨーテ、シカ。

5.23.1998

小川山の岩登り

小川山の岩登り、新ルートを登る
完璧な父をオンサイト!
 
CHOKAI peak
 
1998-5-23.24
KIM GROUPE
ちゅう、やっちん、くるみさわ、汽車

23日
9時半ころ廻り目平の駐車場に集合。
シーズン始めということで、去年秋に登ったガマスラブ2P目脇のエリアへ。
KC’Sバナナケーキ10a、ハート&ソウル等を登る。快晴であたたかく、気持ちよい。裸で
登るひとも。
左奥の、ごめんねエッちゃん10B、ウイスキーキャット10aも登る。
去年の10月10日のメニューとほとんど同じ。技術は間があいているせいか落ちている。


午後、父岩へむかう。
岩壁の父のとなりの新ルート完璧の父10bをのぼる。やっちんは上部で敗退。ぼくは去年ル
ート製作前にトップロープであっさリ登った覚えがあるが、今回は初リード。出だしは難し
い。1メートルほど右上のステップからでないととくにむずかしいだろう。そのさきのマン
トル部分は知らないと頭をつかうところだ。終了点ちかくがけっこうこまかい。10cといっ
てもおかしくないのでは? 
ロワーダウンでおりるが、うっかりしてビレイ環をロープがすっぽぬけ墜落。幸い怪我なく
すんでよかった。27メートルのルート長があるので、基本的にロワーダウンはヤバいのだ
。このルートは。

24日
母岩の新ルート、最左のサドンスラブ10aをのぼる。ボルト3本の短いるーと。けっこう難
しいかも。
小川山ストーリーへいくと、ヘンリーバーバーがきていた。写真をとったりして、彼の登り
をみる。ゆっくりと確実なうごき。
昨日カサブランカをヘキセントリック6個だけでオンサイトしたという。今朝はクレージー
ジャムをやはりヘキセンだけ使ってオンサイトしたという。
すごいおやじだ。
雨がふってきたのでかえる。
森光はバーバーにつきあって雨のなかいやいや小川山ストーリーをのぼらさられていたよう
だ。

5.05.1998

北ア・栂池-雪倉岳ツアー

北ア・栂池-雪倉岳ツアー
雪不足に泣く
 
yukikura peak
 
1998-5-2.5

メンバー 田中、岡本、榎本
5/2 天気 曇/ガス
栂池ゴンドラを降りて天狗原を目指す。林道は、かろうじて雪が残りシールで
歩いていく。成城小屋過ぎからガスが濃くなり、天狗原では視界30mほどか。
当初の予定である白馬方面は諦め蓮華温泉へ向かう。振子沢は前半はよかったが、
高度は下がるにつれ、雪がきれはじめる。雪のある所をつないで何とか林道に出て
蓮華温泉へ。すでに、かなりのスキーヤーが来ていた。

5/3 天気 雨のち曇
天候の悪化が予想できていたので、今日は休息日。蒲団と温泉と食堂
の間を行ったりきたり。

5/4 天気 晴
7時15分頃、雪倉へ向けて出発。他にはスキーを担いだ2パーティがいる。
雪のあるときは兵馬平まで滑るのだが、今年の雪では望むべくも無い。瀬戸川へ
降りるルートもやぶ漕ぎの様相であった。スノーブリッジは十分渡れたが、
周りを見渡しても雪が少ない。沢の狭い急斜面では、幅1m弱しか雪が残ってなく、
両側は穴が空き、その下では急流が轟々と流れていた。もし雪が切れてしまったら、
両側は高い岩場なので苦労しそうだなと思いながら慎重に通過する。さらに登り
やぶを乗り越えるとやっと雪倉の大斜面が一望できるようになった。先行していた
パーティーを追い越し、13時過ぎに頂上へ。

天気は素晴らしく、多くの山々の黒い姿(^_^;)が目に入る。この時期なら、もっと
白いはずなのに…。

他のスキーヤー達(20名くらい)の到着してきたので、真っ先に滑降を開始した。
雪が少ないとは言え、雪倉の東斜面は広い大斜面が続いている。ほとんど一気に滑り
降りる。沢に入り、雪渓の穴に落ちないようにターンを繰り返す。狭い部分の雪も
何とか残っていて、仲間のひとりは落ちそうになったが、無事通過。スノーブリッジ
からは、
板を担いで、温泉とビールを目指しての歩きが待っていた。蓮華温泉に16時15分
到着。

5/5 天気 晴
蓮華温泉の裏手から白馬大池を目指す。一部夏道を歩いたが、大部分は雪の上を歩く
事が出来た。白馬大池から更に小蓮華の手前、2600m付近まで登り、南側斜面に
滑り込む。斜度はあるが快適なザラメ雪であっという間に高度を落とす。平坦部に
出てから栂池自然園へ向かう。下りの林道は、所々雪が切れている。板を担ぎ、
ゴンドラ駅まで戻る。

 ( 榎本 康二   )

4.25.1998

シエラハイルート走破行

THE SIERRA HIGH ROUTE
シエラハイルート走破行

北田啓郎

PHOTO BY K-ITO 
 
期間:1998/4/25-4/30
パーティ:ベンジャミン バーディ、マット バーディ、糸尾希沙、真壁章一
          伊藤裕之、渡辺賢二、溝部克実、北田啓郎

日本に記録的な少雪をもたらしたエルニーニョは、カリフォルニアでは季節はずれの
大雪を降らせていた。4月半ばを過ぎてから、ハイルートもかなりの雪が積もったと
の連絡が入り、雪崩や、重いシエラセメントのラッセルなど、前途は多難そうだ。日
本チームはサンフランシスコでいつものようにフォードの15人乗りフルサイズバンを
借り、ヨセミテ経由でフレズノに向かう。本当はタホスキー場あたりで足慣らしをし
てからフレズノに向かう予定だったが、あわただしすぎるスケジュールなので、まず
はヨセミテ観光でお茶を濁すこととなった。ヨセミテは予想外に天気が悪く、気温も
低い。ヨセミテフォールの下にはまだ多量の雪が残っていた。

ハイルート走破の第一関門は、いかに入山下山の足を確保するかである。僕たちのと
った方法はいくつかある中で最も贅沢な方法だ。
まず2台の車で下山口のウルバートンまで行き、バンをデポしてくる。次にフレズノ
から軽飛行機で東へシエラを飛び越える。最後に入山口までは現地のバンサービスで
運んでもらう、というわけだ。飛行機代は1機$800、1人頭にして$180、日本の新
幹線や高速料金と比べ高い気はしない。
飛行機は双発のパイパー機2台。主翼のエンジンルームにスキーとストックがすっぽ
り入るのがとても便利だ。飛行機オタクのニシが珍しい小型機を見つけて興奮しなが
らシャッターを切りまくる。空港は宿にしたホリデイイン・フレズノエアーポートの
すぐ脇にあり、移動には理想的だ。

前夜は酔っ払いながら各自パッキングに努力する。徹底軽量化を自負する糸尾記者の
ザックが意外にも重いことがわかると、土壇場で酒を減らしたりしている。最も若手
のナベちゃんのザックが最も小さく、溝部氏から一言があったり、今回は皆いつにな
く重さにナーバスである。真壁氏、ベンさんは体力に自信があるのか、結構でかいザ
ックである。
シアトルから夜遅くにマットさんが到着。仕事が忙しそうで、ホテルに来てからどた
ばたと装備を点検している。マットの荷物は一番でかく、その中にはこれからお世話
になる貴重な装備がぎっしり詰まっていたのだが。

4月25日、出発の日、6:30起床。ホテルの甘すぎるドーナツとコーヒーで朝食を済ま
せ、ベンさんの車で3回に分けて荷物を運ぶ。パイロットは日本にも来たことがある
という退役軍人だ。
9:30、いよいよフライトである。飛行高度は4、5千メートルくらいか、登山者がいれ
ば見えるくらいにまじかに稜線を越えてゆく。先行した機とは少しルートが違うのか
、機体は見えない。僕の機はいちどエアーポケットに入り、シートベルトをしていた
にもかかわらずおもいきり天井に頭を打付けてしまった。
着陸地は、昨年も通ったインディペンデンス。シエラクレストを越えると、機体はお
おきく北に旋回し、はるか下方に箱庭のように見える滑走路をめがけて、高度を下げ
ていく。シエラ山脈の東と西では、景色がまったく違う。こちら側は、乾燥しきった
砂漠地帯、インディペンデンスはその中のオアシスである。
待ち構えていたバンサービスのトラックに荷物を移し、すぐに出発。すぐに埃もうも
うの砂漠の中の、ジープ路らしきを進む。
入山口はシムスクリークだが、地図で確認するとかなり山の近くまで入ってくれたよ
うだ。辺りはガラガラヘビでも出てきそうな砂漠で、トラックが2台デポしてある。
ここで最初のトラブル発生。真壁さんのストックがないのだ。共同で荷物の積み下ろ
しを繰り返したから、車か飛行機かに置き忘れたに違いない。車は行ってしまったの
でもはや戻る方法はない。ストックがなければ歩けない、真壁さんの頭の中は真っ白
になったに違いない。

しかし、神は真壁さんを見放さなかった。マットさんが出発前に悩んだ末、予備のス
トックを持ってきていたのだ。
                            ***
ひとりずつ準備が出来たものから歩き出す。山の上は雲がかかっているが、頭上は砂
漠の青空である。サボテンなどを踏みながら雪のない山路を歩く。徹底軽量化をはか
ったザックだが、一週間分の食料とスキーまで担ぐと、25キロぐらいあるかもしれな
い。クリークを離れ急傾斜をジグザグに登ると、やがて雪が現れ、スキーをはく。27
30mのシムスサドルにでると、目の前にMt.ウィリアムソン(4313m)が聳え立つ
。確かアメリカ本土で第2の高峰である。その右肩はるかに、明日越えるはずの第一
の難関、シェファードパスが望まれる。ここから幕営予定地のマホガニーフラットま
では予想外に長く、一度シェファードクリークに向かってかなり高度を下げ、再び登
りかえさねばならなかった。
                             ***
2日目は、シエラクレストと呼ばれる主稜線を越える難行が待っている。シェファー
ドパス、3600mである。
アンビルキャンプ手前の急斜面でロープを使用する。岩の迷路となっているモレーン
帯を苦労して抜けると、パスに続く急斜面が立ちはだかる。といっても最大傾斜40度
くらいだろうか、アイゼンピッケルを使用すれば難しいわけではない。しかし荷物の
重さと高度になれていない身には結構つらい。コンディションの良い者といまいちの
者の差は大きく出る。
真壁さんが最初から絶好調である。他を寄せ付けない速さで登ってゆく。糸尾記者は
半分ぐらいまでシール登高しきわどいバランスでアイゼンに履き替えている。マット
、ベン、ナベ、北田、ヒロあたりはまあまあの調子だが、溝部氏とニシが大きく遅れ
ている。溝部氏の昨年のあの馬力は何処へ行ったのだろう。ニシはまあこんなものだ
ろう。
登りきると広大な雪の砂漠のような地形が現れた。カーンリバーまでほぼ平坦か少し
下り。シールを剥がし、一人遅れているニシの姿を、はるか後方に確認しながらキッ
クアンドグライドで快調に先を目指す。少しでも下り傾斜だとスキーはほんとに楽だ
。
日が西に傾くなか、クラストがはじまった斜面をひとくだりすると、池のほとりに平
らな第2日目のキャンプサイトが見つかった。雪を掘り氷を割ると、うまい具合に水
が現れた。いつものように小型水浄化器で汲み上げる作業をする。まわりは樹林帯で
、日本でいえば黒部の源流でキャンプしている感じだろうか。陽が落ちるとあたりは
急速に冷え込んでくる。そんな中ベンとマットは最後まで外で夕食をとる。温度感覚
はアメリカ人と日本人ではかなり差があるようだ。
                            ***
三日目は第2の難関マイルストーンのコル(3900m)を越え、トリプルディバイドピー
ク下までの予定で出発する。ここからがハイルートの核心部である。シエラクレスト
の西、シエラのど真ん中にはしるグレートウェスタンディバイドをたどるからだ。1
、 2日前に通過したらしいシュプールがあり、気楽な気分で出発したが、地図をよく
見なかったのが災いし、かなり進んでから、一本南の谷に入り込んでいることがわか
った。周囲の景色は素晴らしく、このまま進んでも方向的にはよいのだが、たぶん最
後のつめが急で苦労するだろう。マイルストーンクリークとこの谷を隔てている尾根
の弱点を探し、そこを越え、正規ルートに出れないか偵察をする。尾根上に出ると、
反対側はかなり急ながけになっていた。アメリカの地図は、等高線のみで、日本のよ
うに岩記号がないので、行ってみないとスキーが使えるかどうかわからないのだ。

結局、マット隊は尾根を忠実に数百メートル下り、結構な急斜面をスキーで下降し、
トラバース気味にマイルストーンクリークの上部へ出るルートをとる。北田と記者、
ニシの3名は、尾根の手前のよい斜面をスキーでどんどん下り岩場のきれたところか
らマイルストーンクリークに回り込んだ。登り返しがけっこう長かった。正規のルー
トに出た時は、かなり時間が経っていた。今日中にマイルストーンのコルを越えたか
ったが、何か緊張の尾が切れた感じで、コルのかなり手前の池のわきで3日目のキャ
ンプとなった。
雲一つない晴天が続き、風もない心地よい春の午後、周囲の景色も申し分ない。休養
のタイミングとしては良い決定だろう。惰眠をむさぼる者、装備やふやけた足の虫干
しをする者、お茶にする者、さまざまだ。元気が余っている若手のナベとベンがスキ
ーを始めた。荷物がないと気持ちよさそうだ。ナベが目の前の岩に挟まれた少クリフ
に挑戦しようとしたが、土壇場でチキン状態になってしまった。MSRストーブの通を
自任するニシのXGKがこの日不調になった。あれこれいじっても直らない。お湯も作
れないで困っていると、マットがそのでかいザックの中から、なんとスペアのコンロ
を出してきた。マットは寡黙な男だが、実に頼りになる。
                             ***

4日目。今日こそ核心のグレートウェスタンディバイドをぬけ、ハイルートの後半部
に入ろうと、勇んで出発する。東面に向くマイルストーンクリークは早くから陽が差
し、アンダー1枚で歩いても寒くない。ナべがオーバーパンツを脱ぎ、パンツスケス
ケのアンダータイツ姿で歩き、顰蹙を買っている。

コル手前までに2ピッチ、傾斜がきつくなる手前でアイゼんにはきかえ、急な雪面を
トラバースする。コル自体は狭い岩尾根で、反対側はマイルストーンボウル。出だし
は40度くらいの急傾斜である。
ザックが重いので、とても華麗なテレマークターというわけにはいかない。慎重にデ
ブリを避けトラバースし、途中から気持ちよくターンをきめる。あまり下りすぎない
ようにし、トラバースに入る。稜線の下の急なカールの側壁をひたすら斜滑降する。
その先コルビーリッジを越える場所を探し、再び迷ってしまう。比較的上部の急な雪
面をアイゼン登高するか、岩場を下方まで回り込みスキーで越えられそうな弱点を探
すか、意見が分かれた。結局かなり下までスキーで下る案を試みたが、回り込んだ先
が岩壁で越えられそうにないことがわかり、昨日に続きまたまたシールで谷を登り直
す。リッジを越えられず、この日も核心手前で時間切れとなり、3300m地点でキャン
プにする。ハイルート手強し、といった感じだが、天気がよいので、悲観した意見は
出ない。明日こそ、である。
この辺りは熊の新しい足跡がたくさんあり、食料はまとめて木の上に吊るした。
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5日目。東に面した谷なので、早くから陽が差し、尾根の上部も輝いている。コルビ
ーリッジの乗っ越しは見た目ほど悪くなかった。 尾根上の出たところは約3650mの
地点。広い尾根で、ここからスキーが使えそうだ。スキーを付ける。少し下ってから
、再びえんえんとカールの側壁をトラバースである。はるかかなたに見えたトリプル
ディバイドピークがどんどん近づく。山容とそのこなし方にようやく慣れてきたせい
か、今日は行動が順調だ。 

トリプルディバイドパスまではシールで達する。反対側は岩交じりの急斜面。偵察の
結果スキーで滑降可能と判断し、岩の間で慎重にスキーを履き、思い切ってジャンプ
ターンで1回転する。雪は硬いが、エッジは効き、2,3回転するうちに傾斜も落ち
てくる。すぐ下がグレイシャーレーク。ようやくグレートウェスタンディバイドの山
場を越したので、ここで行動食を食べながら今日の行動予定を話し合う。予定より1
日遅れているのと、天候が崩れた時のこの先の行動を考えへ、今日は頑張ってロンリ
ーレイクまで足を伸ばすことに決定する。
ライオンレイクのコル下へ降りるのは、アメリカチームは岩場の下の急斜面をスキー
で回り込み、日本チームは岩場の上から岩交じりの急斜面をアイゼンで下った。ニシ
が不安定な雪を踏み外し、危うく谷へ転落しそうになり、一同肝を冷やす場面があっ
た。  
行く手にはクラウドキャニオン上部のとてつもなくでかいカールが広がっている。1:
30、巨大な二つのカールをトラバースしなければ、今日のキャンプ地はない。クラウ
ドキャニオンはシールでひたすら歩き、カッパーマインパスはアイゼンで登る。デッ
ドマンキャニオン側は急だがスキーで下れそうだ。トラバース気味にひとりひとりス
キーを滑らせて行くが、最後のほうは上層の雪が落とされて固いクラスト面が露出し
、谷底へ落とされそうなトラバースであった。

デッドマンキャニオンは半分までシールなしで滑れたので時間が稼げた。特徴あるフ
ィンパスをスキーのままで乗り越すと、今度は先ほどまでと逆の方角に開いたカール
に出る。その真ん中がロンリーレイクだろう。もちろん今は雪の下だ。
低い樹木が出てき、山場は越えたことを実感する。トラバースばかりでうんざりして
いたが、ここはキャンプサイトまでいっきに滑れそうである。一人二人とスキーを下
に向け、思い思いのシュプールを描く。雪質は柔らかめのコーン。最高の気分だ。17
時、陽はまだ十分に標高3200mのキャンプサイトを照らし、風もなく、空には長閑な
お天気雲が並んでいる。
これで5日を無事消化、残るは2日だ。ぼちぼち余りそうな食糧を整理するものも出て
、気分は一路下界とビールへ飛んでいる。前半やや不調だったニシと溝部氏は調子を
戻し、代わって伊藤記者が胃炎で調子をおとしている。絶好調は真壁氏とマット、そ
の他はまあまあの調子だ。
マットがしぶとく水の湧き出ているところを発見したので、炊事はぐんと楽になった
。大きな岩の下を、耳を澄ませると確かにちょろちょろ水の流れる音がする。浄水器
の管を隙間に落とし、ポンピングするとおいしそうな水がボトルに溜まっていく。ポ
ンピングをボトル3本もやるとさすがに腕がパンプしてくる。ニシと二人で鼻水凍ら
せながら、皆のボトルに水を溜めるのに30分以上かかってしまった。それにしても、
春のシエラでは小型浄水機は必携品だ。僕の使用しているなはスイートウォーター・
ガーディアンというモデル。コロラド製だ。ポンプがテコの利用で使いやすい。
                           ***
6日目。今日の予定はペアーレイクハット周辺まで。基本的に下りだから気分はるん
るんだ。いよいよ高山地帯を離れる日だ。さびしくもあり、うれしくもある。
下り気味のトラバースからテーブルランズに登るが、谷を隔てた南側は、グレートウ
ェスタンディバイドの高峰が重なるように連なり、眺望は並外れたものだ。
ペアーレイクハットへ導かれる谷に入るまで、かなり複雑な地形のためルートを探す
のに苦労したが、ルートがはっきりすれば、後は速い。マットを先頭に緑が増えてき
た広い谷をぐんぐん滑り下る。
雪の腐った急斜面に思い思いのシュプールを描くと、小屋である。ペアーレイクハッ
トはレインジャーの小屋で、一般の宿泊はない。周りをアルプス風の岩峰に囲まれた
瀟洒な山小屋だ。
小屋を過ぎると樹林帯だ。最終キャンプの場所はこの辺に予定していたが、皆の足は
下へ向いたまま。このまま後数時間下れば、ハイルートの旅は完成するのだと考える
と、ここで泊るという主張にほとんど説得力はなかった。
 雪の腐った樹林帯をわれわれはひたすら下りつづける。苔むしたセコイアの樹林は
 結構長かったが、結果、2日分を1日で滑り降りてしまう。
16:35、一人の落伍者もなく9名はウルバートンの駐車場に残した懐かしいフォードの
前に滑り込んだ。
シエラハイルート、シエラバックカントリーツアーの最終目標と言われるコースに、
好天に恵まれ、僕たちはまんまと成功した。(北田啓郎、1999/1/11)

4.22.1998

ハイシエラのスキー縦走

THE SIERRA HIGH ROUTE

ハイシエラのスキー縦走
奇跡の晴天、天はわれらについた
  
Skiing and camping at Mileston basin
 

1998-4-22.5-7
メンバー 北田、溝部、真壁、渡辺、西原、ひろゆき、ベン、マット、汽車

昨年に続きカリフォルニアのシエラに春スキー遠征することになった。
メンバーは昨年とおなじ。さらにベンちゃんのお兄さんマットも参加するという。総勢9人の
大部隊だ。日米合同ハイシエラ横断隊と名前をつけておこう。
ヨセミテ見物などしながらサンフランシスコから南下。フレスノでバーディ兄弟と合流。
4-24
前日、V8の14人のりの巨大バンをセコイアナショナルパークの入り口ジャイアントフォレス
トに置く。何日かのちにここに下ってくることになる予定なのだがどうなることやら。マーキ
ュリーというロコ航空会社の小型機2台をチャーターしてフレスノから編隊飛行でシエラを東
にひとまたぎ。45分のフライト。もどりは1週間の予定。1600ドルのチャーター代だ。
インデペンデンスの飛行場で予約していたトラックに分乗してシムズクリークのトレイルヘッ
ドへ。11時には歩き出していた。砂漠からのスタートだがやがて雪が出てくる。20キロ近
い重荷と高所のせいか足取りは鈍い。先が思いやられる初日ではある。2700メートルのマ
ホガニーフラットまで、6時間ほど。水がとれるのがうれしい。ウイリアムソン山が大きい。
ウイスキーをなめてテントにたおれこむものも。ぼくは調子がよい。

4-25
シェパードパス越え。いきなり3600メートルの峠越えで、高所に弱いものにはアゴがでる登り
だ。朝晩の寒さは格別だが日中の暑さも格別。長いゆるい下りに入り、カーンリバーに滑り込
む。行動時間8時間。バテ気味。ぼくは調子よし。

4-26
朝いちで登り始めたマイルストーンクリークが、枝沢で間違いと気がついたのが11時ころ。
ひと尾根まわりこんでマイルストーンベイスンにたどりついたのは2時ころ。きょうはここで
テントを張ることにする。とてもこれから4000メートルちかいマイルストーンパスを越え
られるものではない。シエラ山中の無名湖畔の快適サイト。くらくなるまでのんびり過ごす。
連日の好天が救いだ。今日の行動時間5時間。

4-27
本日も晴天。マイルストーンパスを超える。峠直下のカールの急斜面を快適のすべる。カワエ
ピークからのびる大きな尾根をこえる場所がわからず、うろうろしているうちに日がくれてく
る。どうやらかすかなトレイルがみえるヤバそうな斜面をこえるらしいと分かったところでテ
ント泊。熊の足跡があるので完全なベアぷルーフを実行。行動時間7時間。
2日間で予定の1日分も消化していないのであせる。連日の好天が奇跡のようだ。ぼくは胃の
調子がよくない。

4-28
早起きして、真壁絶好調で問題の急斜面をこえる。巨大なカールを大胆にトラバースしてトリ
プルディバイドパスへ。パスをこえると再びカールの急なすべり。気合いで滑る。さらに長い
ゆるいトラバースがあり、アイゼン、ピッケルをつかった登り下りがあり、さらに超巨大なカ
ールを等高線ぞいにトラバースして、三たび峠をこえ、さらにもっと巨大なカールを4、5キ
ロか、大トラバースしてパスをこえロンリーレイクに滑り込む。いっきにきのうおとといの遅
れを取り戻した勘定だ。数日まえのかすかなトレイルがあるおかげ。奇跡の晴天のおかげ。じ
つはこの先行するトレイルを怪しいものとして見ていたわれわれだが、このころには、これは
経験深いガイドに率いられたパーティのものであろう、と確信する至る。
ロンリーレイクからは遥か西に海岸平野のひろがりが見える。先がみえた感あり。胃の調子最
悪で、さけ茶漬けでしのぐ。酒ものまず。持病の胃炎らしい。きょうも人にあうことなし。

4-29
奇跡の晴天はきょうも続く。とはいえ昨夕のうろこ雲といい、きょうの北の雲といい、そろそ
ろ悪天のきざしがのぞきはじめている。
地図をみて先行のかすかなトレイルをみてわれわれはすすむ。立山弥陀ガ原の数倍の大きさは
あるかと思える巨大複雑地形を紆余曲折して進む。昼ころにはペアレイクのレインジャーステ
ーションに到着。さらにひと登りしてヒーサーレイクへ。
荷物も軽くなったいきおいでルート最後のハンプの急登をこえ、2日分を1日で稼ぐ自信がつ
いたわれわれは、雪崩のように、V8バンのまつジャイアントフォレストへと滑り込む。あっけ
なく駐車場に着。16時。意外とらくな最終日だった。ここでテント張るのもまぬけと、スピ
ードドライブでフレスノのトラベルインにチェックイン。シャワーをあびて近所のファミレス
で祝杯をあげたのは22時。

天はわれわれに味方した。
翌朝から帰国までの数日間、カリフォルニアはここが常春の国かとおもうほどの梅雨寒の雨ま
じりの毎日だったのだから。
このシエラハイルートは、熟知者が好天を狙って軽装で快走すればおそらく4泊5日で抜けら
れるかもしれない。ただし悪天に捕まえられたら当分帰ってこれない可能性はある。なにせエ
スケープルートなし、避難小屋なしなのだから。さらに、一旦降雪があれば、行程の半分以上
をしめる大トラバースルートは雪崩の巣となるのも間違いないだろう。以上、ぼくの感想です
。

バーディ兄弟と別れ、余った日々をわれわれタホ方面へのドライブとしゃれるが、天気悪く、
ヘブンリーバレーでもスキーせず、各地のアウトレット荒らしで過ごす。サンフランシスコの
ユニオンスクエア周辺での活動がわれわれのフィナーレともいうべき行動だったといえよう。