7.03.2000

WASHINGTON COLUMN YOSEMITE

WASHINGTON COLUMN SOUTH FACE IN YOSEMITE
たいへんだったあ

WCSF
 
FIRST MAIL FROM CHU SAN

『WCSF、6PでQuiteのご報告』

7/3、午後2時取り付き。3Pこなして、ディナ-ズ・レッジでビバ-ク。
7/4朝6:00、すぐ頭上のハング、レイトン・コアの”コア・ル-フ”に。

4,5,6P、すべてpikaリ-ド、chuクリ-ニングで間を空けず登りまし
た。
また、4Pを越えた時点からバレ-ウィンドが非常に強まりました。
暑さで苦労するどころか時季外れの寒気で、ビレイをしている間、歯がなりっぱなし
でした。
6Pのビレイスタンスに着いたときにはすでに15:00。

ここまでで14時を廻っているようなスピ-ドでは、このル-トを登る資格がないの
ではないかって
前の晩に2人で話してもいました。目標にしていた終了点に明るいうちに(21:0
0まで)着ける確信も持てなくなりました。

また、この時点で2人とも予想以上に消耗していることに気付きました。
さらに、chuに駄洒落が出なくなったのが決め手で(ガハハ)、迷う間もなく敗
退。
残す5Pは手頃なフリ-が続くようでしたが、再度のトライを期して、そこから引き
返しました。
(降りるのだって良い経験になりました)

なんと云っても登攀にかかった時間(6Pに正味14H40M!!)にガックリして
しまいました。
核心の4,5,6PにFIX張って、翌日ラッシュっていうことも思いましたが、
このやり方(技術面ですが)がいま一つ飲み込めず、お互いのコンセンサスももてな
いので、今回は却下。

また、2つのチ-ムのスマ-トなスタイルを目にしていて、頭のどこかで、たぶんこ
れが気になっていました。
一つは3人で、午後遅く取り付いて、翌朝早く抜けたと思われます。
もう一つは徹底軽装の2人で、僕らとほぼ同じタイミングで取り付き、なんと、僕が
3P目をリ-ドしているときに
すでに、終了点に達して同じ場所を懸垂で降りてきたんです。

今回は失敗でしたが、得ることの多さにびっくりしています。
なんといっても、修行が圧倒的に足らないのは明らか。
ああすれば、こうすればと思うことが多く、次につなげることができれば良い経験で
した。
(それにしても、もう10若ければなあ~~って思っちゃいます・・・
pikaに依存してしまう部分が多すぎるのは、僕自身の課題です)

でも、失敗はカッコ悪いですが、じつは割と満足しちゃってます。(たぶんpika
も)
たぶんいまの段階でできる最大限のことはやったなあっていうところでしょうか。

chu



REPORT FROM HIKARI MORI

ヨセミテ・ワシントンコラム・サウスフェースルート
2000年7月3日、4日
メンバー:忠+ピカ

7月1日 日本~サンフランシスコ~マリポサ
バークリーでREIとマーモットで買い物。ChuマーモットでTNFのホールバッグ(40
L)を買う。
マリポサは観光客が多く、モーテルが空いていない。やっとのことでComfort Innに
3人
で泊まる。

7月2日 マリポサ~ヨセミテキャンプ4
混雑を予想して、朝4時に起き6時にはキャンプ4の受付に並ぶ。ただ、テントサイ
トは
思ったより空いていて、その日並んでいた人は全員サイトをもらえた。
午後からワシントンコラムの取り付きへ偵察。アワニーホテルの駐車場から10分ほ
どで、
Pine Campgroundへ着く。その先2分ほどで小さなケルンがあり、そこがアプローチ
の
入り口である。取り付きまではケルンに導かれていく。道はガレ場だがそれほど悪く
ない。
夕方、スワンスラブでトラバース時のクリーニングの練習。Chuが予備ロープで懸垂
をし
てみた。

7月3日 キャンプ4~ディナーレッジ
昨日の偵察の時にとても暑かったため、水を当初の12Lの予定から15Lに増や
す。も
ともとChuのホールバッグとピカの50Lのザックで行く予定だったが、全然荷物が
入ら
ないので急遽マウンテンショップにもっと大きいホールバッグを買いに行く。
結局、40Lと60Lのホールバッグで行くことにする。
アワニーホテル 11:50
ホールバッグを背負ってヨタヨタと歩く。荷物が重いので、モモにもサポートに来て
もら
う。取り付きまで最後はアストロマンやプラウの下部をトラバースする。
取り付き 13:00
クライミング開始 13:50
とにかく荷物が多く、クライミングの準備で一苦労。その間に2人組のスピードクラ
イマ
ー達はさっさと登り始める。ギアも少しだし、背中にはハイドレーションパックのみ
を背
負っている。
1P フリー 5.8~5.6(ピカリード)
簡単だが、山ほどギアを持っているのでしんどい。傾斜がないのでホールバッグが
引っか
かてこまる。1Pの終了点から2Pの取り付きまでテラスになっていて、ホールバッ
グを
移動するのに時間がかかる。
2P A1 (ピカリード)
綺麗なフィンガークラックを人工で登る。簡単だが時間がかかる。二段になってい
て、そ
こでホールバッグが引っかかる。フォローは予備ロープの処理が面倒くさい。
3P フリー 5.8 (Chuリード)
出だしはフレーク。溝状の岩を登ってディナーレッジの右端へ。ここでもホールバッ
グが
引っかかる。ディナーレッジの安定した場所へは5mほどトラバースしなければいけ
なく
て、ロープをフィックスしてホールバッグのセルフを取りながら移動する。
ディナーレッジ 19:20
頭上にコア・ルーフが見える。時間が遅いのでフィックスはできず。
ディナーレッジは四畳半ほどで快適だった。我々以外に誰もいなかった。セルフビレ
イを
とらないでも安心。ギアの整理、夕食の支度をしているとすぐに日が暮れてしまっ
た。今
日は半日行動で風も強く水をあまり飲まなかったため、水が余ってしまった。10時
半に
寝る。

7月4日 ディナーレッジ~6P目~懸垂下降で取り付き
朝4時に起きるつもりが、時差ボケで2時半に目が覚めてしまう。5時くらいから明
るく
なり、6時に登り始める。
4P 5.6~A1 (ピカリード)
最初の20mほどは簡単なフリー。コア・ルーフはばっちりボルトが打たれていて安
心。
エイダーの掛け替え。コア・ルーフの上は右上しているクラックでA1。リードに1時
間
ほどかかる。このピッチから傾斜がきつくなったせいか、ホールバッグが引っかから
なく
なる。
5P A2 (ピカリード)
4Pの続きのクラックを5mほど登ったあと、小さなルーフの乗っ越し。ボルトが打
たれ
ていて安心。そのあとA2のワンムーブ。エイダーの最上段でも残置スリングに届かな
く
て、ボルトの頭に乗りデッドポイントでスリングをつかむ。そこから5mほど左にト
ラバ
ースして、ペンドラムへ。3mほどの振り子で大したことなかった。懸垂の支点を後
にし
て、再び左上クラックへ。これはA1なのだが、先が見えなくてずいぶん迷いながら登
る。
ここでとても時間を使ってしまった。結局左上クラックの途中から細い垂直のクラッ
クへ
移り、さらに右へトラバースするとやっと終了点が見えた。ルートファインディング
に苦
労した。リードに2時間半かかった。
6P A1(ピカリード)
このピッチはバーチカルのシンクラックが続く。ストッパーの#4~7くらいが良く
決ま
る。もちろんエイリアンも有効。特にハイブリッドエイリアンが効いた。風が強くな
り、
エイダーがグルグル回ってしまって登攀スピードが落ちる。50mフルのピッチでと
ても
長く感じた。リードに約2時間かかる。
このピッチをChuがフォローし終わった時には午後3時になっていた。これからフ
リー主
体のピッチが続くのでスピードアップは見込まれるが、2人とも寝不足も相まって疲
れて
いたので懸垂で降りることにする。
まず、ホールバッグの下に予備ロープを付け、支点に固定して最初の人の懸垂ロープ
とす
る。シングルでの懸垂は気持ち悪いので、メインロープも支点に固定してダブルで懸
垂す
る。最初の人が支点に降りたら、上に残っている人が予備ロープの固定を外す。さら
にホ
ールバッグの上に付けたホールロープ(スタティック)をビレイして、ホールバッグ
を下
に降ろす。下のの人はホールバッグの下に取り付けた予備ロープを引っ張って荷物を
下の
支点に導く。このときホールバッグの上下にロープがある形になる。無事ホールバッ
グが
下の支点に着いたら、上の人はスタティックロープとメインロープをつかって懸垂す
る。
懸垂の支点はばっちり。風が強かったが、懸垂自体はスムーズだった。ディナーレッ
ジま
で懸垂3回。
ディナーレッジ 17:00
ディナーレッジで余分な水を捨て、ホールバッグを背負ってさらに懸垂2回。2P目
と3
P目はまとめて60mで懸垂できた。
取り付き 18:30
また来た道をヨタヨタとホールバッグをかついで降りる。下のPine Campgroundでモ
モ
が待っていてくれた。

今回の反省点:
? とにかく2人とも初めてだったので不慣れだった。特にピッチとピッチの間にかか
る
時間(ビレイ点での作業など)に時間をとられてしまった。
? 水、食料共に多すぎた。水は12Lの予定を15Lに増やしたが、12Lでも多
かっ
た。初日が半日行動だったので10Lでも良かったかもしれない。食料も持ちすぎ
た。
昼飯はクライミング中に食べているヒマがあまりない。そのかわりもっとお茶を持っ
ていた方がよかったかも。
? ギアが多すぎた。これは結果論なので最初からギアをミニマムにすることは不可能
だ
が、ストッパーの大きいサイズは1セットでオーケーだし、ブラスナッツやフックは
不要だった。ただし、7P目以降に必要になるかもしれない。
? 練習不足だった。2人とも認識が甘かったと言えよう。初心者ルートだから大丈夫
だ
ろうとタカをくくっていたところがあったかも。所詮われわれは初心者にすぎなかっ
たと言うことか。当たり前のことだけど。

忠さんの報告では「失敗したがわりと満足している」とありましたが、私は実はあん
まり
満足していません。もちろん準備も充分しないで結果が出ることはあり得ませんが、
今回
はやっぱり完全に失敗だったと思っています。これが現在実力なんだからしょうがな
い、
ということも理解しています。6P目の終了点で降りてきたのはあの時点で最善の判
断だ
と思っていますが、あのあとずっと「なんであそこで降りてきてしまったんだろう」
と思
い続けているのも事実です。でも何でそう思うのか理由は分かりません。
降りる時点では4~6Pをフィックスすることは思いつきませんでした。あとでそう
いう
チョイスもあったなあと思ったのです。あのときフィックスというチョイスを思いつ
いて
いたら、その選択肢をもっと検討していたかもしれません。水も食料もたくさんあっ
たし。
でもお互いあのときは懸垂で下ることしか頭になかった。2人とも次の日登ることも
検討
しないで降りたことが、満足できない理由かもしれません。

SECOND REPORT FROM CHU-SAN


BigWallでは、ふつう、リード、フォローっていうふうにはしません。傾斜や
スケールが厳しくて全体の行程も長くなりますからモノが増え、その分の荷揚げが入
る訳です。そのために、独特なシステムがとられています。
リードしたひとはビレイ点に着くと、メインのロープをまず、FIXします。そのF
IXを使って、途中に残されたナッツやカムなどを回収(クリーニング)しながら
ユマールでセカンドが登る訳です。リードしたひとはその間に、ホールバッグを引き
上げ、次のピッチのためにロープを整理したりします。

ほとんどのひとは最初は経験者とパーティを組むと思います。でも、僕らのチームの
特徴は、なんといっても2人ともbigwallについては完璧な初心者だという点
です。漫画みたいですが、アンチョコ(教科書のコピー)をチラチラやりながらの登
攀でした。
でも、二人を悩ませたのは、教科書には表現されない、些末な細部についてでした。
たとえば、いったんビレイ点に固定したホールバッグを空中でどうやって切り離すの
か・・といった風なことです。こういう難問は、実際にやってみると次々と生まれま
した。あまり落ち着けない場所での話ですから、ない知恵を振り絞ってやってみた方
法が正しいやり方なのかはまだよく分かっていません。この記録を読んで気づいた方
がおられたら是非教えてください。おいおい、そいつはヤバイやり方だぜえ~、と
か、こらこら、もっとラクチンなやり方があるぞぉ、などと指摘していただければ大
変ありがたいと思います。

結果的にpikaがリーダー、僕がクリーナーになっちゃいましたが、プランでは、
できるだけ半々、ツルベでって思ってました。でも実際には、それって大変
でした。(J.ロングやミッデンドーフの教科書も、岩雪の連載も、保科さんの本で
も、ガメラのCJでも、リードは1日交替とか、5,6Pまとめてから交替とか書い
てありました。ツルベは効率が悪いって)
というのは、クリーニングって割とシンドイんです。息切らしてテラスにつきますか
ら、さあリードっていうふうに気持ちも体もそう簡単に切り替えられないっていう訳
です。それと、クリーニングにも侮れない技術、パワーが要求されました。

1P目は5.8のフリーでしたからギヤが少ない分、クリーナーには手慣れたユマー
ル操作が要求されます。僕らの前を掠めていったパーティは、ホールバッグを持たな
い徹底軽装でしたのでクリーナーはユマールを”チィチィパッパ”方式(ユマール2
つにそれぞれエイダーを付けて、両足をそれぞれのエイダーに乗せたまま、体重のわ
ずかな移動で駈けるように上がって行く高効率な方法で、僕が勝手にそう呼んでい
る、ホントは何ていうんだろう?)
で、素早く上がって行きました。

僕はというと、pikaが書いていたとおり、途中でひっかかったホールバッグまで
昔ながらの方法で、グィッグィッって上がって行き、ホールバッグを動かし、pik
aに合図します。
こういう悠長なスタイルですから、びっくりするほど時間が掛かった訳です。ホール
バッグは上に大(65L?)、その下に小(40L?)を連結して1単位としました
ので、これもひっかかりやすい原因だったかも。ひっかかった場合にクリーナーが
ホールバッグを下からコントロールできるように、第3のロープが僕とつながってい
ます。

このロープは、全体を通じて、僕の悩みの種でした。クリーニングしていく
間、このロープを無闇に放置しておけば、どこかにスタックして、とんでもない事態
を引き起こすかもしれません。それで、このロープもメインロープと同じに、数メー
トル上がる毎にエイトノットでハーネスにかけていきました。お陰で腰回りはモコモ
コになっちゃいます。

ところでメインロープはユマールで上がって行くときに、5mくらい毎に、エイト
ノットで、ハーネスに連結していきます。これは、ユマールがはずれた際のセルフビ
レイの意味があるそうです。この高説にははじめ、びっくりしました。だってユマー
ルが2つ同時にはずれる確率なんて・・・って僕は思っていましたから。実際、僕は
昔からそんなことなどまったく気にせずやってきました。
でも、岩雪の連載には確かに、pikaが云ったとおり、これをしないのは自殺行為
だって断定的に記述されていたんです。

それで、このことが、4,5,6Pに3本FIXしていったん降り、翌日ラッシュを
かける戦術を選択しにくい状況を生みました。3本FIXしちゃったら、ユマーリン
グ中のセルフってどうすんの? まさか、プルージック? それじゃチィチィパッパ
なんて意味ないじゃん。プルージックのスライドって結構面倒だし。誰かおせえて!

さて、2P目のシンクラックはまっすぐでしたからクリーニングはそう苦労しませ
ん。3P目はやはり5.8のフリーで傾斜もなくラインも素直じゃないので、ホー
ルバッグはよくひっかかりました。ここだけ例外的に僕がリードしました。
この3Pをテストケースと考えていた僕は、かかった時間以上に、自分の能力に疑問
を感じてしまいました。ロープは踏むは、手順が抜けるは、あれもこれもでたらめ
で、さらに上へ仕掛ける資格があるんだろうかって。まったくがっかりするような1
日目でした。

翌朝、4P目のコアルーフをpikaがリードします。このピッチのクリーニングは
曲者でした。ハングからルーフの上へ抜けますが、抜けたところはクラックが右上に
向かっています。しかも急に傾斜が落ちていて、上半身がルーフの上に出たところで
ユマールがスタックしてしまい、足がハングの内側に入り込んで、荷重が容易に抜け
なくなってしまいました。
そこで、エイダーを2本使いました。1本は下側のユマールに、もう一本は、クラッ
クの右
寄りに入っているストッパーに直接かけて、ここで体重を一瞬抜いてロープを持ち上
げ、素早くユマールをシフトすることができました。

ルーフや、トラバースのクリーニングは手順が大事です。基本は、1で、上のユマー
ルをランナー直下にスライドし体重をかける、2で下のユマールをそのすぐ下に。3
でフィフィを下のユマールのビナに。4で、メインロープを目の前の高さでエイト
ノットにして、ハーネスのビナに。5で、上のユマールを外し、ランナーの上側、で
きるだけ遠くへ素早くセット、体重をかける。6で、ギヤを外す。

最後の6が問題でした。というのは、ハングやトラバースでは、リードは、ロープの
流れを考えて、長いランナーを使うからです。ランナーよりも上のユマールに体重を
掛けた状態では、体はギヤのセット位置から離れすぎていて、どうやっても外したい
ギヤには手が届きません。
ルート全体を通じての核心部と云われている5P目は、まさにこういったクリーニン
グの連続でした。

それと、トラバースのユマーリングでは、ユマールからロープが外れることがあっ
て、ビナでメインロープとユマールの下端の穴を連結しておくように教科書に書かれ
ていました。しかし、ある先輩から、その絵とは別に、ユマールの上端の穴で連結す
る方が確実だと教えられました。それで、僕は先輩の方を採用しましたが、何かの拍
子にこのビナがユマール本体をすっぽりくわえてしまい、しかもその一端がカムをわ
ず
かに押してしまう位置でロックしてしまう、という恐ろしいことが起きました。
ユマールは完全に機能を失ってしまい、僕はただ1つのユマールにぶらさがったま
ま、ハンマーでこのビナを外さなければなりませんでした。当然、これ以後、この方
法は止め、教科書に従いました。

pikaがリードしている間、僕は、思ったよりも温度の低いバ
レーウィンドにさらされて、じっとしていることに耐えられなくなってきていまし
た。しかもこの忌々しい風はみるみるうちに強くなってきていました。
気の遠くなるような時間が過ぎて、やがてpikaの元気なコールが聞こえてきまし
た。やったなあ、よっしゃ、今度はオレの番だあ。
まず、ホールバッグを中間部まであげてもらいます。ガイドロープの余っている分で
途中の振り子を懸垂するためです。”行くよぉ~”、寒くて、舌の回らない返事しか
できなくなっていましたが、とにかく、僕はこのピッチのクリーニングにスタートし
ました。

ハングから左へ、ロープは真横に流れています。どれも長いランナーで、しかも、間
隔も近いとはいえません。手順を口に出して一つ一つ間違いのないように潰していき
ます。例の最後の6ですが、ギヤがキャメやエイリアンなら、ランナーの下側のロー
プを引いて体をギヤ側にいったん寄せて、素早くレバーに指をかけ、そのまま、体重
をユマールに委ねれば、外れました。ただし、体は次の支点を中心にした円運動
で大きく振られます。この”振り”を読んでいないと、”飛ばされる”感じになっ
て、ちょっと怖い思いをしそうです。でも、これはすぐ慣れました。足が壁に着くよ
うな場所なら壁を少し走れば良いだけです。

残置のアングルやボンボンにセットされたスリングを外すのが面倒でした。ことにタ
イトにかけられたスリングを外すときは、回収したキャメをすぐ近くのクラックに
つっこんで、いったんエイダーに乗り込んでから回収しました。
この地点は、回収も難しいらしくて、残置も大変多かったと思います。でも、なんと
かがんばって、全部回収できましたので、自分でも結構いい気分でした。心配だった
振り子は、幸い小さく斜め下への5m程度の懸垂で、楽勝でした。

トラバースから振り子を終えて、ロープが真上にのびる地点にさしかかりました。p
ikaにはホールバッグを完全にあげてもらい、僕は、pikaのあとを丹念に辿り
ます。残置のコパーやリベットにストッパーのワイヤーをかけていたり、pikaの
頭がフル回転だったろうことが分かりました。エキサイティングな素晴らしいピッチ
だったろうと思います。
また、ここら辺は次のクラックまでのブランクセクションで、フックも使える
ところなのではないかって思いましたが、pikaは使わなかったそうです。

ほとんどのナッツは、手で引き上げたり、ナッツキーでこつこつたたけば抜けまし
た。どうしても抜けない場合、ハンマーを使えば、問題なく外れます。このピッチを
終える頃には、そこらへんの加減もだんだん分かってきました。
でも次のピッチでは別の難しさに出くわしました。

6P目は、プランを考えていたときは僕がリードするピッチでしたが、pikaに続
けて行ってもらいました。pikaはかかりすぎている時間をひどく気にしていまし
た。僕は、息を整えたり、いまやってきたことの余韻でテラスでは要領が得られませ
んでした。ちょっと待ってっていうまもなく、pikaは登り始めました。風はじゃ
じゃ馬のように強まっていました。pikaが引いていく荷揚げロープは、強烈な風
を受けて、みるみるほどけていき、ほぼ水平に大きく東へ弧を描きます。僕は寒くて
堪らず、小さい方のホールバッグの蓋をこじ開けて一番上に載せてあったフリースを
着込みました。

このピッチもpikaは悪戦を強いられていました。耐え難い時間がたって、僕は、
歯が鳴り、体が思うように動かなくなっていることに気づかされました。手を握る
と、開くのに数秒かかり、開くと握るのに同じような時間がかかりました。足もすね
の筋肉がけいれんします。そう、丁度、長い時間、その箇所が冷房の風にあたったよ
うな具合でした。

このピッチは見た目にはストレートなので、ホールバッグのガイドロープは使いませ
んでした。
でも、pikaが荷揚げを始めると、バッグはごろごろと転がって、大きくラインを
東に逸れてしまい、不安になりました。万が一引っかかったら、面倒なことになると
思い、僕は、クリーニングに出るのをしばらく躊躇していました。問題なくホール
バックがpikaの足下に近づくのを確認してから、クリーニングに入りました。

ストレートなシンクラックです。ギヤはハンマーとナッツキーでバカスカはずせま
す。でもとんでもないことが起きました。ユマールが、ちょっと握っただけでスコン
とスリップしたのです。片方が効いていましたので、大丈夫でしたが、びっくりしま
した。
よく分かりませんが、ロープがひどくキンクしていたせいだと思います(キンクが強
風のせいかどうか確信は持てませんが、説明はつくようように思います)。
大事なことは、ユマールに確実に体重を掛けているようにこころがけることでし
た。この現象はそのあと、何度も起きました。つまり、体をちょっと持ち上げた瞬間
に、ロックが解除されてしまうのです。

それで、とにかく、注意深く、急がず、確実に一つ一つこなしていく、という高校時
代に教わったある種の経験則を思いました。これは僕の黄金律で、つまり、急がず確
実にやることを心がける。速度は、それに関与する時間の関数という含みのあるお話
です。早くやろうと思うな! 確実に確実に・・僕はそう自分に言い聞かせました。

テラスにつくとpikaがもう15:00だと云いました。僕たちは休みなしで9時
間登り続けたんだ。pikaはかかった時間、つまり自分のリードにも、僕のクリー
ニングにもひどくがっかりしていたようでした。でも僕は、失望する余裕さえ失って
いました。
すでに窮地にいるにも拘わらず、初めてなんだから遅いのは仕方ないよぉなどと、凡
そ役立たずなことを云っていました。

目の前に僕がリードを引き受けるといっていた5.9のクラックが見えました。で
も、僕はいつのまにか疲れ果て、口もろくにきけない有様で、いったいどうなるのだ
ろうとひとごとに考えていました。pikaは行くつもりだろうと思っていましたか
ら、ごめん、これリードする気力も力ももうないよ、おれ、頼むわって云おうとしま
した。そこからは、元気なら手頃といえそうなフリーのピッチが続きます。もう3P
伸ばせば、夜を越せる場所が見つかるかもしれなかったのですが、その3Pが僕には
途方もない距離に感じていました。

突然、pikaが降りましょうって云ってくれ、たぶん僕は、のっぴきならない窮地
に追いつめられる前に救われました。ホールバッグを伴う気の抜けない長い懸垂で取
り付きに戻り、ももちゃんが待っているかもしれないアワニーへと、とぼとぼ下りな
がら、僕は、このタフでやさしい相棒に決して小さくはない失望を味あわせてしまっ
たことと、自分の弱点をなんとかしないとなあって思い始めていました。(実際もも
ちゃんはアワニーよりもずっと手前のwalkinキャンプサイトで待っていてくれ
ました。pikaにはホッとするような温かい笑顔、僕にはよく冷えたビールを持っ
て。)

おしまい 
ここまで読んでいただけて感謝感謝。ご感想をお聞かせくださいませ。
00/7/17 記

6.14.2000

城が崎と小川山3回

城が崎と小川山クライミング
夏には涼しくてよい

おがわやま
 

6月14日(水):小川山 (ピカ+もも) エイドの練習 (小川山レイバック)
6月18日(日):城ガ崎(忠+ピカ) エイドの練習 (ファミリー:ブラザー)
6月26日(月):小川山 (ピカ+もも+池之内) エイドの練習 (ジャックと豆の木)、ブルースパワー(フリー敗退)

最近はヨセミテを控えているので、エイドの練習ばっかりっす。

6.03.2000

climbing trip so-cal and oahu is

 南カリフォルニアからオアフ島へ
スポーツクライミングエリアとボルダーエリアを訪ねた

high desert, calfornia
 

member tokuchi haneda kisya
3th jun 2000
 定時にla空港着。徳地さんと再会。スターバックスコヒーで打ち合わせ。
la郊外マリブクリーク州立公園の中、ゲットウ岩にむかうも、手前のロックプールを渡渉
できず、敗退。その手前のサルの惑星岩でボルダリング。ボルトなしなのでトッ
プロープで楽しむ人多し。よい写真とる。ここらあたりは74年まで20世紀
フォックスの野外スタジオだったと看板にある。サルの惑星、我が谷は緑なり、
マッシュ、などなどここで撮影されたよし。ほかにもその数ごまん。そういえばと
ても見慣れた景色があちこちにあるよう。
ストニーポイントへはそこから30分。サンフェルディナンドバレー源頭、高級
住宅街あたりにある。ぼるだーがごまん。ロープルートもあり、クライマー多
数。岩場主のような人も。シュイナードはここの元の主だと徳地さんが言う。1
時間でアーバインに入り、エンバシースーツに入る。朝飯付きでで105ドルは
安い。吉野という日本料理屋でなごむ。

4th jun
サンタナのエンバシスーツの朝飯にはライスとのりと醤油あり。腹一杯食べて休
んでいると、徳地さんがカムリで迎えにくる。レンタカーでアメリカで一番売れ
ているとか。8時前に出発。リバーサイドをとおりペリス湖畔にあるビッグロッ
クへ。美しい人造湖だがモターボートがけたたましい。bbqする人も多い。カ
リフォルニアは人口密度が高いようだ。クライマーが三々五々。一般ルートをの
ぼり、10aのスラブを登りボルダーなどにもトライ。日差しが強くたまらない。
ビッグロックはまさに大きなクラッグだった。
昼になったのでしばらくドライブしてレイクエルシノール湖畔のアウトレットに
移動。15号線ぞいの大きなもの。昼飯を食べ買い物などもする。
5時すぎにアップルバレー近くのハイデザートに入る。
夕日の中、mbxエリアのピラーオブホープ、ピラーオブデスペアの9、10など
登る。クライマーの人影なし。いい写真が撮れる。ビクタービルのエコノロッジ
泊。

5th jun
禁煙ルームにいる徳地さんが起こしにきてくれる。7時半。予定通りハイデザート
のヘラクレスフ
ィンガーに向かうも私有地の柵があって入れず。この間ちゅうさんがきたときは
そんなはずはなかったのだが。アクセスファウンドにいってやろうかと徳地さん
が言っている。砂漠のダート道をえんえんときたのだが。
加州最古のスポーツクライミングエリア、ケラーピークへ移動。ビッグベアレイク
近くの景勝の地。5・11ルート2本にトライするがなかなか厳しい。その後ア
ーバインに向かう。徳地さんのほーむゲレンデ、リバーサイドのルービン山とビ
ーチのコロナデマルでボルダリング。徳地さんの底チカラを目の当たりにする。
おれはここの主なんだ、の発言を聞いて納得した。
ラグナビーチの三つ星にチェックイン。會訪の三和飯店で夕食。. 

6th jun 
ラグナビーチのラカサデルカミノは戦前からの老舗。それほどのこともないが、
すぐ横のビーチの朝は素晴らしい。寝坊していて遅い朝飯を食べたころ徳地さん
がやってくる。アーバインからは30分ほど。
昼オープンのコスタメサのインドアクライミングジム、ロッククリエイション
へ。作家羽根田氏が体験入門する。日本のジムと大差はないがここはインドアジ
ムのはしりのようなところ。やさしいルートが多いのはアメリカならでは。手足
限定が多いのは壁が広いので色別ホールドでルートが作れるせいか。
子ども教室なども充実しているようだ。
イナウトでハンバーガーを食べて夕方までhome depot, rei,trade joeなど巡
り、la空港近くのhacienda hotelにチェックイン。昨夜とおな
じくカリフォルニアっぽいところ。
明日は早起きして3人ホノルルへ飛びます。

7th jun
ホノルルへ移動。3時間の時差。午後ワイキキのアストン コーラルリーフ ホ
テルに入る。ビーチは見えず裏通りには屋台が並び、ここは香港かと、思う。
aston coal reef hotel 2299 kuhio avenue honolulu96815
tel 808 922 1262
302号室。
だったが狭いので10階のトリプルルームに移動。広くて快適。眺めもよいが街の
喧噪はそうとうなもの。ホノルルは100万都市。那覇よりも全然大きい。

8th jun
ホテル下の富士で納豆定食を食べ、ノースショアへ。4車線ほどの高速道路がえ
んえんと延びているのがさすがアメリカ、車も多い。ハレイワはヒストリカルタ
ウンとかで古い雰囲気がそのまま、吉田の店とか青木の店とかが並んでいる。パ
タゴニアショップを見つけ情報を仕入れる。
モクレイアでロープクライミングエリアがあるとのことを長谷川裕美さんから教
えてもらい向かう。トレイルが発見できず右往左往するも、仰ぎみれば、確かに
これしかないという岩場がみえる。しばらく進むと三つ峠の道より立派なトレイ
ルを発見。どうやら入り口はわからないようにしているらしい。
15分ほどでオアフ唯一最大のエリアに到着。20本以上のスポーツクライミン
グルートが横一列に並んでいる。8から13まで。トップロープ設定用の細引き
が何本も垂れ下がっているのが珍しい。ストレジボクスの裏ブタにトポあり。昼
過ぎになってクラマーが三々五々現れる。
いろいろと教えてもらい、ぼくらも8のクラック、11のフェイスなどにトラ
イ。スコールがきて中断後下山。海を背景によい写真がとれました。徳地さん
がいろいろ取材しましたが、貴重なローカ
ルエリアなのであまり公にはしていないらしい。丹精のあとの見えるロコクライ
マー愛着のゲレンデでした。6月というのに海風が心地よく涼しい。カリフォル
ニアより快適なクライミングでした。
ハレイワでメヒコランチをたべ、ワイメアベイのボルダリング場へ。これも簡単
に発見。ビーチにありました。われわれがあーだこーだとやっていると主のよう
な人があらわれさまざまなルートの模範演技をみせてくれ、ここでもよい写真が
撮れました。羽根田作家が生意気なホノルルの中学生たちにたばこをたかられ往
生していました。
日も傾いてきましたが、となりのサンセットビーチに行きシュノーケリングを楽
しみました。オオガメが泳いでいて面白かったです。ロスアンゼルスで購入した
道具が役にたちました。
見事な虹が現れる南空へ向かってフリーウエイで1時間ほどで高層ビルの立ち並
ぶホノルルに帰着。途端
つくづくホノルルはうるさい町だと思いました。ひきかえノースショアはとても感じ
のよいところでした。太平洋の島は昔はこんな感じだったのでしょう。徳地さん
は、マウイやハワイ島はもっとひなびていていいよ、と言っていました。

9th jun
朝ゆっくり起きてハナウマベイへ。シュノーケリングを楽しむ。熱帯魚がたくさ
んいました。ドライブで半島をぐるりして再びホノルルへ。海辺の倉庫街にある
クライマーズパラダイスを訪問。立派なジムとクライミングギアがいっぱいのショ
ップを発見。ちょっと驚きました。
アロハタワーによってパウダーリッジなど見て帰館。明朝帰国。今夜はとなりの
インターナショナルフードセンターの屋台で打ち上げでもしよう。
10th jun
帰国便では、またメグライアンがお芝居していた。ハングアップという映画。
面白い。ビッグベアレイクがでてきた。あそこは山中湖みたいなところらしい。
今回みた映画、ハリケーン、snow falling on ceder,など。成田は雨とか。東京
は先週から梅雨らしい。
データ

CLIMBERS PARADISE (808) 842-7625 214 SAND ISLAND RD. 96819

Patagoniaィ Hale`iwa
66-250 Kamehameha Hwy.
Hale'iwa, HI 96712
Phone: (808) 637-1245
Fax: (808) 637-1537 

オアフレポート 徳地保彦

「あのイヴォン・ショイナードがハワイでクライミングをしたんだって」いきなりハ
ワイに行こうと友人が言い出した。欧米のロクスノエリアを飛び歩く彼だが、南太平
洋の楽園には縁がなかった。出所不明のそんな噂がぼくらのハワイ旅行の格好な口実
となった。

クライミングやバックカントリースキーを趣味にする積極野外活動人間にとって、ハ
ワイのような観光地はその名前を口にするだけでもおこがましい。大汗をかいて長時
間行動したり、危険を犯すことに生きがいを感じる人間ばかりだから、高級ホテルに
泊まってゴルフをしたり、ビーチで甲羅干したりして過ごすバケーションは金と時間
の無駄使いというわけだ。

それでもハワイはやっぱり一度は行きたい。日本からも行きやすいし、アメリカなの
に日本語もけっこう通じる。所帯持ちなら家族サービスもできるし、経済的なパック
ツアーもたくさんある。マリンスポーツばかりじゃない。野生のグアヴァをかじりな
がらのハイキングもできる。ほんとにクライミングエリアがあるならこんな便利なと
ころはない。

半信半疑でロープやヌンチャクをザックにつめ、取りあえず今回はオアフ島に向か
う。オアフにはボルダリングエリアがあることが判明していたからだ。スノーケリン
グの3点セットも忘れずにつめ込んだ。ほんとはこっちの方が楽しみなのだ。

バブル経済が崩壊して日本の景気が長期間低迷なので、ハワイの州経済も厳しい状況
が続いているという。日本人観光客が激減したからだ。一時はマウイ島あたりのホテ
ルでは日本人の泊り客を見かけることがほとんどなかったという。今年あたりは日本
の旅行業界も持ちなおしてきて、久しぶりに前年度を上回る旅行者数を確保したそう
だが、ワイキキの繁華街に溢れる日本人もデザイナーブランドの高級店には影が薄
く、財布の紐はまだかたく結ばれたままだ。バブル時代に日本人が不動産を買いあさ
り土地高騰が問題となったのが嘘のようだ。

旅行業界といえば昔から若者に人気のある職場だ。特に女子大生にはその華やかさや
国際的なイメージで、大手の会社は常に就職希望先ランキングの上位に位置する。旅
の達人が多い若いロクスノファンの間でもこの業界に興味を持つ者が多い。

ところが実際は薄利多売で自らの首を絞め、ごく少数の大手会社がシェアの大半を占
める厳しい業界だ。消費者にとって激安のパックツアーや航空券はたいへんありがた
いのだが、安月給で働く業界人やユニークな企画で新規参入をはかる起業家には苦労
が多い。何でも至れり尽せりで、殿様旅行しかできない消費者を創り出した業界全体
の責任かもしれない。増え続ける個人旅行者をどう取り込んでいくかが厳しい業界の
今後の課題だという。

今回、ぼくらは一度カリフォルニアに集合することになったのでアメリカのパッケー
ジツアーを利用することにした。安物買いをしたのでホテルは二流だ。騒がしいワイ
キキの裏通りにあって、アメリカ人で泊まっているのは中西部あたりから来た金のな
い家族連れや高校生の団体客ばかりだ。予約した部屋が窮屈だったので交渉して広い
部屋に移動した。そんなことは日本のツアーでも可能だろうが、すべてはツアコンの
裁量にかかっている。

初めてハワイに来た友人は裏通りに並ぶ屋台を見てまるで香港のようだとコメント。
ビーチもちょっと遠いので夢で描いたハワイとはだいぶイメージが違ってしまったの
だ。湘南のようなワイキキの海水浴には興味がないので、ともかくクライミングの可
能性が高そうなノースショアに車を走らせることにした。

サーフィンでも有名なノースショアにはハレイワの町がある。ここではワイキキの喧
騒と打って変わって静かなハワイが楽しめる。この小さな町で海にそそぐアナフル川
には古代ハワイ人の集落があったという。ハワイの王族は夏になると涼しい貿易風を
求めてここまでやってきた。一時はホノルルから汽車が走りハレイワにあった高級ホ
テルの玄関まで宿泊客を運んだこともあったそうだ。現在では州の文化史跡に指定さ
れ町並みの景観が保護されている。新しく造られる建造物は昔のサトウキビ産業が盛
んだった時代の形を取らなければならない。

ハレイワの町にはパタゴニアの店がある。パタゴニアは元来、旧ショイナード・エク
イプメントと共にアメリカのシリアスなクライマーを支える硬派のメーカーだった。
近年では機能的なカジュアルウエアやウォータスポーツの分野までその路線を拡大
し、渋谷を歩く若者たちにも人気のブランドに成長したことは今さら説明するまでも
ない。サーフィンで使うウエアもたくさんあるのでハワイに店があっても不思議では
ないのだ。もちろん今でも山で使うパタゴニアのウエアは超一流だ。

店の中に入ると、さすがにハワイのショップだから並べられている商品も水物が多
い。それでも登山やクライミングの雰囲気をかすかに感じるのはぼくの気の所為か。
ハレイワ店オリジナルのTシャツなどを買って、クライミングエリアについて聞いて
みる。

ハレイワ店で働くヒロミちゃんは日本語が上手だ。英語がネイティヴできちんとした
日本語を話す人は、たいていは家庭内で日本語を話して育っている。こういう人は言
葉ばかりではなく、日本とアメリカのそれぞれの文化も身につけているのでほんとう
のバイリンガルだ。ところが英語の単語は英語の音で覚えているのでカタカナ音には
変換できない。日本語で会話していていきなり本場の英語の音が出てくるのでおもし
ろい。

そんなヒロミちゃんがカウンターの下から噂のクライミングエリアの写真を数枚取り
出してぼくらに見せてくれた。やっぱりクライミングエリアがあったのだ。ボルト連
打のスポーツエリアでルート図らしい写真もあった。登り口を示す写真もあってヒロ
ミちゃんが行き方を詳しく教えてくれた。

実はこのエリア、地元クライマーが密かに開拓した秘密のエリアなのだ。ガイドブッ
クのようなものはいっさい無いし、教えられた登り口もそう簡単には見つけられな
かった。口伝えで仲間内だけで楽しむエリアなのだ。だからほんとうは公表してはい
けない。ヒロミちゃんが教えてくれたなんて書いてしまったから、ヒロミちゃんに迷
惑がかかるかもしれない。すみませんが興味ある人は現地に行って自分で捜してみて
ください。

アメリカにはこういう秘密のクライミングエリアがたくさんある。なかには国有林や
私有地で違法開拓されたものもあって、雑誌に紹介されたりして大勢押しかけるよう
になると閉鎖されてしまうこともある。だから地元クライマーたちだけで密かに楽し
んでいる。了見が狭いと言ってしまえばそれまでだが、それだけクライミング人口が
増えているということだ。

それでもサーファーなんかに比べたらクライマーはまだまだフレンドリーだ。陰湿な
カリフォルニアのサーファーなどは秘密のポイントに車が停められるとタイヤをナイ
フで切り刻んだりする。そんな話しはクライミングの世界ではまだ聞いたことがな
い。

やっとのことで捜し当てた岩場の下で登る準備をしていると、地元クライマーが数人
上がってきた。アメリカのクライマーはやっぱりフレンドリーだ。「ここには来るな
!」なんてことは絶対言わない。ただ秘密にしている岩場だからどうやって見つけた
のかは聞いてくる。潮風がまともに当たり溶岩質で岩場が脆いことが秘密にしている
理由だという。確かに花崗岩のようにはしっかりしていない。大勢押しかけて登られ
るようになると危険になるかもしれない。これから行ってみようという人はそんなこ
とにも注意してほしい。登らせていただくのだから十分な気配りをしてほしい。

ちょっと難しい5.11のルートでトップロープをしたり、日本に布教にいったことのあ
るモルモン教の青年とクライミング談義をしていると突然スコールが襲ってきた。激
しくたたきつける雨しぶきの中にココヤシの目立つ白い砂浜と青緑の海がけぶって見
える。晴れ間の覗く遠くの空には大きな虹も懸かっている。ハワイの風景だ。

どんなに激しいスコールでもしばらくすればすぐに晴れ間が覗いてトロピカルな厳し
い日差しが戻ってくる。岩場が乾くのにはもう少し時間がかかりそうだし、ロープも
濡れてしまったので、ワイメアベイでボルダリングを楽しむことにした。その後はサ
ンセットビーチで待望のスノーケリングをすることに決定。道路脇にとめた車まで山
道を駆け下りた。

ワイメアベイでのボルダリングはすばらしい。海水浴客が多いと岩場の下が占領され
て登れないが、初心者から上級者までいろんな課題が楽しめる。いろんなレベルの課
題が簡単に見つかるから、誰でも登れそうで登れなくて少し頑張ると必ず登れるボル
ダリングが楽しめる。こういう微妙な難しさが見つからないとボルダリングはおもし
ろくない。安全砂場ランディングだからクラッシュパッドも必要ない。こんな場所は
アメリカでもそんなにない。ちょっと暑いのは仕方がないだろう。

ひと休みしている友人に生意気なアメリカ人の中学生がタバコをたかりはじめた。ア
メリカでは未成年者に酒やタバコを売ると厳しく罰されるが、外国人が手渡した場合
はどうなるのだろうか。店では絶対に買えないし、無責任な自販機もアメリカにはな
い。まだ子供だからフェイクIDを偽造しても使えないだろう。こうやってタバコ好き
の日本人にたかるのが確実な方法なのかもしれない。

この少年、ぼくにはしつこく日本人の女の子の口説き方を聞いてくる。「可愛いね、
ホテル行こう」と教えてやった。まだ幼い顔立ちの金髪の彼は、火のついたタバコを
大人のように指に挟んで「カウイーネイ・ホテルイカウ」を繰り返しながら誇らしげ
に仲間の方へ戻っていった。

夕暮れが近づいてきたのでスノーケリングに向かうことにした。サンセットビーチの
駐車場には夕刻の涼を求めるローカルたちが少しづつ集まってきている。大急ぎで3
点セットを身につけて海に飛び込む。ちょっと濁っているけれどきれいな魚がたくさ
ん泳いでいる。潜りながら岩陰なんかを覗いていたらプカプカとウミガメが現れた。
「沖縄の海の方がもっときれいだよ」と友人は言っていたが、それでもぼくは大満足
だった。

今回はたった3日のスケジュールなので有名な観光スポットを巡りまわる時間はな
い。外国に来るとお買い得はないものかとショッピングにも余念がないのでだんだん
時間がなくなってくる。そんなタイトなスジュールでも次の日はホノルルのクライミ
ングジムを覗いてみた。

クライマースパラダイスはホノルル湾の倉庫街にある。ワイキキからも近い。せっか
くハワイに来たのにジムでクライミングなんかすることもないんだけど、日々鍛錬を
絶やさないシリアスクライマーにはありがたい存在だ。観光客よりも地元クライマー
に人気のジムだが、すべてレンタルの格安パッケージもあるので手ぶらで来ても楽し
める。

日本語が話せる気さくなスタッフもいて、充実したショップもジムの中にある。ぼく
らが行ったクライミングエリアの話しをすると、案の定「ほんとは秘密の場所なんだ
ぞ」などと言われてしまった。ヒロミちゃんの責任は大きそうだ。

クライマーは今まで見向きもしなかったハワイだけど、噂のエリアは確かにあった。
ボルダリングも面白いし、ジムまであれば文句はない。熱帯ジャングルのめずらしい
ハイキングならどこの島でも楽しめる。スキーができる島もある。ゴルフやサーフィ
ンばかりがハワイではない。パックツアーを脱してハワイのロクスノワールドを発見
しよう。

5.29.2000

城山ワイルドボアゴルジュ

伊豆城山ワイルドボアーゴルジュ
春先にいける、近い

城山
 
城山

>5月29日 城山ワイルドボアーゴルジュ
>メンバー;ぴか、みう~ら、他REIスタッフ3人+その知人5人くらい。

登ったルート:カルカッタ(10c)、ごめんねテラリン(11a)、ストーンフリー
(10c)、こんにちはマコロン(11b)、ジゴロ(11b)、ワイルドX(10
a) [以上ぴか]。 城山物語(9)、ワイルドX、ストーンフリー、カルカッタ
[以上みう~ら]
そのほか、12モンキー、オーバードライブ、ドロンパ など

5.23.2000

志賀の岩場

志賀の岩場
春先にいける、近い

siga
 
 5/23、晴れ。急にオフになったChuさんと「長野県志賀50
の岩場」に行って来ました。
上信越道の佐久インターから、約15分。車を降りてからの
アプローチ3分。6つのエリアがあります。地元のクラブの人が
管理しているようで、今回登ったルートはどれもしっかりとした
終了点がありました。勉強不足のため、岩質などは説明できません。
私たちはこの岩場の情報を長野市にある「アートウォール」で
入手したのですが、この岩場は私有地のため、発表はしない
とのことです。

登ったルート
 「一本杉エリア」
   ハブ・ア・ナイス・デイ (5.10b) 
   西遊記 (5.10b)
   ?    (5.10b)
   エアー・スタンス  (5.10b)
   ときめき宣言    (5.10a)

トライしたルート
 「ひなたエリア」
   金魚鉢  (5.10c)
   ?     (5.9)

未発表の岩場ですが、お気に入りのエリアになりました。
:丸山あきこ

5.18.2000

富士の宮口スキー、ボード3本

富士の宮口から富士山へ
春には楽しい滑りが


 
富士山富士宮口

富士山スノーボード(富士宮口ルート)
メンバー:ぴか、石寺(REI)、佐々木(REI)
日日 5/18ころ
今年は雪が多い。山頂まで雪が柔らかく、ツボ足で登れた。雪面も荒れていず、スムーズ。
五合目付近まで滑れるが、下部は雪が重い。天気は曇りのち晴。

五合目(8:30)~山頂(12:50)~五合目(14:30)


富士山富士宮口
MEMBER せいすけ 橋本、松倉、きしゃ
DATE 5-23
富士山ハイウエイのゲイトを逆走して入り5合目に0730着。ほどなく神戸方面から
ハイエース現わる。夜通し走ってきたとか。0745まっちゃんと先発。15分おくれで
でたくろちゃんと1200に頂上着。橋本15分おくれ。まっちゃんは1時間以上おく
れる。というよりも4時間ペースは早いほうなのである。全行程ツボ足。まっちゃ
んが到着するまで、お釜に滑りこんだりの写真を撮る。橋本がボード、ほかはテレ
マーク。本日は絶好の天気。頂上でも風がないところならぽかぽか陽気。0200に滑
りだす。黒ちゃんや橋本が滑り始めると登ってきた山スキーヤーから歓声と拍手が
あがる。7合まで柔らかくて重い新雪でちょと滑りにくい。
写真撮影しながらのんびり下って0400に駐車場着。雪が多く、一番下の6合目の小
屋の脇まで滑り込むことができた。ラッキー。橋本、まっちゃんとも富士山登山は
初めてとのことでおめでたい。みんな、なんだか頭が痛いといっている。

富士山でのスキー報告(松倉版)です。
2000.5.23 富士山でスキー  メンバー:伊藤、黒川、橋本、松倉

 朝6時過ぎに山中湖暗黒寺荘を伊藤さんとともに出発。朝の清々しい風が車内に
吹き込み、頭をすっきりとさせてくれる。富士山スカイラインのゲートはまだ開い
ていないので、反対車線から入り込む。7時半前に新五合目に到着。まだ、黒川さ
んと橋本さんは来ていない。
「黒ちゃんたちは早いから、車にメモを残して先にに出発しよう」
 と伊藤さんに言われ、そそくさと出発の準備をする。1時間ぐらい早く出発して
、ちょうど山頂で落ち合えるぐらいだという。
 しかし、荷物を降ろしていると、黒川さん達もやってきた。橋本さんもガイドを
やっているようで、かなり足は強いようだ。彼はスノーボードで行くという。
 プロトレックの標高を2400mにセットすると、2人が準備をしているうちに
、7時45分一足早く新五合目を出発。ゆるやかな夏道をたどり進む。すぐに樹林帯
を抜け砂礫地となる。ところどころ道脇に雪が残っている。日差しがまぶしく寒さ
は感じない。すぐにじんわりと汗をかいてくる。15分ほどで新六合の雲海荘に到着
。あっという間に六合目かと思うと足も軽い。しかし、それがくせ者だった。ここ
から先はどんどん小屋の間隔が開いていく。
 夏道のロープ柵にしたがい、雪の上をトレースにしたがい登っていく。周囲はと
ころどころ岩が出ているが、うまく滑れば六合目までは滑ってこられそうだ。快適
な滑降を思いながら一歩ずつ登っていく。一緒に登りはじめた伊藤さんはすでに
50mほど先を登っている。黒川さん達はまだ見えない。マイペースでゆっくり登っ
ていく。
 8時23分に六合目小屋に到着。雪に埋もれ屋根だけが出ている。だいぶ雪が多く
なってきている。両側に気持ちいい斜面が広がっている。軽くキックステップを使
いながら登っていく。途中、振り返ると黒川さん達が見えてきた。
 8時55分、新七合目小屋に到着。登りはじめて1時間を回っている。ザックを下
ろし、水筒のエネルゲンを二口飲み、チョコレートをかじる。見下ろすと赤茶けた
宝永山の肩が見える。黒川さん達もやってきた。2人も休むのかと思うが、休まず
先を行ってしまう。早くも抜かれてしまった。5分の休憩で私も後に続く。しかし
、2人のペースは早い。ついていくのはやめ、マイペースで行く。少しずつ間隔が
開いていく。伊藤さんはすでに100m以上先だ。
 トレースはしっかりついているが、足の降ろし方が悪いと下にずり落ちるので、
相変わらず軽くキックステップを決めながら登る。そのため、左足のかかとにマメ
ができたようだ。テーピングで予防をしていたが案の定だ。私の足はとってもデリ
ケートなのか、長年履き慣れた靴でもすぐにマメができる。
 9時50分、次の小屋に着く。先のパーティが休んでいる。まだだいぶ先が長いと
ころを見ると八合目ということはないだろう。標高を確認すると3050m。
「元祖七合目ですね」
 アルペンスキーを担いでいた人が教えてくる。2時間ちょっとで七合目かと思う
と、先が思いやられる。伊藤さんはすでに200mほど高いところを歩いているよ
うに見える。少し離れて、黒川さんたちがついている。あわてることもない。いざ
となったら適当な小屋で待とうと思い、ザックを下ろしカロリーメートを一つ食べ
、エネルギーを補給する。10分休んで10時に出発。ペースはのろいが今のところ、
足は張っていないし、息切れもさほどではない。気になるのはかかとのマメ。そし
て、久しぶりに重いザックを担いだためベルトが肩に食い込み痛い。手を後ろに回
し、ザックの下に当ててときどき肩の負担を減らしながら登る。
 10時50分、富士山衛生センターのある八合目小屋に到着。高度計は3255mを
示している。残り500m。これまでのペースを考えると、1時間半といったとこ
ろか。しかし、伊藤さんが「八合目を過ぎると一気につらくなるから」と言ってい
たのを思いだす。あと2時間ぐらいかかるかもしれない。先を見ると、橋本さんの
ボードが光を浴び輝いている。少し先に黒川さんのが見える。伊藤さんは岩影にな
っているのか見えない。エネルゲンととカロリーメートを補給し11時出発。
 雪にすっかり覆われた八合目小屋の銀色の屋根の上を歩いて進む。少し先に鳥居
が見える。「あー、もうあんなところか」思わず声が出る。伊藤さんは山頂直下の
岩の間の斜面近くまであがっている。黒川さんが伊藤さんに追いついたようだ。
 みんなはだいぶ先行ってしまったが、私としては1時間ごとに一合分ずつ高度を
稼いできており、まずまずのペースだ。50分登って10分の休憩もとれ、何とも理想
的ではないか。むしろ、彼らが早すぎるのだ。そう思いながら黙々と登る。
 15分ほどで鳥居を抜けていく。じょじょに息がきつくなってきた。2ステップご
とに「イーチ、ニーイ、サーン・・・・」と20までカウントし40歩ごとに一息入れ
るようになる。先を行くパーティが九合目の表口萬年雪山荘で休んでいるのが見え
る。すぐ近くに見えるがなかなか着かない。やはり八合目を過ぎると空気が薄い。
足は重くないのだが、息が上がり進まない。それでも11時45分に九合目に到着。こ
こで菓子パンを一つ食べ水分を補給する。見上げると伊藤さんと黒川さんはほとん
ど山頂直下まで上がっている。10分休んで11時55分に出発。
 ここからは一気に直登コースとなり高度を稼いでいく。幸い高山病の症状はない
が、息づかいはますますは激しくなる。40歩ずつ歩いていたのが30歩ずつになる。
見上げるとすでに伊藤さんと黒川さんの姿がない。2人はすでに山頂か。橋本さん
も直下の岩稜脇を詰めている。
 計算ではあと1時間ちょっとだが、この息切れでは難しそうだ。3人が私を待つ
のにしびれを切らせ、下りてきてくれればいいのにという思いが、頭のすみに浮か
ぶ。しかし、一方でせっかくここまでやってきたのだ。何としても山頂に立ちたい
。ほじめての富士山でもある。その思いだけで足を運ぶ。
 12時40分九合五勺の小屋に到着。山頂部の鳥居も見える。しかし、伊藤さん達の
姿はない。私を待ちながらのんびりと飯でも食っているのか。それとも日光浴か。
ここでも10分休んで12時50分に出発。
 相変わらず30歩進んで一息を繰り返しながら進む。さらにペースは落ち20歩ごと
になる。九合五勺と山頂の中間ほどまで登ってきたとき、山頂の岩稜脇に伊藤さん
が現われた。手を振っている。もう滑り下りるから待っててという意味なのか、そ
れとも頑張れという意味なのか。あと30分とかからずに登れそうだがバテバテだ。
かなりきつい。声を上げれば届く距離までやってきている。
「ここで待ってますから・・・・」
 そう一言叫べば済むことだが、声を出すのもしんどい。滑ってくる気配もない。
ここまで来たんだ。山頂に立たずにどうする。渇を入れ再び歩き始める。岩稜脇ま
でやってきた。あと100mほどで山頂だ。そう思うが足が出ない。筋肉が張って
いるわけじゃないのに上がらない。何とか一息で20歩は登れるが、そのあと息が整
うまでの時間が長くなる。30秒ほど息をつかないと戻らない。伊藤さんが岩峰脇か
ら滑り降りる準備をしている。もう少し。山頂との距離を目測しながら、あと50歩
しか歩かない、あと20歩しか歩かない、そう思いながら何とか山頂に立つ。
 荷物を降ろし時計を見ると13時33分だ。約5時間45分かかって登頂だ。残ってい
たパンを食べ、水分をたっぷりとる。聞くと伊藤さんたちは休憩なしで4時間で登
ったという。私を待つ間にお釜を軽く滑ってきたのだという。みんなすごい。でも
、私も我ながらよく頑張ったと思う。そんな私を誰も写真を撮ってくれないので、
自分で手を伸ばして撮る。
 13時55分、いよい滑降開始。黒川さんと橋本さんが山頂から一気に滑り降りると
、山頂直下まで登ってきていた他のパーティが「フォー」と声をあげ拍手喝采。エ
キストリームスキーヤーのようだ。伊藤さんも続く。そして、最後に私。スキーに
は似合わない赤いカンプのヘルメットをかぶり滑る。しかし、あえなく2ターン目
で激しく転倒。右足のトップが雪面に突き刺さり、反対方向を向いている。膝が痛
い。体を何とかずりあげながら板を雪面から抜く。やっぱり黒川さんや伊藤さんの
ようにはいかない。悪雪ではまるで歯が立たないのは相変わらずだ。いつになった
ら滑れるようになるのか。
 広大な斜面はどんなにかっ飛んでも大丈夫そうだが、今の転倒で臆病になる。ゆ
っくりと大回りで滑る。それもはじめのうちだけ。雪質はさらに悪くなる。土曜日
、都心では雨だったが富士山では雪だったのだろう。新雪がびちゃびちゃに湿りお
かゆのようだ。無理にターンをしようとすると、ひっかかり転倒。山頂ではなんで
もなかったのに、今になって頭が痛い。遅れて高山病の症状が出てきた。自分だけ
なのだろうかと思い聞くと、みんなもそうだという。3人は登りから出ていたそう
だ。それでもあのペースで登ってしまうのだからすごい。
 斜面を幅一杯に使い斜滑降、キックターンでゆっくりと滑る。黒川さんは悪雪を
ものともせずにショートターンで滑っていく。橋本さんはボードか壊れたようで衝
撃を与えないように滑っていく。途中、ガスが出てきて一休み。さらに途中一度板
を外し、右側の斜面へと渡って再び滑る。下方に行くにしたがい、新雪がなくなり
滑りやすくなってくる。しかし、それも束の間、新六合目小屋に到着。板を外して
リュックにくくりつけ歩く。新五合目の駐車場に15時45分、無事到着。
 荷物を片づけ、山中湖平野温泉・石割の湯(700円)に直行。ヒノキの湯が疲れを
じっくりとほぐしてくれる。さっぱりしたところで富士吉田のラーメン屋で夕食を
とり、山中湖暗黒寺に戻る。

松倉一夫


富士の宮口 5月30日

5月30日 富士山富士宮口 (ボード2人、テレマーク2人、ファンスキー1
人)
>メンバー;ぴか、いしづか、他REIスタッフ 3人


9:00五合目~13:30山頂~16:00五合目
天気は快晴で、山頂で昼寝ができた。最近の陽気で、雪は二週間前に比べてすいぶん
溶けてしまったが、ほぼ例年並。
七合目くらいまで滑る。

5.15.2000

富士吉田口スキー

富士吉田口から富士山へ
春には楽しい滑りが

 
富士山吉田口スキー

MEMBER JOE TOCHINAI, KEN WATANABE, KISYA ITO, HIRO KAWASAKI

2000年5月15日

5.13山荘を7時にでる。富士山はきれいに見えているが、天気予報では午后
は雨とか。最近の天候はたいへん不安定だ。8時にスバルラインの5合目駐車
場から歩きだす。今年は雪が多い様だ。トラバース道まで滑り込むことがで
きそう。とはいえ夏道もかなり出ているので忠実に辿る。本八合の3350の小
屋までくるとガスがでてきて風も強くなってくる。
トッチーの初めての富士山なのにこれでは仕方がない。それにトッチーの長
大重厚なボラントの板は彼の足をおもいっきり引っ張っているようだ。よれ
よれで上がってきた。あるいは風邪気味のせいかもしれない。
雪も降り出してきたので100過ぎに滑りだす。2.3日前の新雪が積もっていて
湿雪ながらかなり滑りやすい。トッチーの滑りはさすがだ。いつどこから撮
っても絵になる。とにかくスピードがあるのだ。
写真を撮りながらくだる。雪が雨にかわってきて、雨具をとりだす。ブレー
キのかかる雪に変わって、トラバース道に滑りこみぎりぎりまで滑る。
98年4月18日にきたときは本八合の直下で敗退している。そのときと同じ距
離を滑ることができた。ちなみにそのときはソロで930に駐車場をでて100ま
で歩いている。今回はすこし余計に時間がかかっているのが気になる。
紅富士の湯でゆっくりして、来年もこのメンバーで再トライしようと誓う。
それにしてもスキー滑るならトッチーのような滑りを目指したいね、と、ち
かごろ小太りしたかに見えるなべちゃんと誓う。