4.18.2012

河口湖の春パラ3回目


河口湖春のパラ3回目
2012年4月15日
いつもメンバー いとうフミヒロ記
春富士望遠

大石村上空から


いつもメンバー10人そろった。そんなせいかひさしぶり2時間以上飛んだ。

前日は大雨だったが晴れ上がった。10時過ぎ宮本機がいちばんで出て順調に上げていく。その後はムラがあってショートフライトで残念なヒトも。11時過ぎに8番手でテイクオフ。ラッキー。すぐ上がって1700mまで。稜線に上がるといきなりに1900mまで。大石峠や黒岳に移動。浮き沈みの多いコンディション。

中藤山に戻りもう一度上げて毛無山方面に渡る。尾根に低く着くと南風で今度はエスカレータで毛無を越えて十二が岳へ。今日はハイカーがあちこちにたくさんいて手を振ってくれる。十二が岳手前でなんだか西風が入ってきてゆれゆれ。急いでUターン。なんだかんだ2時間以上飛んでた。
十二が岳に向かうが、怪しい雲

写真はみんな「tilt shift maker 」で加工してみましたあ

空撮出来るくらいだからまずまず落ち着いた日だった。島袋氏から新古のバリオを譲ってもらった。具合よさそうなんでこれで行きたい。

843番目フライト。2時間5分。最高1960m。トータル377h23m。

4.11.2012

河口湖の春パラ


御坂山塊パラ(河口湖大石エリア)
2012年4月10日 晴れ
member Kikuti師匠、Oda先生、郷渕さん、伊藤フミヒロ記

河口湖、西湖、本栖湖が見える。湖から2000mくらい上空だからこわいよお

甲府盆地の先に南アルプス、八ヶ岳。穂高も見えた

前夜お誘いがあり、サンデー毎日フライヤー4人が集まる。平均年齢は高いがヴェテランばかし。
10時半ころいちばんで出るとすぐ上がる。中藤のあたりでまわしていると強いサーマルに当たりいっきに2600m越え。八ヶ岳から先、穂高まで見えた。黒岳まで移動して回してみるがいまいち。三つ峠も低く見えるが無理しない。もういちど中藤で2700m近くあげなおし節刀、十二が岳と高見で周遊してから、テイクオフに向かう。西風が入ってきて上がりきれずそのままランディング。
かえってきたKikuti師匠

太郎はランディングでのんびり

強い西風で降りたが、そのあとまた東の風に戻ったりして不安定だった。
春のコンディションで、Kikuti,Odaは3000mまで上がったという。Kikuti師匠は三つ峠を往復している。「西風が強くてあんまり大きくは移動できなかった」そう。上がり下がりが激しく荒れているところや層があったが大きな破綻はなかった。春のパラはきついね。
#842 1h23m Total 357h18m

4.09.2012

武尊山縦走


武尊山縦走
2012年4月8日 快晴
member 伊藤ヒロユキ、古川カズヤ 竹田シンイチ 伊藤フミヒロ記
バッテレ組


好天予報の日曜日、早起きして川場の道の駅へ。6時に3台が集まった。川場スキー場に1台デポ。オグナスキー場へまわる。0815分始発で上がり、9時前にスタート。この山の主バッテレグループも上がってくる。御大もお元気でアドバイスをいただく。今日の予定はヒロユキさんのプランで武尊を縦走して川場谷を滑る。
がんだん先を行くライダー組

前武尊でのんびりするが、古川竹田ライダー組はがんがんと先をラッセルして進む。重目の新雪。家の串山11時。中の岳はガリガリで南を捲く。武尊山2160m12時。360度の展望で遠く北アルプスや富士山も見える。数人の登山家がいて川場からのピストンらしい。頂上で1時間ものんびりしている間にライダー組は川場谷に1本滑り込んで上り返している。1時ころヒロユキさんと川場谷に滑り込む。重めの新雪で悪くなかった。下りきったところでライダー組が2本目の滑降。





谷底から見あがると6本のシュプールがきれいに残った。大きな沢でほかにもいい斜面がたくさんある。アプローチがたいへんなのかあまり人は入っていないようだ。
のんびり本谷を下って行くと、滝や水が出てくる。1430に1450m付近から登り返し。300m近い登りだがライダー組がラッセルして道を作ってくれる。がそれにも追いつかないほど。17時にスキー場着。なんやかやと都合2時間くらいライダー組を待たせてしまった。
登り返しから見る

今日はライダー組のリードのおかげでひとまわりできた感じだ。感謝。
オグナに戻るとスキーパトロールが車の脇にいた。暗くなってきたのに車だけが残っていたから心配をかけてしまったようだ。申し訳ない。
花咲の湯に寄ってがらすきの関越を走る。帰京は11時。

たのしい動画。。。

4.03.2012

北八ツ(茶臼山)


北八ツ(茶臼山)山スキー
2012年4月2日 晴れ
member 太郎、伊藤フミヒロ記

きのうよりいい天気。8時半に蓼科のピラタス駅分岐まで上がってみるが、今日からロープウエーは点検休業と案内が。ユータンして299号へトラバース、1750mくらいからは雪道。冬季終点のメルヘン広場(千駄刈)には除雪車が来ていてこれから仕事を始めるらしい。18日にオープンとか。
稜線手前から茶臼山。2384mもある

9時過ぎスタート。ロープウエーが動いていれば横岳あたりをと思っていたのだが、ここからだと麦草峠あたりか。正面に茶臼山が立派に見えるんでこれに登って麦草峠、の周遊プランとする。      残雪たっぷりの千駄刈の雑木林を登る。高差130mで再び299号。ショートカットしながら、2050mで五辻への分岐。針葉樹の森を緩く登って五辻の広場。茶臼山頂へはここから主稜線に上がって大回りして立つらしい。新雪がシールに貼り付いて、疲れる。風はなく陽気は春。 
千駄刈の森を行く

茶臼山頂

稜線に出ると西風。急登して山頂、1時。北や南の展望がよい。入笠山や富士パノがよくわかる。
シールを外して登山道を下り始めるがすぐに急坂、シラビソ幼木の密林に阻まれる。2250mまで歩いて下り、そのあとは登山道沿いにスキーで下ることができた。太郎がついてくるので高速で下ってすぐ国道、麦草峠に。茶臼山は逆コースにすればもっとスキーが楽しめるだろう。
麦草峠のスロープ(左下)と丸山のオープンがいくつか

ヒュッテは開いているようだったがヒト気はない。麦草のスロープはスキー練習には最適だ。ほかに丸山にもオープンスペースがある。いつだったかヒュッテの島立さんに案内してもらったことがある。
国道を太郎と競争するように下っていくと今朝の除雪車が2000mくらいまで上がってきていた。除雪の済んだ氷つるつるの車道を快走。1950mで千駄刈の森に入り快適滑降で終着。3時半。
除雪のヒト以外だれにも会わなかった。。。
青が歩き、赤が滑ったところ

北八ツもスキー登山、スキーハイキングと割り切ればけっこう楽しめる。千駄刈の広葉樹の森は高差は少ないが、樹間が広く横幅は広く何本でも快適滑降ができるんでおすすめ。標高1900mの森だから雪はいい。



入笠山スキー


入笠山スキー
2012年4月1日 晴れ
member 太郎、伊藤フミヒロ記
北面は木々の間が広く快適に滑る

 東京をのんびりでて中央道。冬型が強いらしく八ヶ岳や南アルプスは雪雲を被っている。入笠山を見ると山頂部が白く案外雪がありそうだ。ということで小淵沢で降りて富士見の別荘地から沢入に上がる。入笠林道は沢入で通行止めになっているが除雪が進んでいるようだ。
 2時前スタート。北面と登山道に雪が残っている。スキーを担いで新しく整備された登山道を行く。入笠湿原で子供たちが遊んでいた。1799に立つ電波塔の裏が富士見パノラマ。ゴンドラ駅から回り込むと入笠湿原のゲレンデのようなスロープを滑ることができそう。シュプールがあった。
入笠湿原の斜面

 入笠スキー場は、夏のお花畑に造作されたみたい。棒くいに気をつければ楽しく滑れそうだ。4時前、山頂は風が強く、足跡がたくさんあるがだれもいなかった。相変わらず展望はいい。山頂から往路沿いに下る。雪は悪くなくスキー場下まで快適に滑降。太郎を自由にさせると山頂に戻ったり行ったり来たりしている。入笠湿原から登山道をスキーで下る。1600近くであきらめて徒歩下山。6時終了。
高い山には雪雲がモウレツ

入笠山スキー場

 山頂から大阿原湿原に滑り込み入笠林道を滑るのも悪くないが、今日のルートはリアル山スキーが楽しめる。2~3月なら全行程スキーで大丈夫だろう。富士パノからの往復でもお手軽で面白いはず。
 蔦木の道の駅で車泊。温泉と食堂と駐車場、沼田の白沢に並ぶ3拍子そろった駅。釜無川沿いは風の通り道でまさにバレーウインドがビュービューだ。。
赤が太郎

3.30.2012

天神山列状火口見学


天神山イガドノ山列状火口
2012年3月29日 晴れ
member 太郎 伊藤フミヒロ記
イガドノ山山頂

トラックは青から赤へ時系列に色合いが変わっていく

天気がよいので太郎の散歩もかねて出かける。2週間前の続きで富士北西麓火口銀座へ。ふじてんスキー場に1時ころ到着。
こないだはスキーで動き回ったが、あたりはまばらな残雪なんで今日は歩き。スキー場もリフトが1本動いているだけのようだ。靴だけはテレマークブーツ。

奥の駐車場から鳴沢林道に出る。歩いてすぐ、左に上がる仕事道に出合う、ので入ってみる。しばらく行くと天神山にかかるリフト下に出る。天神山に登るのが第一関門なので搬器が外されたリフト下の雪斜面を上がる。
天神山山頂下リフト小屋から

リフトトップの小屋の裏が天神山の山頂。セーノで上がってみるが一面のクマザサの藪。見当つけてケモノ道伝いに藪を行く。太郎の背丈だと歩きやすいようだが、ヒトは大変。50mほど南に下ったところで急に前が開けて、とび降りるようにして切り開きに出ることができた。右から左へしっかりした道が延びていて、使われていないようだが仕事道のようだ。ジムニーなら走れるかも。こんな道があるとは! 今日の探索は楽勝だね、と一服。
206火口

220火口

仕事道の下の方に大きくて深い窪みが見下ろせた。これは今日の第一目標、天神山の火口だろう。火口を回り込むように下る細道を見つけてラクラク火口底に降りることができた。双子の火口で深い方は雪に埋もれている。206が雪のない浅い火口。220が雪の溜まった深い火口。206は焚き火でもしてキャンプしたい雰囲気。220は日本庭園のような風情と品がある。
220火口底を検分する太郎

あたりはカラマツの植林地帯。火口をいちおう検分してから縁に戻り、さきほどの細道をさらに先に行ってみる。精進口登山道に続いているのかもしれない。
仕事道に引き返してイガドノ山の方角に進んでみる。ひょとしてこの道はイガドノ山山頂まで続いていて、このあいだ歩いた道と同じなのかもしれない。ところどころ残雪があってラクに登っていくことができる。
315火口

315火口は細長くて傾斜のある火口だった。火口付近の残雪は堅くて氷状のところもあった。このあたり雪がないとどうだろう。積雪期の方が藪が埋もれて歩きやすいのは間違いないだろう。

仕事道が急になってササ藪に覆われてくる。がまんで登っていくとイガドノ山の直下に出ることができた。やはり、ここはこないだ反対側から登ってきたところ。イガドノ山山頂に上がってみる。ふじてんスキー場のいちばん高いところ。こないだ動いていたリフトは搬器が外され雪の斜面が広がっているだけ。レーザプロファイラ写真にあったミニ火口(369火口)が気になったのでゲレンデとは反対側の藪をかき分けてみる。虎ロープが巻きつけられた木があってそこからかんたんに小さな火口に下りることができた。雪と倒木に埋もれた可愛い火口だった。縁に登り返すとこないだ見たイガドノ山の大きな双子火口を見下ろすことができた。
ミニ火口の369


イガドノ山頂から仕事道に戻る。真下に大きな350火口が見える。深い谷のように見えるが2段になった列状火口。火口に行くのはたいへんかなと迷ったが、藪の薄いところがあってかんたんに下ることができた。火口列のなかでいちばん大きなものかもしれない。火口縁の低いところを登りかえすとすぐ仕事道にでることができた。登りでがまんしたササ藪もクリアできたわけだ。
350火口、大きすぎて写真に収まらない

登ってきたとおりに下る。このまま行けばきっと鳴沢林道に出るはず。ハナ歌交じりで下っていくと、左手に浅い沢状が現れてくる。火口1で火口谷のようだ。
造林林をたらたらと下っていくと、空き缶やビンがまとめられている小広場にでる。キャンプした後ていねいにゴミをまとめて置いていったようだ。100mも歩かずに鳴沢林道に出る。002ポイント。
駐車場に戻り5時終了。彼岸を過ぎて日が長くなった。
右の仕事道を快適に下っていくと左手にkako1が現れる

kako1を下から見上げる。浅い沢にしか見えないかも

ふじてんスキー場にお邪魔することなく、仕事道を利用すれば列状火口のほとんどを見ることができるようだ。ハイキング気分で楽しめる遊歩道。今回もだれにも会わなかった。
赤がこのあいだのトラック。青が今回のおよそ
富士山を知る見るハイキングガイド伊藤フミヒロ

小山真人博士の研究
富士山延暦噴火についてのまとめ
小山(1998)噴火堆積物と古記録からみた延暦十九~二十一年(800~802)富士山噴火―古代東海道は富士山の北麓を通っていたか―(火山,43,349-371)からの抜粋.
富士火山の延暦噴火について,噴火堆積物と古記録両面からの検討をおこない,その規模や様相の解明をこころみた.また,延暦噴火による古代東海道の変遷問題について議論した.得られた知見を以下に述べる.
1.北東斜面に西小富士噴火割れ目をみいだし,そこを起源とするSb-aテフラの分布を明らかにした.富士山北東麓を広くおおう鷹丸尾溶岩と檜丸尾第2溶岩は,西小富士噴火割れ目を流出源とするように見える.西小富士噴火割れ目は延暦二十一年(802)の噴火記録に対応すると考えられる.また,北西斜面の天神山―伊賀殿山噴火割れ目も,延暦噴火の際の火口である可能性がつよい.
2.「宮下文書」の延暦噴火記事には,明らかな地質学的誤りや大幅な誇張があるが,地質学的事実と矛盾しない部分もある.注意を要する史料ではあるが,少なくともその噴火・古地理記事にかんしては口碑伝承や消滅文書中にあった真実の断片を拾っている箇所があると考えられるため,今後もその内容を検討する価値があると考える.
3.延暦噴火前の東海道が富士山の北麓を通っていたとする「宮下文書」の記事は,噴火堆積物の分布や古地理から判断すれば,むしろ自然である.しかし,歴史地理学的側面から考えると,北麓通過説には不利な点が多い.おそらく古代東海道は延暦噴火前も富士山南麓にあって,延暦噴火時に降灰やラハールの被害が出た御殿場付近の街道の使用を,被害の拡大を恐れて一時的に停止したというのが真相であろう.

火山学・自然地理学・歴史地理学のいずれの見地からみても大きな矛盾なく古代東海道の移設問題を説明する仮説として,以下のものを考えた.
もともと古代東海道の主道は,従来の歴史地理学的な常識の通り,富士山南麓から東麓を通過していた.また,御殿場付近から分岐して甲斐国府に向かう街道が,延暦噴火前には山中湖西岸を通っていた.この山中湖西岸の街道は,延暦噴火によって鷹丸尾溶岩・檜丸尾第2溶岩の下に埋もれてしまった.また,東海道の支道として利用されていた街道が富士山西麓をまわって〓{戈+戈+りっとう}ノ湖のわきを通り,北麓に通じていた.この支道が,やはり延暦噴火の際に天神山―伊賀殿山噴火割れ目から流出した溶岩流に埋もれてしまった.そして,東海道の主道が通っていた御殿場付近にもSb-aのスコリアが薄く降り積もった.また,大雨によって火砕物が洗い出され,ラハールが御殿場付近の谷筋を頻繁に襲ったかもしれない.
先に述べたように古代の駅路は緊急連絡用の道路であったから,少しでも交通の安全に問題があれば経路を変更する必要があったであろう.延暦噴火は,甲斐国へ至る街道を不通にさせ,さらには相模国への重要分岐点にあたる御殿場付近にも脅威を与え始めたのである.甲斐国府へは東山道を経るという手段があるが,相模国への経路に対しては何らかの手を打つ必要が生じた.
つまり,『日本紀略』の問題の記述「廃相模国足柄路,開筥荷途,以富士焼碎石塞道也」は,相模国に至る主街道ぞいの被害がさらに広がることを恐れて,降灰やラハールの被害が出始めた御殿場付近の街道の使用を一時的に停止した(そして,噴火が止んだのを見て,翌年復旧させた)とみるのが自然ではなかろうか.この場合,箱根越えの道についても,すでに存在していた支道を転用した可能性がつよいだろう.
すでに見てきたように,「宮下文書」の記述には,地質学的事実として認められる事件の伝承を拾ったと思われる部分もあるが,大幅な誇張や明らかな誤りもふくまれている.よって,東海道の経路や変遷を語る部分にも誇張があるとみるのが自然である.「宮下文書」中の延暦噴火による富士山北麓の東海道の被災記事は,御殿場付近から甲斐国府に至っていた街道や富士山北西麓を通っていた支道の被災の伝承を,大幅に誇張して伝えているのであろう.


3.27.2012

安達太良山スキー


安達太良山スキー
2012年3月25-26日
member 羽根田オサム 伊藤フミヒロ記
雪模様の勢至平

3月25日日曜日 はれくもり
明け方白岡抹茶邸で合流。今回は欠席のまっちゃんから朝コーヒーと差し入れをいただきスタート。岳温泉から安達太良スキー場へ。9時ころ到着。日差しがあって明るいが山は雪雲の中。ゲレンデはモウレツな風でゴンドラは動いていない。時間があるので回数券2枚900円購入してゲレンデで足慣らしする。
登山届けを出して11時ころスタート。薄い新雪を被ったトレイルを勢至平へ上がる。このところ冬型の天気が続いている。このあたりも同様、雪が舞ってときどき強風が吹き降ろす。日曜日とあって20人ほどの下山者に会う。羽根田さんの立ち話で、ほとんどくろがね小屋あたりからの下山者、昨日今日と山頂に立ったヒトはあんまりいなそう。
3時間かけてくろがね小屋着。清潔な小屋で暖かい。単独行者、年寄りの温泉登山家一味と高校山岳部チームが入荘。お酒をいただきなんだかんだとおしゃべりする。羽根田さんとは30年以上のつきあい。仕事半分でクライミングやスキー、あちこち出かけたものだなあ。山と飲み屋の友人は続いてほしいものである。掛け流しの硫黄泉は最高。カレーの夕食。ここのカレーはただのカレーに見えるが仕込みから手間暇かけていておいしくて有名。強風やまず9時消灯。
乳首に登るルートは氷漬け

八紘一宇のある山頂

3月26日月曜日 くもり雪、晴れ
珍しく朝風呂に入る。温泉がいいもんで。風は収まり視界もある。6時半に朝食をいただき7時半にはスタート。小屋前から早出の単独行者のあとをいく。と突然足元にあなぼこが開いて落っこちそうになる。噴気による空洞だった。
カリカリのバーンでスキーからアイゼンに履き替え。視界は100mほど。単独行者が降りてくる。「山頂はまずまずの模様」とか。峰の辻からはタケザオが頼り。9時半ころ山頂。岩頭部は氷に覆われて真冬危険状態。早々に下る。
さほどの強風もなく視界も開けてきた。スキー場への尾根を下る予定だったがカリカリなので変更して往路を戻ることに。山頂直下から滑り出す。カリカリバーンと吹き溜まりが混ざった斜面を大きな弧で下る。複雑な地形なんで視界がないと困るところだろう。 
峰の辻から篭山下をトラバースして勢至平へ。牧場のようなひろい斜面を新雪を蹴散らして下る。夏はつつじや五葉松の高原になるらしい。雪のない時も見てみたい。急斜面の下りは夏道に絡んでツリーらん。12時過ぎにスキー場へ戻る。岳の湯300円でのんびりして暗くなるころ都内に入る。
スキー場から右回りで周遊するのは山スキールートとしてはだれにでもおすすめできる一級のものだと思います。冬も春も。
勢至を下る

周遊ルートは理想的な山スキートリップだね
くろがね小屋は1949年に出来たそう。63年前、戦後間もなくだからすごい
以下ネット百科から
くろがね小屋周辺では既に平安時代までには温泉が発見されていたといわれている。江戸時代には二本松藩主・丹羽氏によって一帯が温泉街として整備され、湯日温泉と呼ばれて大いに賑わい、番所や藩主の御殿も建てられたという。江戸時代中期になると湯女も許可され、歓楽温泉街として遠方からの来客も多かったという。しかし、文政7年(1824年)、豪雨や台風の影響で鉄山の一角が崩壊し、その土石流が温泉街を直撃、湯元人や湯治客など63人が死亡する大惨事となり、温泉街は壊滅してしまった。現在立ち入り禁止となっているくろがね小屋-馬の背の登山ルート沿いの源泉地帯が湯日温泉街の中核部分で、現在も当時の名残が少なからず残っているという。温泉はその後、十文字、深堀を経て、明治39年(1906年)に椚平の地に移転、これが現在の岳温泉である。
昭和の風景は和むね。このヒトも1949年生まれ