11.09.2012

大室山南峰と溶岩湖


大室山南峰と野尻草原
2012年11月1日

2日金曜日
 member Taro ItoFumihiro




野尻草原のトラック
ブナ森で遊ぶ太郎


 富士山の寄生火山(側火山とも言われる)としては2番目に大きいのが北西山麓にもっこりと盛り上がる大室山。もちろん富士最大の寄生火山は南東面に大きく口を開ける宝永山だ。宝永山は江戸時代の1707年(宝永4年)に誕生した最新の火山である。一方大室山の誕生、つまり噴火と成形は紀元前1200年前後とされているから、ふたつの山の誕生には3000年ほどの開きがある。地球史的にはわずかな差だが、現在見ることのできるふたつの山の表情は大きく異なる。片や火山砂礫に覆われた禿山、もうひとつはブナの美林に包まれた緑の山である(どちらも国立公園の特別保護地区に指定されている)。
 
 宝永山にはハイキング道が縦横しているので訪れる人は多い。大室山山麓には有名な富士風穴があり山腹のブナの美林には自然観察路が伸びているが、山頂に至るはっきりした登山道はない。山仕事の人や好事家のつけた薄いトレイルを辿ることになる。大室山山頂はブッシュに囲まれていて展望がないという評判なので訪れる人は少ない。
 
 大室山の最高地点は1468mで、たしかにアセビの森に囲まれていて薄暗い雰囲気。ところが南に400mほど下った標高1447mの南峰はクマザサやススキ、イバラの矮木帯で大きく展望が開ける。富士山はもちろん北西面の寄生火山群を目の当たりにすることができる。西側には天子山塊が延びていて、その先の駿河湾まで望むことができる。二等三角点の標石が置かれていることからも見晴らしのよいところだということがわかる。夏の宝永山は素晴らしい、が秋冬のハイキングなら大室山がおすすめ。
 
 今回は紅葉黄葉の大室山を訪ね、南峰山頂から周辺の展望を楽しみ、3000年前に活動したという巨大火口を見てみたい。さらに大室山の眼下に広がる秘密の花園、野尻草原を訪ねてみよう。紅葉ハイキングとはいえ、細いトレイルを辿ってピークハントし、寄生火山のあれこれを知るインテリジェントなツアーである。
大室南峰から北西火山群

大室山火口流出口

 東京から富士山の南麓を抜けて富士宮鳴沢線(通称開拓道路)に入る。紅葉黄葉の中をドライブして精進口登山道入口に駐車。ここは富士風穴や青木ヶ原樹海を散策するエコツアーのスタート地点。いつもは駐車に困るくらいなのだが、平日とあって無人。昼を過ぎていて、山登りするにはいかがなものか、という時間ではある。
 
 精進口登山道を行く。溶岩流が作った荒々しい樹海の中を歩いてわずか、富士風穴入口。風穴に寄ってみよう。遊歩道の表面は溶岩の流れが縄文のように残されていて生々しい。風穴は巨大な竪穴になっていて、ヘッドランプをつけた探検家は穴底からさらに横穴にもぐりこんで洞穴の中探索するようになっている。一帯が特別保護地区になっているので勝手に洞穴に入り込むことは禁止されていると看板に書かれている。樹海の中を勝手に歩くのも禁止だ。いつだったか時の短命総理大臣がやってきてファミリーでエコツアーに参加しているのを見たことがある。エコツアーの会社がいくつかあり、総理大臣でなくてもツアーに参加すれば洞穴や樹海のあちこちをガイドとレクチャー付きで見て歩くことができるのでおすすめだ。

 再び精進口登山道に戻り大室山の麓を目ざす。溶岩流の作った魔界のような森を抜けるといきなりブナやモミジの巨木が広がるやすらぎの森に入る。灼熱の溶岩流を免れた大室山一帯は太古のままの明るい広葉樹の森になっている。「山梨100の森」という看板が立てられていて、このあたり通称ブナ広場。太古の森といっても前述のように3000年ほど前にできたもの、西暦864~865年長尾山一帯からの噴出した大溶岩流は大室山の脇をかすめ富士北西麓一帯を埋めつくすのだ。この貞観の噴火と呼ばれる大火山活動は書誌にもあり年月も明らかだという。古代湖が埋め立てられ本栖湖、精進湖、西湖が生まれ、青木ヶ原樹海が出現したのは歴史時代のこと、ついこの間の事件だったのである。
 
野尻草原と片蓋山右と左弓射塚

 秋の日は短い。大室山山頂へと先を急ごう。山頂への登山道はないと言ったが、ブナ広場から中腹へ延びる林道跡があるのでそれを辿るのがよい。大室山の北西麓に寄生するさじき山のコル(峠地形)までブナの巨木の森を登る。峠近くで明瞭な林道が現われ、先で二又となって神座風穴と野尻草原へと続いている。峠からは大室山の北東尾根を辿る。古い仕事道があって物好きなハイカーがはっきりしたトレイルを残しているのでそれを追う。炭焼き窯の跡がところどころにあって、この山が精進や根場村の里山だったことをうかがわせる。ブナの大木がカエデやアセビの潅木に変わり、峠から標高差200mほどで大室山頂。標識が傍らの雑木のくくりつけられているだけ、なので踏み跡を追って南峰にトラバースしよう。クマザサが少々うるさい道を緩く下っていくときれいな疎林が続く尾根となる。右手は深い谷、これは? これが大室山の火口であることはすぐに分かることだ。この辺りかな、というところでクマザサをかき分けると南峰を示す山頂標識と足もとに三角点標石を発見。待望の展望台へは三角点からイバラのブッシュを10mほどかき分けると立つことができる。

 新鮮な景観が待っている。正面に冠雪の富士が大きい。紫の山腹に点在するいくつものコブはそれぞれが名のある寄生火山である。左手から、イガドノ山、弓射塚、長尾山、幸助山、片蓋山などなど。小さな火山たちは紅葉黄葉の装いで美しい。眼下にはこのあと訪問予定の野尻草原がはっきりと見てとれる。ここから草原へまっすぐに下る道はないものかと右往左往してみるがイバラとクマザサに阻まれて侵入のしようがない。
 
 草原に下る前にもうひとつやることを思い出した。大室山の噴火口を見ないで下山することはできない。時間は2時前。秋の日が傾いてきて気が急くが、三角点まで戻り火口へと続くトレイルを追う。きれいなカエデやクヌギの林をわずかに下って火口縁に降りることができた。南縁が溶岩の流れ口でいちばん低い。強い南風が西日といっしょに吹き込んでくる。火口底には雑木が三々五々立っていてて、ふと、動くものが。大きな角を持ったシカだった。シカの楽園に立ち入るのは遠慮して、再び南峰山頂に登り返す。高差100mもない。大室山の火口は大きなもので、直径400mほど、深さ100mくらい。きれいな円形を描いていてここを見ないで大室山を訪問したとは言えないのではないだろうか。火口に辿りつく方法としては今日のルートがおすすめだ。

 野尻草原への近道がないことは分かったので大室山頂まで戻る。山頂から往路を戻ると右手、野尻草原へ続く林道に下る細道を発見。これを辿る。すぐに古い林道跡に出ることができた。ここで再びリッパな角を持った大シカ君と遭遇。ヒトと見るやきびすを返して森の中へ消えていった。歩きやすい林道はふだんシカたちの歩道になっているようだ。
 
 富士山の林道は、かつて造林のための道だったようだ。あちこちにうるさいほど延びている。必要とあれば再びトラックを通すこともできるのだろうが、ハイキング道としては一級だ。林道跡を辿っていくと上井出(富士宮市)に下る本線?と分かれ支線が野尻草原へと大きく廻りこんでいる。栂尾山の麓をまくようにして進むとやがて野尻草原の縁に立つことができる。ここに古いトラックの残骸。いつころのものだろう。昭和も前半、戦前のものかもしれない。いまやこの草原のシンボルになっているようだ。
 
 さきほど大室南峰から見た光景が再び広がる。今度は草原のススキが前景にあって、夕日の富士山と錦しゅうの中段とで絵のようだ。風が冷たくなってきた。草原には研究者の置いた何のためのものか計測装置があちこちにあって、一部からこの草原が注目を浴びていることを物語っている。
 
 今、野尻草原は後退しているとのことで、このまま森に戻すのか、草原を守るのか議論の対象になっているとのこと。野尻草原の出自にはいくつか説があり、かつては溶岩流の流れの様子から、ここに噴火口があり青木ヶ原溶岩流の一部を供給していたのではないか、と言われていたそう。ごく最近のレーザー航空測量の成果としては、この草原は溶岩のたまりだった、とされているようだ。長尾山一帯から流れ出た貞観噴火の溶岩はこの窪みにたまりにたまり溶岩湖を作ったという説だ。溢れ出た溶岩の出口も確認できているという。
 
 大室山の東に大きく広がるこの平はかなり特異な光景だ。南麓の水ヶ塚浅黄塚のあたりにも似たような平がある。それにしても、この平が全部溶岩湖だったのなら、どうして樹海の部分と草原の部分に分かれたのだろう。専門家に聞いてみたいところだ、などとつぶやきながら、草原をすすむといきなり軽水林道に出くわす。この林道は供用中のもので、しかるべき許可があれば車を走らせることができるようだ。すっかり薄暗くなった軽水林道を飛ばす。精進口登山道に出てスタート地点へと下る。ヘッドランプがないと歩けないな、と思うころようやく開拓道路を走る車の音が聞こえてきた。5時半終了。
 
ウエストんの若い写真見つけた。登山家のイメージならこれがいい
「富士山を知る見るハイキングガイド」伊藤フミヒロ著