11.10.2011

大室山探索


大室山探索
2011年11月5日 日曜日 くもり
メンバー 太郎、 伊藤フミヒロ記
富士山北西の寄生火山

大室山マップ

長文ですーー。
大室山1468mは、富士山では宝永山に次ぐ2番目の巨大寄生火山だ(側火山ともいう)。宝永山のように有名な人気ハイキングルートではないので、山頂に登る登山道はない。このあたり一帯は青木が原樹海、ブナ原生林、富士風穴など見所がたくさんあって、エコツアーなどでヒトがたくさん入り込んでいる。それはそれで楽しいハイキングなのだが、決められた歩道ばかりを辿るのは物足りない。少し外れてひと気のないトレイルを歩いてみたい。行きかうヒトがいないので寂しいかもしれないが、静かな山道が味わえるだろう。地図に登山道が引かれていなくても現場に行ってみるとトレイルがあるところはたくさんある。案内書に載っていない大室山のトレイルを歩いてみようと思った。
大室山周辺は、開拓道路(富士宮鳴沢線県道71号)の脇に車を停めて周遊するとかんたんで都合がいいのだが、今日は鳴沢林道天神峠(精進湖登山道1合目)から登山道を下るようにしてスタート。9時。国立公園の特別保護地区なんで太郎は放さないことにしよう。
精進湖登山道を緩やかに下る。鳴沢口登山道とも呼ばれる立派な道で数人が並んで歩けるほど。街道のよう、車も必要があれば入ることができたのかもしれない。大正時代に作られた道だというから富士講とはあまり縁がないようだ。青木が原樹海の大きさを実感できる観光登山道、といえば聞こえはいいが、精進湖畔の赤池からスタートして富士山頂に至る行程は恐ろしく長い。1合目までが延々樹海の中、直線で8kmある。5合目までさらに7km。5合目というのは吉田口(河口湖口)ルートの5合目、富士スバルラインの終点のこと。こんなに長いルートを辿る登山者は今どき皆無に違いないからほったらかしになっているのでは、と思いきや、今でも整備が行われていて歩きやすくて美しい道なのである。山麓探索のヒトがときどき訪れている。近頃は流行のトレイルランナーに会うこともある。富士山原始林の中を行くということで、前述どおり全沿線が特別保護地区に指定されている。他の登山道と異なってこの点が本人にとってもっとも自慢できる特徴だ。だが今朝は誰にも会うことはない

以前、5合目からお中道、奥庭を経て3合目まで原生の森を下ったことがある。うっそうとした針葉樹と広葉樹の混交林で林床には地味だがきらりと光る高山植物が点在していた。3合目は草原の荒れた広場になっていて小屋跡があった。少し下ってスバルライン3合目のバス停に出ることができた。精進湖登山道は今も生きているのである。
google earthでみる大室山と火口

青木が原樹海は広いな大きいな、と思いながら1時間以上も歩く。秋も深まって針葉樹の樹海の森に、ところどころ間違えたかのように鮮やかな色彩を放っている紅葉がまぶしい。ようやく大室山の北麓に着く。
赤いツナギを着て赤いヘルメットを被ったファミリーに出会う。となりにエコツアーのガイドがいて自然観察中らしい。赤いユニフォームはお仕着せのもの。
このあたりは、長尾山火山、氷穴、氷池の列状火口あたりから流れ出た溶岩が全面に広がって青木ヶ原樹海となったところ。溶岩が流れ出たのはごく最近、とはいっても1100年前の火山活動だが、もっと古い火山である大室山はその流れに埋もれることなく陸の島として残された。今その溶岩流の岸辺に立つわれわれは、溶岩の上にできた新しい針葉樹の樹海と、古い陸である大室山のブナ森の対比を目の当りにすることができる。そんな解説をエコツアーのガイドから聞くともなく聞いて、とても勉強になる。
確かに大室山の斜面は豊かなブナの森となっていて、その先わずか数十メートルには苔むした溶岩の上にヒノキやシラビソなどが鬱蒼とする樹海がある。百聞は一見に如かず、の光景だ。山梨100の森という看板があって、このあたり「ブナ広場」が通称。
エコツアーチームの後を追うわけでもなく付いていくと、有名な富士風穴に到着。直径40m、深さ20mほどの巨大な穴が地表にあいていて冷気が昇ってくる。エコツアー一行は石階段を風穴の底に降りていく。これからヘッドランプをつけて溶岩洞穴内を探索するのだ。富士風穴は噴火口ではなく、溶岩の厚い流れの中にたまたまできた大きな空洞だという。ほかのエコツアー会社のグループもやってきて、自然保護パトロールのユニフォームを着たチームも現れてこのあたりはにぎやかだ。
石塚火山の火口壁

富士風穴を後にして、もう一度ブナ広場にもどり、GPSのマップを見ながら溶岩流の岸辺を辿る。地図には記されていないが踏み後が南西に続いている。事前チェックでは、この先には本栖風穴と石塚火口があるはず。左手が大室山山頂に続く広葉樹の明るい疎林。右手がうっそうとした樹海、右側に注意しながらしばらく行くと浅いお盆のような火山地形が出てくる。本栖風穴か? 多分そうだろう、と写真を撮って通り過ぎる。のちほどネットなどで調べると、大きな窪みの中に一箇所、小さくて深い穴が開いていてそこをロープを使って降りると洞穴が奥に続いている、のだという。ケービングの専門家たちの世界らしい。地図上の本栖風穴の位置がずれていて実際とは異なるとも報告されていた。このあたり洞穴がたくさんあるので混乱しているのかもしれない。
緩い上りになってしばらく行くと右手に1198mの小山が現れる。これが石塚火山のはず。レーザープロファイラーで撮影した航空写真にも針の穴のような石塚火口が見てとれる。ひと登りしたところが峠で、右に折れて石塚山に登ってみる。大きな岩がゴロゴロする斜面を登ることわずか、小ぶりだが立派な噴火口が現れた。なるほどふむふむという気分。直径30mほど深さは20mくらいだろうか。火口に降りてみる。苔、また苔の噴火石と朽ちた倒木に埋まっているが、見上げる火口壁は立派。ぐるりと囲まれた火口の底からは狭い空が見える。太郎があたりをかぎ回っているがこんなところにシカやイノシシがやってくるのだろうか。

対岸を登り返して再び火口縁に立つ。その向かいに小さな浅い窪みがあって、これもやっぱり噴火口ではないかと類推する。赤ん坊のような可愛い噴火口だ。
大室山の脇に小さな吹き出物のように寄生するこの石塚火山1198mは、大室山と同じ古い火山なのだろうか。それとも青木が原樹海を作った火山活動と同時期に活躍した小兵なんだろうか。溶岩石がごつごつと積み重なった石塚山とやわらかい広葉樹に包まれた大室山とは出自が異なるように見えるのだが。

石塚火山から先へ、トラバースするようにして溶岩岸の道へ戻る。等高線の間隔の広いところがあって、じっさい素晴らしく明るい広場が現れる。足元を見ると苔むした石がきれいに並んでいる。付近に大徳利や瀬戸物が見える。炭焼き小屋の跡らしい。少し離れたところに炭焼き窯の石積みがあった。天国のようなこの広場で、かつて山人ののんびりとした日常があったんだろうなと想像する。人気ハイキングルートを辿ってばかりいては、このようなつつましい遺構に出会うことはないだろう。
大室山のブナ森

さらに踏み跡を進む。地形図にある開拓道路から周回するトレイルに合流。あたりはスギの植林帯だ。大室山を周遊する道があるのではないかと先に進むが、踏み跡がケモノ道に変わり、やがてスズダケのヤブに阻まれる。はるか向こうに国道富士宮線や朝霧高原、天子山塊が見える。富士山麓には本当の原生林はそれほど多くない。相当部分が植林された森だったりする。だから山中には林道やら仕事道が縦横していて想像以上にヒト臭い。だからあちらこちらを平気で歩き回ることができるのだ。このあたりにもきっとはっきりした作業道があってさらに先へと通じているはずなのだが、今日は見つからなかった、というだけのことだ。
今日の太郎はおとなしい。リードでつないでいるからだが、ときどきキジを追いかけようとしたり、イノシシの匂いにコーフンしている。

大室山を周回するのは面白そうだと思ったのだが、今ここでヤブをかき分けて進むほどの根性はない。引き返すことに決めて、そうだ、大室山の火口へ上がる道はないものか、と見上げるが、植林帯の上はヤブに覆われている。大室山の南面は日当たりがよいのか、スズダケとアセビなど潅木のヤブとなっている。駿河湾からの風が直接吹き上げてくる南面は南国のような植生に見える。
大室山西面に戻ってくると深い広葉樹の森に変わる。ササヤブが途切れて山頂に向かうラインが見えてくる。ここからは標高差で300mもない。スズダケとブナ森の境界線をジグザグに登る。200mほど登れば火口の縁に立てるはず。大室山の噴火口は頂上にあるのではなく、山頂の南側にかなりずれて口を開けている。2回3回と火口側へササヤブの突破を試みるが、厳しい。少し登ったところでシカが飛び出す。親、子、親、子と4匹。太郎がコーフンして押さえつけるのがたいへん。
シカの出てきたあたりでケモノミチを辿るとようやく火口の縁に出ることができた。直径500mはありそうな大火口。火口壁は急でも緩慢でもなくきれいなちゃ椀のよう。下をのぞくと湿原のような美しい火口底が見える。なんだか気分がうわずってスズダケの中のケモノ道を急ぎかき分け下る。と赤布を発見。50mほど下って底にたどり着く。
芝生のように見えたのは風知草だった。あたり一面に生えていて風にそよいでいる。クルミやミズナラの大木が三々五々立っている。石塚火山のような苔で湿った火口ではない。日当たりのよい明るく開けた形状。ヒトの残した形跡はまったく見えない。シカのフンがたくさんあって彼らの楽園になっているのにちがいない。
大室山火口底

山頂部へ続く火口壁は高いが、南側の溶岩の流出口であろう火口縁の窪みにはすぐに登れそう。100歩ほどの上りで火口縁の最低鞍部に出ることができた。風当たりが強い。静岡側に広い展望が開けている。そのずーっと先は海だ。
開拓道路あたりから大室山火口を見ると、この窪みがあって火口は半分崩壊しているかのように見えたのだが、火口縁は完全で、きれいな円周となっていることがわかった。
明るくて大きくて、きれいなお椀で言うことなし。富士山の寄生火山の中でも一、二を争う美しい噴火口と言えるだろう。昼を過ぎていたのでランチする。

火口から山頂に続くトレイルはないか、と探すが見当たらない。ヒトがスズダケを刈った跡もあったが続かない。それでもシカのトレイルを追って北側のブナの森に出る。山頂まではわずか。数年前の冬、スキーで山頂に立ったことがあるが、展望はなかった記憶がある。あたりの木によじ登って撮影した富士山の写真があったはず。山頂はそのときと同じだった。アセビの茂みの間から黒い富士山が見える。好事家が残した山頂のネームプレートがま新しいものに変わっていることに気がついた。

大室山の北面斜面は信じられないほどきれいなブナ森になっている。樹間は広く、落ち葉がたっぷり溜まっていて下りはラク、はな歌交じりだ。このあたりでも炭焼きが盛んに行われていたらしく、窯のあとをいくつか発見。太郎がくんくんと辺りをかぎまわる。しかしこういう昔の名残を見せられると、なぜか自分やなぜか人類の、来し方行く末に思いをはせてしまうのだなあ、とくにこのごろ。
1300mあたりで等高線伝いに南に下る廃道があるようだった。山の人の仕事道だろう。1250mで林道に出会う。長靴を履いた二人組みが向こうからやってきた。道を聞く。
神座風穴の先にある溶岩トンネル

「そこの道を行くと神座風穴、その先が精進湖登山道」と教えてくれる。どこへ行くんですかと聞くと 「この先の野尻峠の方…」ブナ広場から上がってきたのだろう。世の中にはこんな辺鄙なところをほっつき歩くのが好きな人が案外いるものだなと思う。手持ちのGPSのマップには風穴などの地名が載っていなかったので神座と聞いてそっちへ向かう。
神座風穴はトレイル脇にあった。溶岩洞穴のようだ。眼鏡穴はどこかわからなかった。1280mピークを回り込んで三叉路。ここで面白いトンネル洞穴を発見(とはいえ学術調査済みの札あり)。太郎の記念写真を撮る。1280mピークも寄生火山。ここには噴火口はないようだった。樹海のなかをたらたらと歩くと見覚えのある交差点に飛び出した。朝通った精進湖登山道。車まではさらに30分。3時過ぎに終了。

国立公園区分図
資料 山梨県のホームぺーじの自然公園の中に国立公園の特別区の区分図がある。富士山5合目以上、青木が原樹海、精進湖登山道、大室山、片蓋山山頂部などが特別保護区になっている。立ち入り規制はないがうんぬんかんぬん…。精進湖登山道の脇にある「原」というのはなぜ特別保護地区なんだろう? よく見ると富士山原始林の「原」の字だということがわかる。そのあたり(氷池の裏)は原始林のミホンということか。林道富士線脇。

富士山を知る見るハイキングガイド伊藤フミヒロ