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10.18.2026

大道山、打歌山とも

大道山(おおどうやま)別名打歌山(うちうたやま)

益田市の最高峰で遠足山

2026年10月15日 (木曜日はれ)

member itokisya(記)


道の駅5泊、老人ソロはこの手の車が多い。nomad landを思いだしました

林道をずっと行く。きれい


海の見える山頂、打歌山の和歌は有名らしい、ほかに石見の海も





ちょうど2時間のハイキング

大道山と中垣内の棚田


たまがわ温泉道駅から益田にもどり山側へくねくね登っていくと小さな山里に入ります。中垣内というところ。

大道山の登山口駐車場がありました。きのうまで名前も知らなかった山です。

ここから1時間ほどで山頂のよう。ため池からスタート。ダートの林道でこれをたどるだけです。規制はないので車でも登れるようです。

山頂には鉄塔が立っていて2等三角点がありました。海が見えて見晴らしはよいです。

このあたり、柿本人麿とゆかりがあるとかで、あちこち歌碑など人麿ポイントがあります。万葉集に海や山の詩がたくさんあるとか。大道山にも歌碑がありました。

ひろい山頂をひとまわりして往路を戻りました。

車も上がってきません。だれにも会いません。2時間ほどのハイキング。

近くに棚田100選の中垣内があるというので見てきました。見事なたんぼでした。

益田の万葉公園や蟠竜湖など見て、お気に入りのたまがわ温泉道の駅に戻りました。たまがわは田万川です。

近くの海を見にいきましたが、知る人ぞ知る湊海水浴場にでました。超ローカルなきれいな浜でした。

翌日昼前の便で帰京。5泊6日のけっこうな山旅でした。


たまがわ温泉の先、湊海水浴場

パノラグラム作品4点

パノラグラム作品4点
トリップメーターは500km越え



b
B787-800の帰りの仕事、13000m越えてる





十種ヶ峰(島根県)

長門富士ともいわれて立派な山容、とくさがみね

2026年10月14日 (水曜日、くもり、はれ)

member itokisya(記)




歩いてすぐ山頂。こちらがふつーのルートでしょう

開けた山頂

真ん中奥が青野山。トロイで火山


なるほど、長門富士はこんなふうに見えるらしい


前日の13日火曜日は石見銀山を見学しました。道の駅キララ多伎から石見銀山IC、村の細道に入り、これより一般車通行止めのところにある観光案内所の前に停めました。銀山村はあちこちに施設があってわかりにくいです。

案内所からは小一時間あるいていちばん奥の観光洞窟をみます。入場500円。歩けない人は自転車やカートで行く方法もあります。銀山の洞窟は100も200もあってあちこちに口を開けています。

それだけで2時間ほどのハイキングですが、銀山奉行所などの町並が麓にあって古い感じです。観光客がぷらぷら歩いていました。そのへんの民家も昭和風意匠に規制されているようです。

ま、かなり地味な世界遺産ですね。

銀山見学のあとは山陰道でいっきに西へ、津和野へ移動。津和野温泉道の駅で車泊。夜中に小雨になりました.

10月14日 (水曜日)、ぱっとしない天気なので十種ヶ峰へはスキー場側の登山口から登ることにしました。

スキー場の中をくねくね上がり、島根山口県境を越えたすぐ先にパーキングがあります。

そこから1時間ほどで山頂です。高曇りで展望はありますが四方低い山の連なり、山里がぽちぽち。10度くらいと寒いほど。周遊コースになっていますが下り道はササ原の急坂で悪いです。

この山は山頂部に森がなく自然のササが茂っているのが特徴、だと案内がありました。それと、長門富士といわれて中国地方の名山。2時間ほどのハイキング。だれにも会いません。


津和野の町に戻り、津和野城を見学、きんきらの稲荷神社も見て、城下町も歩いてみました。有名なだけあってけっこうなところでした。とくに山城は立派。

午後、須佐に移動、海岸触のホルンフェルスを訪ねました。ここの写真を撮るのが目的のひとつでした。

たまがわ温泉道の駅にイン。山口県の東の境で萩市です。


石見銀山はこんな感じ。現在地にクルマ停めました

津和野稲成神社

津和野城 すばらしい山城です

津和野の殿町

須佐ホルンフェルス



10.17.2026

三瓶山(島根県)

りっぱな火山です、ファミリー峰がきれい

2026年10月12日 (月曜日、はれ)

member itokisya(記)

観光リフトと女三瓶山

女三瓶山から男さんべを見ました

山頂はやたら広い



前日あさana便で萩・石見空港へ。タイムズカーで軽バンを借りました。マツダのフレアでハイブリッド。最新テクのクルマらしい。

車が空港の駐車場にふつーに置いてあって便利、どこか島の飛行場のよう。

山陰道で北上します。益田、浜田、大田と田の字のつく町を日本海見ながらいきます。山陰道はまだ未完成ですがほとんど無料。国道9号のバイパス状態になっているよう。

この日は温泉津温泉(ゆのつおんせん)を見学、ここも世界遺産です。薬師湯に入ってからごいせ仁摩道駅で車泊となりました。

10月12日、月曜日ですが祭日、予約してあったカヌーツアーに参加、カヌーの里おおち(邑智)でこぎました。

江の川(ごうのかわ)はその聖地とかで立派な施設がありました。客はひとり。広中コーチがついてくれました。

川の流れはゆるくなんのこともありません。オオサンショウウオ2尺ほどを見ました。廃線された三江線の鉄橋跡もくぐりました。江の川は三次の山中から江津の海までの流れ、線路も。


昼前に切り上げて、三瓶山へ。観光リフト500円でラクしてから歩き出します。

女三瓶まではふつうですが、男三瓶山までは火口縁の急坂を登ります。が2時間もかからない。

山頂は大きなカルデラの最高部にあって広い草原になっていました。

海も見えて展望のいいところですが大山以外に知っている山はありません。

大江高山の台形が目をひきました。カルデラは顕著で火口湖も見おろせます。

往路を戻りますがリフトは敬遠。4時間ほどのハイキング。祭日とあって男三瓶山では7-8人の人と会いました、が、すいてます。

近くのコスモス祭りを見てからきらら道の駅仁摩に移動。サンセットビーチがあって見事な日の入りでした。


お、八ツや霧ヶ峰、諏訪湖も見えるではないか

温泉津温泉の藥師湯三階から

江の川

緩やかすぎるかも


10.07.2026

日光の切込刈込湖



秋の山になっていました




緩いのぼりで小峠へ

刈込湖、水が多いそう

切込湖



涸沼と山王帽子山

有名なハイキングルート、初めて
まつちあんにガイドしてもらった

2026年10月6日 (火曜日)
member matukura sam55 itokisya(記)

一ヶ月も続いた秋の長雨がおわったよう。
サムさんをピックアップして白岡のまっつあん家へ5時。アウディに乗り換えて東北道宇都宮から日光道路、
正面に男体山とそのファミリーがよく見えます。東北道からは富士山や筑波山、赤城山などもきれいでした。

湯ノ湖には8時前に到着。温泉寺や湯畑を見学してから小峠へ。三岳の裾をトラバースするようにうまく道がつけられています。
静かな初秋の山道です。
ハイカー二人組に道をゆずってから、刈込湖へ下ります。ここでのんびり。
高い山には霧がでてきました。標高1700mくらいか。涼しいです。

湖畔を歩いて切込湖、下って涸れ沼、ミニ戦場ヶ原のようなところ。山王帽子山が正面、ここでものんびりして、山王峠へ登り返します。

峠にはまっつあんほかとスキーできたことがあります。太郎と太郎山往復したときはここに車を置いたはず。

男体山は雲の中に隠れてしまいました。
カラマツとミズナラの林を光徳へ下ります。
アストリアホテルから東武バスで湯ノ湖へ戻りました2時終了。

気温は13度くらいで肌寒いほど。
名門ルートにしては人すくない。4人にあっただけ
紅葉にはまだ早かったよう
高速120kmドライブで帰路につきました。




 



9.15.2026

立場山と古い写真(八ヶ岳阿弥陀岳)

 立場山(八ヶ岳阿弥陀岳)

なつかしの青薙の写真

2026年9月14日 (月曜日)

member itokisya(記)

今日だけいい天気。一ヶ月も長雨つづいてます

立つ場山山頂は苔の森



青薙ヨコの崩壊地、権現、南アルプス

だれもが押さえる青薙の写真

青薙から権現岳

立場川の河原、旭小屋がここにあった



前日午後出で富士見嶌宿道の駅、車泊。

朝、八ツ鉢巻道路に上がり、船山十字路Pに7時。なんと満車、外れに無理やり置きました。平日なのに。

久しぶりの好天予報。地元車が多いかんじ。

みんな御小屋尾根か南稜へとっくにスタートした模様。

林道を行き、広河原を石つたいに渡渉、向かいの急坂を登って立場山末端の尾根にあがります。

あとは600mの急登りで立場山、好天ですが尾根では展望はありません。

シャクナゲの林から北八つのような苔の森にかわります。西岳がたまに見えます。


アルプスのガイドのような山ウエアの壮年に抜かれました。南稜だからいいかな。

道脇にロープが張られています。きのこ山の見張り人がいました。境界争いがあるのか標識がやたらに目立ちます。赤ペンキがうるさいです。

会ったのはこのふたりなので、ま、静かな山です。


立場山を越えた少し先が青薙(あおなぎ)、素晴らしい景色です。のんびりしました。

何十年前に撮った写真と同じ位置でセルフィーとりました。

急速に雲が張ってきました。

11時ころ。往路を下ります。

尾根の末端で旧旭小屋へ下ってみます。廃道でした。小屋は地下室のあとがあるだけ。

ここは長大な堰堤ができて広い河原に変わってしまったようです。

堰堤からは古い林道を下って渡渉2回で車に戻りました。この廃道は危ないので歩かないほうがいいです。

2時終了。ちょうど雨がふってきました。好天は半日だったよう。

63年前か

同じところ





旭小屋の古い標識

ヤマケイネットの昔の南稜への道


おもひで

60年以上まえの記念写真の場所わかりました。ヤマップでほかの人の写真を見ておおよそわかっていたのですが、

今回、1m以内ピンポイントで確認できました。青薙の西南端です。だれでも1枚とるところです。


八ヶ岳は地元、高校山岳部にいましたので阿弥陀岳あたりはよく登りました。

旭小屋を通って南稜。となりの広河原沢、立場川本谷、ガマ滝沢など。

当時旭小屋はなぜか開放されていて1,2度泊まったことがあります。

30歳を越えたころですが、阿弥陀南稜はクライミングに自信があったのでしょう。p3からp1までソロでダイレクトで登ったと自慢してた覚えがあります。


ガマ滝沢を再登したのはやはり30台、ガマ滝沢を登って地獄谷を下るという企画を作り星くんと行きました。ちょと危ないことがあったかもしれません

確か稜線のキレット小屋に泊まったはず。皇太子が南アルプスのどこか登った日です。

みんな若いころですね。


なぜか学生時代のゼミの仲間と青薙で撮った写真があります。山好きの明治の加藤くんもうつってます。まだ20台のころかもしれません。青薙から戻った覚えはないので南稜を登って山頂まで行ったはず。

原村に移住してた池学さんファミリーと南稜にいちご摘にみいったこともありました。そのあと山で逝ったので40台かな(最近2026年、このときときの写真発見しました。頂上まで行って中央稜を下ったとありました。この文末にある清陵小屋の残骸はそのときのことでしょう)。

それが最後の阿弥陀岳あたりのおもひでです。

中央稜の末端、広河原沢の谷底に捨てられた小屋があってそれを見つけてきた仲間が、勝手に清陵小屋と名つけてしばらく使ったこともあります。

広河原沢左股を登っていて大滝で滑落したのもそのときでしょう。おおごとにはなりませんでしたがしばらく不自由でした。右股は難しそうでいきませんでした左股はたしか2回登っている。

そのころ高校山岳部は冬山もふつうにやってましたから、阿弥陀の北稜とか北西量は正月合宿のメニューに入っていました。

広河原沢や立場川本谷はガイドブックにもでていたはず。アルペンガイドなどのガイドブックは親切で八ヶ岳の沢は網羅していたはず。独標登高会の八ヶ岳研究は愛読書でした。


思い出しました。立場川をつめて中岳に登り、ハイマツの中でビバークしたことがあります。

夜中にこのあたりの怪談が頭をよぎり不眠の夜でした。明け方に赤岳を越えて肩の小屋今の展望荘に入ってご飯と味噌汁をもらって生き返ったのを覚えています。親切な親父でした。







旧旭小屋のこと

立場本谷の旭小屋へはヤマケイのネット地図にまだ道があります。建物記号もあります。いつの地理院地図なのか。立場山から南稜への登路は旭小屋経由になっています。今の道はなし。

そのころスタートはどこだったか覚えていませんが、やはり美濃戸口でしょう。そのころでもバスが入っていたか。それ以前は茅野駅からバス、八ヶ岳農場の馬鈴薯農場が終点でそこからみんな歩き始めたものです。高校一年のときはそうでした。

そんな距離はなんとも思わないほど若いころですね。

美濃戸口からうまくトラバースして船山十字路あたりを通って旭小屋までいい道があったはず。今そのあたりは別荘地になっています。

広河原沢と立場川本谷の渡渉があるし、旭小屋裏からの道はもう消えているし、で、今はだれも使ってないでしょう。沢登りの人があるいているかもしれません。

いやはや、戦後っ子がこんな昔話をする、そんなご時勢になってしまったんですね。


写真の場所

高校1年の私と5つ上の兄です。何回か行ったのでほかのところか、とも思ってました。

中央稜末端の清陵小屋

清陵小屋になぜか一人で泊まっていてそのころ新式のフランス製ブタンコンロが火を吹いて外に投げ出したことがあります。髪の毛まゆ毛が燃えた。誤操作でした。そのころの写真かも。

八ヶ岳の西面は家や学校からいちばん近い高山でしたから私もみんなもよく行ったんですね。その後もけっこう。

いつだったか中央稜を下って広河原沢に降りたとき小屋がまったく潰れていたのを発見した覚えがあります。あれはいつの山行か、あれは夢だったのか。もうわかりませぬ。