富士川沿いの山など
2025年9月9−10日 (火水、はれくもり)
member kei itokisya(記)
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富士川の河川敷から櫛形山。鰍沢は落語で有名 |
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平林の棚田 |
紫ラインが今回。赤線は昔 |
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展望は冬がいいね |
中央道甲府南ICまで走り富士川沿いに下ると鰍沢(かじかざわ)まですぐ。街中の一本道を櫛形山へ向かって登ります。
全線舗装路ですがジグザグ林道の長いこと!250mから1800mまで登ります。
こないだは大弛峠までやはり1800mくらい登りましたが、オイル上がりか白い煙がでました。今回もおんなじ。ゆっくり行きます。
10時ころ、池の茶屋パーキングには5−6台とまっていました。トイレと避難小屋があります。
ゆっくり登って1時間半くらいで櫛形山山頂。麓から見た通り山頂部はものすごく広くてひと回りするだけでも数時間かかります。
とおくの山は雲で見えません。南アルプスや富士山が近いのですが夏はなかなか。会ったのは数人と甲斐犬2匹。
往路を戻って1時ころ終了。
下りのドライブでクマが林道を歩いているのを目撃しました。中型にみえましたが、すぐ山側へにげて行きました。
下りのドライブで村に入ったところできれいな棚田がありました。平林の棚田で富士山を入れた写真で有名のよう。
富士川を見にいきますが歴史の川下りの跡など皆目わかりません。鰍沢(増穂町と合体して今は富士川町)街中の国本屋旅館に入りました。
鰻やもやっている老舗です。いいところでした。
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身延山ロープウエーは役にたちます |
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櫛形山 |
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身延山久遠寺と平林の村 |
2025年9月10日
富士川親水公園で散歩してから国道52号で身延へ下ります。身延山久遠寺は2017年に来ていますがあまり記憶がない。今回はものすごく立派な山門から男坂を上がり本堂にも入ってみました。直登りする有名な石の階段がありますが天をつくという感じで敬遠しました。
日蓮宗の総本山で本堂は昭和の終わりころの造りで立派です。ロープウエーにのって身延山頂まで上がりました。標高差は800mくらいありそう、7分かかります。
山頂は広くて奥の院があります。展望台も北南にありますが、今日も雲が多く遠くの山の姿ありませんでした。
中部横断道無料区間を走ってから国道52号で新清水ICへ向かいます。山越えがあってモーレツな夕立になりました。新東名は順調、午後帰還。
中央道、中部横断道、新東名と走って400kmほどでした。
メモ
日蓮さまは700年くらい前の人で、上総小湊の生まれ、清澄寺などが地元。身延山やあちこちで活動して大田区池上で往生したそう。61歳だったらしい。それで池上本門寺なのでしょう。佐渡に流されたこともある。以上久遠寺で見たチラシにありました。ほかの有名宗教家と同じに天才的な布教者ということでしょう。
身延山奥院にはお手植えの杉の木4本が健在でした。樹齢700年。身延山が総本山ということはここが日蓮宗の本拠地ということでしょうか。創価学会はまた別の分派。
宗教のことは無知ですが、ほかの世界宗教なども伽藍などはこれ以上のものがたくさんあって地球の上はすごいものだらけです。それでも宗教遺跡は世界史年表では4−5000年前くらいからのこと?
お釈迦さまは紀元前5世紀、マホメットさまは紀元後7世紀の人らしい。キリスト様は2000年前。短い時間に人は信じるものを持ったということでしょうか。同時に宗教同士の戦いは今も続いていて、宗教は文明といえるでしょうが、それなら戦争もまた文明という文脈になるようです。
以上、塩野七生さんの著作と中国の歴史大河ドラマをみているこのごろの感想です。